6 enlister



 サイリが連れていってくれたのは定食屋っぽい酒場で、こじんまりとしていたが綺麗であたたかい。俺はそこで野菜の揚げ物の定食を食べる。イアは肉だ。やきとりも団子も、イアが買い込んできたものもあるけれど、イアの胃袋は無尽蔵なので食べ切れる確証があるのだろう。


「アンファングを発って何日だ?」

「ちょうど4日……?になるな」

「ここまではどこに泊まったんだ」

「森で野営した、ゼロが色々と教えてくれたんでなかなかちゃんと眠れたよ、初めての経験だったけど」

「ゼロはこういう旅の経験があるのか?」

「……あァ」


 ふむ、とサイリは腕を組む。俺は蜂蜜酒を飲んだ。甘い。あまり酒は好きではないけど、これならまあ飲みやすいかもしれない。


「……美味しい」

 ひたすら口を動かしていたイアがひと息ついて感想を述べる。俺の野菜フライのかぼちゃもほくほくで美味い。


「治安が悪くなったナ、ここハ」


 ゼロが話し出す。よっぽど意外だったようだ。


「ギルドなんてものが出来るようになったとハ。烏合の衆では足の引っ張り合いだロ」

「ああ。白翼では気を使ってるし規則もあって組織化しているが、荒くれ者頼みで分け前も荒くれ者が持っていくようなギルドもごまんとある。王も憂慮していらっしゃる……」

「王って、皇帝か?アインスの?」

「そうだ。ギルド制度を規制する動きは前からあったが、ここまで詰めている様子はあまり無かった。近々何かしらの王命が出るはずだ」

「白翼は残されるだろうけれど、そのせいで癒着が起これば面倒だね」


 ユキの言葉に、ヨハンが頷く。


「国家を離れ、市民に寄り添ってビジネスとしてギルドを運営するメリットも大きいのですよ。それが求められてギルドが作られた面もありますからね」


 イアは頷く。俺も、一応理解出来たので頷いておく。


「子人もいるのカ?白翼にハ」

 ゼロが訊いた。

「ああ。俊敏で目が利く者が多いな」


 そうか。俺にとってはゼロが初めて見た子人だけど、子人族はアインスには多い。クラインという町に沢山の子人族が住んでいると聞いたことがあるが、町に出てきてしまえばそんなにレアな存在ではないんだな。

 ゼロはふむ、と呟いて黙った。ついで腕を組む。


「ゼロさんはおいくつなのですか?」


 ヨハンがにこやかに問いかけた。子人は長寿と聞く。


「うン……えっト……」

 ゼロは俯く。小さな、しかし細く締まった手の指折り指折り、数えている。

「三……百……くらいかナ?」



 イアの肩が揺れた。俺もびっくりした。三百歳。


「となると、先代の皇帝なんかも知っているのか」

「あァ」


 ゼロは頷く。そのまま、顔が、おそらく目が、なのであろうが……虚空を見やる。


「話したことがあるヨ」

「皇帝様と?」


 イアの目が輝く。


「うン」

「どんな人なの?」

「……なんノ、こともないサ。ただの男だヨ」


 ゼロは言葉を選ぶようにして言った。前々から思っていたが、ゼロは大胆なところがある。イアも大概わけが分からない行動をするが、まあまあ人がいる酒場で元皇帝をただの男呼ばわりするのも結構な勇気だ。


「直接話したのか?」


 俺も興味を引かれて問いかける。皇帝と話すなんて、すごい名誉だ。


「まァ、直接だナ。二言、三言くらいダ」

「なんの話をしたんだ?」

「……」


 ゼロは無言で俺を見る。それで勘づいた。


「……先代の、勇者か」


 イアがたじろいだのがわかった。


「先代?勇者が?」

 ヨハンが驚いた顔をする。


「そうダ。魔王退治はずっと失敗してきてル」


 ゼロの声色が少し冷ややかになる。ヨハンは気まずそうな顔をした。


「……その頃に、セングラードに来たことがあったのか?」

 空気を読んだサイリが新しく問いかけた。


「あァ」

「へぇ、当時はどうだったの?この町は」


 ユキが身を乗り出した。彼女の前の食器はもう空になっている。俺は最後のひとかけの揚げ物を口に入れた。冷めたのにさくさくでおいしい。中身は根菜だった。


「今ほど栄えてる様子はなかったガ……出店とかもなかったしナ……ただ、昔は行商人がかなり多かったからナ、中継地点として使われてたんだろウ、宿屋が多かっタ。東と西に墓場があるのはかわってないナ。当時から円形の広場があったシ、それニ……」

「それに?」

「……いヤ。何でもないヨ」

「なぁに?気になるじゃんか!」


 ユキが眉をひそめながら笑った。


「魔法は?魔力はどうだったの?」

「魔力は今より高かったナ」

「やっぱり、習ったとおりなんだ」


 隣から呟きが聞こえたので見てみると、イアが頷いていた。


 昔の方が魔力が空気に満ちていて、色んな魔法や魔術が使いやすかったという話はよく聞く。魔法使いや魔術師の数も、今と比べるとかなり多かったようだ。


「魔法が使いやすいってのも本当なのか?」

 ゼロは頷く。

「うン。まァ、ボクは使えなかったけド」

「へえ……魔獣は?多かった?」


 ユキは興味津々で聞いている。


「ユキさんも、魔獣と戦うことがあるの?」

「もちろん、あるよ。というか行商人はみんなやり合ったり逃げたりしてるはずだ。森にはやっぱり魔獣が多いからね」

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