5 Delinquents



「町だ、」

「うん、人がいっぱい」


 何日か森や小さな集落を泊まりつぎ、空が夕方の色に染まるころ、やがて大きな町に出た。ここがハルの言っていたセングラードというところなのだろうか。途中、ゆーめるとかいう透明の怪物に襲われたりはしたものの、五体満足で町にたどり着くことが出来た。ここなら兵隊やなんかがいて人気も多い分、安心感がある。



 アンファングよりも店がある。広場みたいなものが、何筋か向こうにある。家の塀の高さは低く、広場を囲む家の前にいくつか屋台が出ているのが見えた。傭兵っぽい服の人や、村娘らしい、でもどこか垢抜けたデザインのふんわりしたスカートを纏った女性、商人風の男性などが目の前や横を絶えず横切っていく。


 家の様子や人々の表情ののどかさはアンファングの休日の昼間と変わりないものの、一度に複数の人が目の前を横切ることがない村の出身の俺からすると、この街も栄えている方だ。


「ちょっト」

「ん?」


 ゼロがそわそわしだす。俺は屈みこんで顔に耳を近づけた。ゼロは小さいし、声も特徴的だが大きい声で話すわけではない。町の喧騒に呑まれるゼロの声を聞き取る。


「宿を探ス、ついでにいろいロ見てくル」

「お、おう、いってらっしゃい?てかそれ、俺たちも一緒じゃダメなのか?」

「確かめておきたいことがあるんダ、久しぶりに来るかラ」

「そうなのか」

 ゼロは頷く。

「何年ぶりくらいなんだ?」

「ざっト……百二十……年?」


 俺は思わずぽかんと口を開けた。そうか、子人族か。よく忘れてしまうけど、俺より二百歳ほど歳上なのだ。改めて考えると、いまいちよくわからない。二百年も生きて、どうなんだろう。なんかこう、疲れたりしないんだろうか。


「あノ」


 ゼロは広場みたいになっている場所を指さした。


「噴水の前で待っていてくレ」

 確かに、石畳が盛り上がっている場所があり、噴水のようなきらめきが見える。

「おう」

「二人は観光しておくといイ。いい町だヨ」


……それは百年前のこの町の感想なんじゃないのか。つっこみたいところを我慢して、イアを観光に誘う。見慣れない町にきょろきょろと視線を忙しなく動かしていた幼なじみは、ゼロの提案に素直に頷いた。


「宿も探しておいてくれるんだな?」

「うン」


 旅慣れたゼロに任せた方がいいだろうと判断し、俺は彼女に全てを任せた。野宿やらなんやらのときから、彼女は意外に頼りになった。泊めてもらうだのなんだのの交渉で喋るのは俺だけど、野営の仕方とか、食べ物の手配の都合などを考えてくれるのはゼロだった。


まあ彼女は食べることに興味がないらしく、店に入るときなんかはイアの方が頼りになった。何せイアは食べることも好きで、細い体のどこにそんなに、というほど何でも食べる。その舌が肥えているおかげで、今のところはずれくじを引いてはいない……なんて言ってしまうと、旅自体に観光気分が否めないけれども。

 

 とはいえ、今は大手を振って観光していいらしい。ゼロ様のたってのご提案に乗っからないわけはない。初めて降り立ったアインスの有名市街地である。


 皇国の城や役所があるのはもちろん首都アストランで、セングラードはアストランの東に位置する田舎町。ちょうど、アンファングから見ると、アストランに向けて栄えている町が続いていく、その最初にあたる町なのである。



「それじゃ、観光するか」


 既に俺から少し離れ、よく分からない看板のようなものを覗きに行っていたイアは心なし嬉しそうな顔で俺に駆け寄ってきた。


「なんて書いてあったんだ?」

「とれたて野菜と捌きたて肉の食堂、だって」

「とれたて野菜…………」


 うまそうな看板もあったものだ。捌きたて肉、という、ちょっと不器用な感じの単語もかえって親しみやすい。


「ボク、あれ食べたい」

「ん?」


 細い指先が屋台を目指す。なんだなんだ、とその指先の方角を辿ると、屋台の前の木の看板には「やきとり」と書いてあった。


「いいぞ。でも、……ちょっとあれだけ見ていかないか?」


 ちょっと行った右手に、傭兵風の服装の人々がひっきりなしに出入りする店のようなものがある。勇者としては気になるではないか。


「いいよ、そのあと「やきとり」ね」

 イアの凄まじい肉への執念を感じつつも、俺は店の方に足を向ける。途中、横から歩いてきた村娘にぶつかりかける。すみません、と言うと、いいえ、良い旅を、と声をかけられた。旅人のように見えるらしい。槍という長物を持っているが、怪しまれたりはしないようだ。


 角という角に何かしら貼り紙や看板がある。それは店の広告だったり、迷い猫の知らせだったりした。俺は目当ての店の前に行く。こじんまりとした居酒屋のような店だった。店の横に、わいわいと人波がある。なんだろうと覗いてみると、掲示板があるようだ。傭兵風の人々がいっぱい、そこに溜まっている。


 目を細めて掲示板に所狭しと貼ってある色も形も大きさも多種多様な貼り紙の内容を、人々の頭の間からなんとか読み取る。のっぽで良かったと思った。


「西の教会裏の墓地掃除 低級モンスター出現可能性高」

「赤銅の騎士団、団員募集中!」

「迷い猫 ゆーめるに攫われた可能性あり。捕まえた冒険者には謝礼」

「イフヤへの同行者募集 冒険者として護衛ができるものに限る」

「経験豊富な騎士さん募集中 南の森のソウルイーター駆除」

「酒樽運びのお手伝い 洞窟に同行できる冒険者優遇」



 なるほど。傭兵たちはここで仕事を探しているわけだ。


「日雇い?」

「そうみたいだな」


 出入りしていると思ったのはこの居酒屋ではなく、建物の奥の筋に出入りしていたらしい。


「行こう」


 肉の魅力に取り憑かれた幼なじみは歩き出す。せっかくだからもう少し読んでから、と思っていた俺は慌てて早歩きで追いついた。


 屋台には「やきとり」の他に、飴に包まれた芋焼きやあたたかそうな麺をだす店なんかがあった。夕暮れ時で晩飯の足しにするのだろうか、足早に店を覗いて買っていく人も多い。俺たちはそこで「やきとり」を買う。


「ボク、あっちも見てくる」

「おう、いいぞ。噴水前で集合な」


 この分だと晩飯は屋台で買ったものになるかもしれない、と思いながら「やきとり」を受け取る。ほのかに炭の匂いがまじった、タレの香ばしい匂いが広がる。なんだ、要するに鶏焼きか。鶏焼きが串に何個か突き刺さっていて、食べやすくなっている。


 ちら、と隣を見ると、「みたらし」なるものが売っている。やきとりに似たフォルムの、あれは餅が刺さっているのだろうか。丸い餅?団子?のようなものが五個ほど突き刺さっている。そちらからも甘辛いタレの匂いがして、食欲が刺激される。なんとなくふらふらと寄り、ゼロの分と併せて五本買う。木でできた台に載せて渡された。


 なんだか、串ばかり持っているな。両手が塞がったので、先に噴水に向かう。イアもすぐ来るだろう、そう思って待っていたがなかなか戻ってこない。


 冷めてしまいそうだ。まあいいか、量が多いわけでもなし。食べきってしまったら新しくイアの分を買い直せば。熱いうちに食えた方が美味いだろう。


 そう思って、まずはやきとりをかじる。熱い、濃厚なタレに包まれた鶏がやわらかく口の中で脂を放つ。脂っぽいだけじゃない、じゅわ、と旨みも広がる。


「うまっ」


 はぐはぐと食べ進め、あっという間に一本目を完食してしまった。


 種類が分からないながらに買ったので、何がどれだか分からない。二本目はこりこりさくさくと独特の食感とともに旨みとちょうどいい塩味が広がる、ちょっと肉の色が濃い串だった。


 イアはまだ戻らない。これを食ったら追加を買ってやろう。続いて脂身が多そうなひらべったいやきとりをかじる。むっちりした食感と、鶏にしてはしつこいくらいの脂が口の中に広がる。うん、これも美味い。


 そういえば、と手を止める。みたらし、の方は、これは甘いのだろうか。甘辛い匂いはするが。


 こっちも食ってみるか、と一本手に取り、団子を頬張る。串の木の匂いと、炭の匂いがふわりと香った。


「!」


 なんだこれ。


 みちみちとした団子の歯ごたえと、飽きさせないしょっぱいタレ。ほのかな甘さがあって、団子、というかこれは餅だった、餅というか穀物をまるめてついたみたいな、つぶつぶした食感とねっちりした弾力がある生地が、噛めば噛むほど甘くなっていく。


「うま……」


 思わず声が出た。団子の二つ目を食べる。シンプルな味付けなのに、アンファングでは食べたことがなかった。これ、何が使われてるんだろう。


 五個目までをあっという間に食べ終わり、俺は息をつく。イアが戻ってきたら買ってやろう。というか、二本目も……こんなことなら五本じゃなくて六本買っておくんだった。


 そういえばイアが戻ってこない。団子に夢中で気づかなかったが、別れてからもう結構経っている。やきとりは冷めてしまっていた。迷っているのだろうか。いやいやそんなわけは。何筋か前からでも見えるデカい噴水の前にいるわけだし、あいつのことだから食い気が出てあれもこれもと手を伸ばしているのかもしれない。ゼロも戻ってこない。宿屋を探すのに手間取っているのかもしれない。まあゼロの方は何とかするだろうし、心配はいらないだろう。

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