【異世界転生】Baby Don't Cry
牛尾 仁成
【異世界転生】Baby Don’t Cry
目が覚めると、クルクルと何かが回転しているのが見えた。
何の気なしに手が伸びる。
天井から吊り下がっている紐付きの輪には当然手が届かない。
短く、ぷくぷくとして丸まっちい手だった。
口の端から、息とも笑いとも取れぬ意味をなさない音が漏れ出る。
ここは何だ、という思いが頭を過ぎるとその問いに答えるように声が聞こえてきた。
「お目覚めかな、魔王サン? 君は勇者と相打ちになって死亡した。だから、その魂を回収して、無害な生き物に変えようと思ったのさ。すなわち、赤ちゃんだ」
ふざけたことを抜かす。私を赤ん坊に変えただと? それが出来たとして私は万魔を統べる魔王だぞ。例え赤子の姿に変わったところで魔王であることに変わりは無い。気に食わぬものは全て我が魔力でねじ伏せ、従わせるのみだ。
私は全身に力を込めて、魔力を集中させる。
くだらない余興に付き合ってはいられない。さっさとこの狭いベッドを抜け出して、我が最強の魔王軍を再結集せねば。
ぷ~
ん? 今の音は何だ? 私の尻あたりから出た音のように感じたが?
「ははは、いくら力んでも出るのは屁ぐらいなもんだよ。ちなみにもっと力むと実が出るだろうから、あまりオススメはしないなぁ。いいのかい? 魔王様ともあろうものが、人前で放屁だけでなく脱糞の醜態まで晒しちゃって? は~ずかし~い~」
っな! なにっ! バ、バカな!? そんなはずはない。この私が初級魔法の一つも使えなくなるどころか、一切の魔力制御が出来なくなっているだとっ!
今度は何だ? 地響きのようなものが聞こえるが……
「木のうえーでおやすみー、ゆりかごーがゆれるよー」
……マテ。ちょっと、待て。何でゴリラみたいな巨漢がフリフリドレスとエプロン姿で、哺乳瓶とガラガラを手に持って超低音バリトンで子守歌歌いながらこっちに近づいて来てるんだ?
「当然じゃないか、赤ちゃんは何もできない。自分のこともできないからお世話が必要だし、外敵から身を守ることもできない。シッターとガーディアンの役割を同時にこなしてもらう必要があるから、用意したんだよ」
他に候補は無かったのか! いくら何でも怖すぎるだろ。目の堀が深すぎて眼が見えないし、纏うオーラが明らかに最終決戦に臨んだ私や勇者より上だぞッ! 漏れ出ている魔力で地面がちょっと溶けてるじゃん!
「ああ、君らほどの実力者のお世話をするからね。屈強なパワーと強力な魔力の両方が必要だ」
く、くそっ! 私は嫌だぞ。こんな恐ろしすぎるベビーシッターにお世話されるなんて。う、動け私の体、私の足ぃ!
「おお、流石は魔王様だ。最弱の肉体に転生したばかりでありながら、既にハイハイをするとは。だがいいのかな? そんなに聞き分けの無いことをして? ベビーシッターはきちんと赤ちゃんを教育することも仕事なんだ。隣の勇者くんのようにおとなしくしていた方が身のためだよ」
なっ、お、お前までこんなことになっていたのか? オムツ一丁でハゲ散らかしているじゃないか! しかもその口にあるのって……
『そうだよ。おしゃぶりだよ。人のこと言える立場かよ。お前だってよだれダラーって流れ出してるじゃないか』
つーか、お前テレパスは使えるんかい!
「あ、それが出来た方がおもしろいかなって思って付与したんだよね」
余計なことを……やべ、このままじゃ、あのゴリラシッターに――うわッ!
「木のうえーでおやすみー、ゆりかごーがゆれるよー」
さっきから同じ言葉しか発していないんですけど。こんなに間近で見られているはずなのに、眼が見えないのが怖いんですけど! や、やめろ! それだけは止めてくれ! あっ
次の瞬間、有無を言わさず私の口にはプニプニした感触の突起物がねじ込まれていた。おしゃぶりである。
泰山が鳴動するような重低音ボイスで子守歌を歌いながらベビーシッターは私をベッドの上に横たえる。私は逃げ出そうともがくが、私の意志と関係なく口がおしゃぶりを吸い上げてしまう。
……………………意外と落ち着くかも。
【異世界転生】Baby Don't Cry 牛尾 仁成 @hitonariushio
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