第17話 ブースターズ

 さらに少し歩くと、派手に装飾された看板が見えてきた。『ブースターズ』と書いてある。


「よし、みんな、ここの部屋でいいな?」


 タニザは手早く受付を済ませると、俺たちを案内した。『ブースターズ』の廊下には、大して間隔を空けずにドアが並んでいる。どうやらいくつかの小部屋に分かれているようだ。まるで都会の飲み屋のようだーーといっても、都会経験の少ない俺のその例えが正しいかは自信がないが。


 でも、それだけのスペースでは、魔法の練習をすることなんかできないんじゃないだろうか。まさか今から一時間瞑想でもやるのではないと思うが……と俺は危惧してしまった。だが、その疑問はすぐに解消された。


「えっ、そんなのあり!?」


 俺は思わず叫んでしまった。タニザが一つの部屋のドアを開けると、あまりにも広い空間が現れたからだ。今日実技の授業をやった運動場よりはさすがに狭いが、五人が魔法を撃ち合えるだけのスペースはある。


「どうなってるんだ? 時空をゆがめる魔法とか?」


 俺はそんなものは聞いたこともない。でもここは魔界だ。人界にはない何らかのトリックがあるのかもしれない。


「そうそう。時空をゆがめる魔法なのよ」


 ところが、レルカは素直に俺の当てずっぽうな推察を肯定した。


「これは『拡張魔法』ーー狭い空間を広くする魔法よ。最新技術だから、まだ知らない人も多いと思うわ。拡張魔法を使った施設で魔法のトレーニングができるのは、まだここだけなのよ」


 ここは『魔都』と呼ばれるガロンだからな。最先端の設備が揃っているのか。


「この施設ができたのは、今年の二月なんだ。それまでは、俺たちも少し遠い郊外のジムにーーもともと広い場所を使った従来型のに行っていたんだよ」


 今は春、五月だから、まだできて三ヶ月だ。物珍しいのか開店ブーストの効果か、受付は混み合っていたな。いや、単にわざわざ郊外に行くよりも便利だというだけか。


「さあ、リヒトもここの仕組みがわかったところで、始めることにしよう。まずは俺とレルカからだ」


 タニザとレルカが向かい合って立った。俺はなぜかドリスとテットに向こうに引っ張っていかれる。何やら狭い箱のようなものに押し込まれた。


「なんだこれ?」


 俺の質問に、続けて箱に入ってきたドリスは笑って箱をトントンと叩いた。


「シェルターのようなものだ。あの二人が本気で魔法を使うと、どうやっても俺たちが巻き添えを食うからな。この中に入っていれば、どんな魔法でも当たらないんだよ」


 なるほど。じゃあこれで安心だな。


「いくわよ!」

「おう!」


 そんな話をしている間にもう二人はやり始めていた。レルカが次々に攻撃魔法を放ち、タニザが防戦する。


「『爆反』」


 頃合いを見てタニザが反撃した。『爆反』ーー普通の反射とは違って、反射魔法に爆発魔法を合わせるように使い、魔法をより勢いよく跳ね返す魔法だ。さっきまでタニザに向かっていた大量の攻撃魔法が、向きを変えてレルカを襲う。レルカはなんとか受け切ったが、さすがに体勢が崩れた。もちろんそれを逃すようなタニザではない。


「『氷弾』!」


 タニザの放った尖った氷の粒は、レルカの胸の寸前でぴたりと止まった。いわゆる寸止めだーー本当の戦いならレルカの命はないという意思表示だ。


「くっ……降参ね」


 敗北を認めたレルカは、氷弾を魔法でちょんと弾いて横に払った。


「よし、もう一本よ!」


 その後もタニザとレルカの試合は続いた。どちらも高い魔力と技術があるが、やはりタニザの方が強い。一発一発の威力が大きい上に、巧みな魔力の制御と体のこなしで、あっという間に主導権を握ってしまう。


 タニザの動きは、まるで一つの芸術を見ているような感じだ。レルカの実力も決して劣っているとはいえず、むしろたぐいまれに優れているのだが、タニザは優劣とかいうような基準を超えた段階にいるように思われる。呼吸をするように魔法を使うーーそんな次元の領域だ。


「やっぱりタニザはすごいんだな」


 隣のドリスに話しかけると、ドリスは自分のことのように胸を張った。


「だからレルカも言ってるだろ。あいつには来月の四天王選手権を勝ち抜けるだけの力があるんだよ。リヒトも俺たちも幸運だぜーー俺が思うに、俺がじいさんになる頃には、タニザの幼馴染ってのは一生の自慢になってるはずだ」


 ドリスが得意そうに言うと、テットも「その通りだ」とうなずいた。


「タニザは小さい頃から天才的だったからね。俺たちも何度も危ないところを救ってもらった。俺の魔法がここまでうまくなったのも、タニザのおかげだよ。もしタニザと仲良くなれなかったら、俺は学校でも優秀クラスにはいられなかったと思う」


 タニザが毎日ここで二人と練習しているのだとしたら、とてつもない経験になるだろう。そして、やはりあのクラスは優秀クラスのようだ。


 俺は再び前に目を向けた。ちょうどタニザが七連勝を飾ったところだった。額に汗が出ているレルカとは対照的に、タニザは涼しい顔をしている。まだまだ余裕がありそうだ。


 と、そのとき。


「おーいタニザ! いるか?」


 入口のあたりから声がした。

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今日から始める魔族生活〜人界の農村出身の少年が魔王を目指す〜 六野みさお @rikunomisao

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