4-2



「はぁっ、……はぁ、あぁ」

「さっきのはミラのせいだと思う」

「こ、あんなところに生えてるなんて、思わなかったんだって」

「だとしてもさあ」


 イアが恨めしそうな目を向けてくる。鬱蒼とした森は出口に差し掛かり、太陽の光がちゃんと届く場所まで出た。ゼロは案外ケロリとしている。走るのは苦手だと思っていたけど、消えている足元はどうなっているんだろうか。今度平和に走るようなことがあったら確認したい。


 何はともあれ、危機を脱した。モグラじみたモンスターが追ってくるということはなく、俺たちは森の空気を吸い込んだ。


「おや?」

「っあ?」


 不意に男の声がして心臓が跳ねる。新たなモンスターか何かの出現か。


「いや、俺はモンスターとかじゃないよ。君は槍使いか、新しい勇者くん」


 近づいてきた男は俺を見てちょっと笑った。


 なんだこいつ。


 新しい勇者くん、と呼ばれたことがどうにも気になるが、一応攻撃してくるようなことはなさそうなので臨戦態勢を直す。歳は二十くらいだろうか。人のよさそうな、そして、人の目を引く顔立ちをしていた。優しそうでかつ整っているということだ。耳の先がとがっている。獣人、だろうか。なんにせよ見慣れない風貌だ。連れている馬は大人しくて、男の肩に頭を寄せてじっとしている。


「ごめんね、警戒しないで。ただの商人だから。俺はハル」


 差し出された手に多少の胡散臭さを感じつつ握り返す。グレーの羽織から花の匂いがした。きつくはない。華やか過ぎず落ち着いた、いい匂いだ。


「ミラです」

「ミラくん」


 そっちは?

 目線で促され、イアも小声で名乗る。


「イアちゃん、か。君たちはどこの出身なの?」

「アンファング、ですけど……あの」

「あぁごめん、久しぶりだったものだから。人に聞く前に自分が言うべきだよね。改めまして俺はハル。行商人をしています。そして、趣味だけど魔王城に向かう勇者たちの武器調達とかも手伝ってる。出身は」


 彼は東を指さした。羽織の裾のフリンジが揺れる。また、いい匂いがした。


「ヴィリタナだよ」


 ヴィリタナ。アインス皇国の隣国だ。魔法使いが多い国。それより何より、気になることがあった。


「勇者たちの武器調達、って言いました?」

「うん」

「ということは、他の勇者たちのこともよく知っている、ということですか?」


 そう聞くと、ハル……さん、は、表情を曇らせた。長いまつ毛が見えた。美形なのだ。


「うん……。もう、死んでしまったのかもしれないんだけどね」

「死んだ?」


 勇者についての知識は俺でさえ少ない。畳み掛ける。


「いや、俺も、長い間この仕事をやってるんだけど……そして、何人もの勇者たちと会ってきたけど、魔王城に行くって言って別れてからの消息の、詳しいことは分からないんだよ。ただ、いつまで経っても魔王が死なないから。それに……いや、」


 ハルさんは言い淀む。烏色の瞳に影が落ちる。言いたくないこともあるのかもしれない。まあ、傷つけたいわけではないから、いいや。俺はあとを引き取った。


「だから、死んだかもしれない、と」

「そうだ。出会ったばかり、多分旅立ってきたばかりの君たちに話すような内容じゃなかったね」

「いや、必要な内容です」

「そうかな?」


 情報が少ない今、得られるかもしれないものは全て利用するべきだ。そう判断して、とりあえずはこの人を信じてみる……信じたふりをしてみることにしたのである。


「じゃあ、俺で手伝えることがあったら言ってね」


 何なら話せるだろう、どんなことが聞きたい?そう言って、思い出した、という風に指を鳴らす。いちいち動作が上品で爽やかだ。


「もしかしたら、というかもしかしなくても、このあとも会うことになると思うから」


 背負っていた籠を地面に置き、何やら巻物を広げた。ぶつぶつと呪文を唱えると、巻物の上にキャラバンが現れる。


「わぁ……」


 キャラバンの中には色鮮やかな品物たち。イアが感嘆のため息をもらした。


「初めましての挨拶として、どれかひとつ、好きなのをあげるよ。どれがいい?」


 キャラバンを覗き込む。薬草や瓶に入った何かの魔法石から、女子が喜びそうなアクセサリーまで陳列してあった。


「これ……綺麗」


 イアが指さしたのは、薄くカットした白いガラスが花の形になった髪留めだった。


「あ、でもこれも……同じ種類?」


 その隣のペンダントにも指が動く。


「お、お目が高い。今日入れたばかりなんだ。イフヤってわかるかい?あそこはこういう細工が得意なんだ、綺麗だろ」


 ハルさんはふたつをつまみ上げて太陽の光を通した。白いガラスが不意に虹色を帯びる。


「綺麗……!」


 俺は横目でイアを見た。なにか薬や毒にしようかと思っていたけど、お金は残っているんだし、タダで貰えるものくらいはこういうものでも悪くない。


「あそこは太陽に一番近い場所、が売りだからね。特殊な魔法が込めてあるんだ、太陽の光に触れたときに一番美しくなるようにって」

「はい、あ、」


 少し頬を紅潮させてハルさんの説明を聞いていたイアは、我に返ったらしい。


「ごめん、ミラの欲しいもの、選んでいいよ」


 眉を下げて謝ってきた。けれど意識はそちらにあるのか、向こう側に置かれた瓶や武具を見ながらもちらちらとキラキラのアクセサリーに視線を向けている。


「あー……」



「ありがとう」

「いや、まあ……貰った分の方が高いですし」

「それでも、ね。また新しいの、入れとくから。どっかで会うだろうし、よろしくお願いします」

「ありがとうございます。いや、でもこの薬とか、村では見たこともなかった」

「それね、アストラン近郊でしか売ってないんだよね」

「助かります。勇者特価も、ほんとに俺たち金ないんで」

「こんくらいはしないとね」

「俺のこと、ミラって呼んでください。なんかミラくんって、痒いっていうか」


 そう言うと、ハルさんは爽やかに笑った。なるほどね、と言って。


「わかった、ミラ。また会う日まで。そう遠くないと思うよ」

「はい」

「ここを北西に進むと、セングラードって町に出る。栄えているけどのどかでいいところだし、そこならゆっくり疲れを取れるから、そこまでは野営になってしまうけど頑張ってね」


 片手をあげて挨拶を告げ、南へ行く姿を見送る。好青年、という形容が似合うが、ミステリアスなところが多い。今後また会うとしたら、色々な情報とともに話を聞かせてもらおう。


 旅先で初めて出会った人でも、勇者のことを知っている人がいる。様々なことが一度に起こった一日だったが、大進歩と言っていいのではないだろうか。いつの間にかゼロがまた現れていた。

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