5-2

 口元を拭いながら辺りを見回す。夕暮れの色が濃くなってきており、のどかな町並みと人々を後ろから暖かいオレンジの光が包む。目を細める。いい町だなあと思う。噴水の飛沫が光をきらきらと反射する。春の夕暮れは心地よく、温かい食べ物を腹に収めたばかりなのもあって、ゆるやかに眠気が襲ってくる……


「兄ちゃん、兄ちゃん」

「お?」


 間抜けな声を出しながら目を開けると、目の前に男がいた。茶色いくりくりした毛で、髭はちょっとだけ伸びている。口を開くともったりした甘ったるい匂いがした。


「兄ちゃん、冒険者かい?いい槍持ってるじゃねえか」

「あ、ぁあこれは」


 手を伸ばされたので反射的に槍を掴んで引き寄せる。


「どっから来たんだい?」

「アンファング、っすけど……」


 アンファング?と問い直す。知らねえなあ、と言いたげな顔で頭をかきつつ、そうかあ、とつぶやく。


「そんで、冒険者なら、ギルドに入ってるだろ?それともまだ入ってないのかい?」

「ギルド?っていうか俺は冒険者っていうか勇者で」

「勇者ぁ?」


 男は目を開いてこちらをじっと見つめ、ややあって破顔した。人好きのする顔をしているが、なにぶん変な甘ったるい香りが、男が喋るたびにぷぅんと匂う。よく見たら頬のへんが赤い気もするし、酔っているんじゃないだろうか。


「勇者ってお前、勘違いだ、冒険者の間違いじゃねえのかぁ?」

「いや俺は勇者」


 で、と言おうとしたらまた男は声を上げて笑った。


「分かった分かった、勇者ってことにしてやるよ!!大胆なシロートだぜまったく。その様子じゃギルドも入ってねえんだな!どうだ、俺のとこは?赤銅の騎士団って名前でよぅ、団員募集中なんだ!」



 嫌な感じがして俺は眉を顰める。イアがいなくてよかった。いやまあ、イアがいた方が声を掛けられなかったのかもしれないが。こうしている間にあいつが戻ってくるとまずい。


「赤銅の、騎士団?」


 おうよ、とそいつは胸元のバッジを引っ張って見せた。なんだか歯車みたいなモチーフと旗?のようなモチーフが組み合わさった絵柄だ。


「ギルドはいいぜ、武器なんか貸し借りしてよぅ、荒稼ぎだ。もちろん入団する以上払うもんは払ってもらうけどよ、ギルドにいて依頼をクリアしてるってなると英雄になれるし、ヨコの繋がりもできるから依頼も受けやすくなるし、兄ちゃんなんか女たちにウケるんじゃないかぁ?もてるぜ」

「ふむ……」


 ギルドか。聞いたことがなかった。そういうのに入っておいた方がいいのだろうか。どちらにしろ俺には判断がつかない。ゼロに訊いてみた方がいいように思う。


「とりあえず、今はちょっと」


 そう言うと、男はずいっと顔を近づけてきた。甘い何かの匂いがして、唾が飛ぶ。俺は身をそらす。


「なんだよ兄ちゃん、またとねぇチャンスだぜ?赤銅の騎士団の」


「イダリ、そこまでにしておけ。彼はうちの新人だ」

「あん?」


 左に振り向くと、白いローブの男が立っている。助けてくれた……のだろうか?

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