5-3

「あんだよ、お前のとこにいたのかよ。田舎モンの世話ぐらいちゃんとしておけよ」

「忠告ありがとう。離れてもらえるかな、彼が困っている」

 イダリと呼ばれた男は舌打ちをして去っていった。




「え、あの」


 ちょうど逆光で上手く顔が見えない。黒髪の長髪らしき男は、イダリの後ろ姿を見送り、ため息をついた。


「驚かせて申し訳ないな、俺はサイリだ。」

「いや、ありがとう。俺はミラだ。田舎から出てきたばかりで、知らなかったもんだから」


 サイリは頷く。その様子が、いかにも堅苦しく真面目そうだった。


「あいつ、酔ってたのか?」

「たぶん、蜂蜜酒だろう。安いし、満足感もある。たまに飲むと美味いもんなんだがな……」

「へえ」


 酒を飲まない俺はとりあえず相槌を打つ。蜂蜜酒なんて、村では聞いたことがなかったぞ。わりとポピュラーな酒であるようで、少し恥ずかしい。


「ギルドってなんなんだ?」

「あぁ、そうだな、ギルドってのは……」



「サイリじゃん、元気してた?」

「ん、」


 サイリは振り向いた。またしても逆光だが、声の主は背の高い女のようだった。馬を連れている。知り合いだろうか。


「っておい、イア」

「ミラ」


 その女の後ろに、イアが立っていた。


「お前、どこまで行って」

「変なやつに絡まれたんだよ。ユキさんが助けてくれた」

「知り合いか?」

「ああ、この白いのは同行者だ。そっちも知り合いなのか?」


 サイリに答えるついでに問いかけると、彼もクスリと笑った。


「腐れ縁でな」

「ちょっと、冷たい物言いじゃんか」


 とりあえず、立ち上がる。

 サイリは案外繊細な顔立ちをしていた。ガタイがいいから、もっと無骨な顔を想像していたけど。目のところの皮膚が薄そうで、冷淡そうな印象だ。イアは手になにやらごちゃごちゃと持っている。それを引き取ってやりつつ、背の高い女を見る。まあ、標準の女と比べれば、というだけで俺よりは背が低いが、目線がそこまで変わらないのは貴重な体験だった。ゼロとイアが俺の頭ひとつ以上小さいせいで余計にそう思うのかもしれない。


「えっと、ミラだ」

「ユキだよ。よろしく」


 手を差し出され、握手を求められた。俺は戸惑いつつも応える。


 暖かみのある茶色の眼と、お揃いの色の髪にはふわふわとウェーブがかっている。少女らしい面影が意外にある。思ったより年が若いかもしれない。


「君たち、アンファングから三人できたんだって?」


 ユキは微笑んだ。


「長い旅路をお疲れ様。さっきのはね、イアちゃんにはもう言ったけれど、赤銅の騎士団というギルドのメンバーだ。

ギルドっていうのはまあ簡単に言うと冒険者たちの集まり。仕事を仲介する共同体みたいなもんだね。そこから仕事や依頼をもらって、モンスターを助けたり手間仕事をしたりして収入を得るのさ。冒険者の定義は様々だけど、モンスターを狩ることができる人、かなあ。

まあギルドに所属して冒険者を名乗りつつも家政婦みたいにお年寄りのお世話の依頼ばっかり受けるやつもいないことはないけど、そういう手合いは家政婦の紹介所に入ればいいわけで。

ギルドに所属するやつでモンスター狩り以外限定の働き方をするやつってのは大抵、しっかりした職業紹介を受けれない……簡単には就職できないような過去を持つやつだ。だならモンスターを狩れる人が大多数だ。もちろん力の差はあるけどね。片手間の小遣い稼ぎで所属する人もいれば、本職の狩人として所属する人もいる。この町にも何個か本部があるけど、その中で一番大きくて仕組みもしっかりしてるのはサイリがいる白翼旅団だ」


「そうなのか?」


「あぁ。俺は受付の統制の部門と新人教育をする部門にいる」

「部長さまだよ」

「部長なの?」

「ユキ……」


 イアの素直な反応に困ったらしく、サイリは少し不満そうにユキをねめつける。


 新人教育か。だからイダリも「俺のところの新人だ」と言われて引き下がったわけだ。

「新人教育はわかるけど、受付って?」


「依頼を集約して、団員たちに提示するだろう。その情報を整理するんだ」

「サイリのお父さんが団長でね、お偉いさんなんだ」

「ユキ」


 サイリはもう一度ユキを窘めた。


「ともかく、ギルドに入るなら白翼がおすすめ。入らないならフリーでいるべきだ。青影はカルトじみてるし、紅は労働基準がなってないし暴力的で犯罪じみてる。他にも数多あるけど、大体が一緒に飲みに行く悪ふざけ集団だ。ミラは冒険者なの?」


「俺は勇者で」

「勇者?」


 ユキはサイリと顔を見合わせる。


「本当ならすごいけど……ミラのところでは冒険者のことをそう言うのかな?敬意を込めたりなんかして」

「えっと」

「ミラ、イア」


 聞き覚えのある声に呼ばれ振り向くと、ゼロが立っていた。


「話の途中で申し訳なイ」


 助け舟が来た。俺はゼロに聞こえるように繰り返した。


「だから、勇者なんだって。アンファングから出てきたばかりだけど……」

「……ミラ、その人たちハ?」


 ゼロが訝しむ。俺は助け舟を貰うことを保留し、二人のことを紹介した。


「白翼旅団か……話には聞いていたけド。自警団の役割も任されているとカ。評判は良かったガ」


 ゼロはサイリを見やる。


「ああ、任せてもらっている。良い評価が貰えてるようで何よりだ」

「この辺りは変わったナ」

「そうか?」

「まぁボクが前訪ねたのは100年ほど前だガ」

「白翼旅団が発足したのは30年前だ。それまでと比べたらそりゃあ違うだろう。ギルドなんてものもなかった」


 うん、とゼロは頷いた。


「活気はもう少しなかったガ、治安は今より良かっタ。怪しいギルドがあるナ」

「ああ」


 サイリは向き直った。


「赤銅なんていい例だ。騎士団を名乗っちゃいるけど、いい武器を持った若者からあの手この手で武器を奪っているなんて噂もある。どれも巧妙だからしっぽが掴めんが、怪しい集団はごまんといるし、治安維持を図るためにギルドを取り締まって解体させる動きも出ているようだ」


 サイリは声を落とす。まだ水面下の動きだがな。


「ちょっと、聞こえたらどうするの?」

「聞こえたらそれまでです。素行が良くなるならギルドなんてものは多い方がいいだろう、それが団長のお考えでもありますから」


 ユキの問いかけに答えつつ、別の男が会話に入ってきた。


「ヨハン、巡回は終わったのか?」


 ヨハンという男はサイリの確認に頷く。


「東の墓地方面、目立った異常はありませんでした」

 サイリも頷いた。


「なら終わりだ、帰ってもいいぞ」

「ありがとうございます。そういえばサイリさん、勇者がこの町に来ているようで」

「ん?」


 サイリとユキがこちらを見た。


「誰から聞いたんだ?」

「さっき、イダリが」

「あぁ、名乗っただけだろ?こいつのことだ」

「だから、」


 俺はもう一度、最初から説明しようとする。その前にヨハンが口を開いた。


「しかし、本当のようです。王命を受けた勇者が、アンファングを発ったという噂が。五日ほど前とのことですから、セングラードに着いていてもおかしくないでしょう。念の為お耳に。明日以降騒ぎになる可能性もあります」


「ミラ?」

「うん」

「アンファングと、……言ったな?」

「おう、」

「そういう……ことか?」



「だからそうだってさっきから」

「……夜になると酒場目当てで人が増える。ひとまずどこかへ落ち着こう。話はそれからだ。無礼を……働いて申し訳ない」


「では、この人が」

「ヨハン、お前も同罪だ。奢ってやるから付き合ってくれ」


 ヨハンは想像していたような表情はしなかった。てっきりサイリと飲むのを嫌がるかと思ったのだ。サイリはこう、冗談とかの席が向きそうにない。


「サイリさんと飲めるなんて、光栄です!」

 元気よく返事をして、俺たちに微笑みかけた。


「セングラードヘようこそ!ご馳走しますよ、僕とサイリさんとユキさんで」

「ちょっと、私も奢り確定?話は聞きたいけど……」



 盛り上がる彼らをよそに、俺はゼロに目線で問いかけた。

 まあいいだろう、ゼロはそんな雰囲気で肩をすくめてみせた。

 イアは珍しく黙り込んで俺たちを見つめていたが、恐らく異論がないようだ。


「おすすめの店があるんだ、こちらへ。ご馳走するよ」



 異論がないイアが、ご馳走という言葉につられたわけでは、ないだろう。そう信じたい。

 買い食いのものを持ったまま、白いローブの男二人のあとを行くユキのふわふわのスカートを追った。

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