原稿用のチョコレート
人生、今までモテたことはない。どう返せばいいんだ。俺がゲームに負ければ、この電話も終わる。
「私、身長が百七十八センチあるんです」
俺とほぼ同じだ。まだゲームは続くのか。
「目は一重で、キツく見えるんです」
「別にメイクすればいいんじゃないのかな」
全く偉そうに言える立場じゃないし、詳しくもない。が、メイクをすると別人に見えるってのはよく聞く。
「痩せてて鼻も直線的で、全体的に冷たそうなんですって」
そんなこと言われても困るだろうな。
「でもひとつだけ違うところがあって」
「何?どこ」
声もその容姿に似合うはずだ。
「唇が厚いと言うか、ふっくらしてるんで
す」
きっと赤が似合うだろう。見なくても分かる。
机の上に手を伸ばして、創作メモを書き留めたノートをめくる。
「七月 ルビー 情熱 勇気。
十二月 タンザナイト 高貴 冷静 自立」
きっと個性的なデザインも似合うだろう。タンザナイトを使ったピアスがあるかは知らない。
「平岡さんって女の人のどこ見てますか」
「髪とか爪かな」
ぶはっと吹き出す。
相手は思ったより明るい性格らしい。
「そういうの、本当っぽくてちょっと怖いです」
だろうな。
「昔から気に食わない奴がいるって、和哉さんに聞きました」
「俺、何かした?記憶にないんだよ。アイドルみたいな見た目が羨ましいとは思ったけど」
「さあ、私は聞いてません」
面白がるんだ、きっと理由を聞いたんだろう。
「いとこが七人いるんです。和哉さんが一番年上で、私が一番年下なんです」
小説家は、探偵役だってこなす。いとこの名前までは、さすがに知らない。
「和哉さんのお店でピアスを買おうと思っていて」
行きたくない。だいたいアイツ、医学部に進学したはずだろう。
学業が忙しいから、番号は聞くくせに結局ゲームに参加しなかったんじゃないのか。
「はじめさんは、自分の中で気に入ってるとこありますか?」
いとこに電話番号を教えるなんてどうかしてる。しかも、俺はお前と同い年なんだぞ。
「実物を見たらがっかりするよ」
顔も昭和って感じで、あんまり好きじゃない。
卒アルに載ってるのは、学ランの高校生姿だ。
「硬派な感じでかっこいいのに?」
年下に茶化されるのは好きじゃない。
「見たのか?」
「ごめんなさい。写真見ました」
俺の唯一の長所は、生まれつき歯並びが良いことだ。写真では隠されているけど。
「電話って、一番似てる声を流してるだけなんですよね」
眠くなってきたのか、声はますます小さい。
「私、はじめさんに会いたい」
ゆっくりと間延びした言い方になる。
「クリスマスまでにはピアス買えるようにするから。それで許してほしい」
「ん」
もう半分眠っているのかもしれない。
「タイトル、消えた童話作家ってどうですか」
読者にタイトルを考えてもてもらうのは、人生初だ。
通話を切らずに様子を見る。本当に眠るまで待とう。
どうして俺のペンネームをよんだのか。本名は「勇人」でペンネームが「はじめ」だった。
ファンレターの入った羊羹の空き箱をひっくり返す。そんなに量は多くない。
新人賞を取った後、熱心に書いてくれた人がいた。
すぐに見つかった。差出人不明の手紙。 住所はあるのに名前が無かった。
デビュー作のタイトルは『骨に巣くう薔薇』
だから、花の話だったのか。
真っ白な便箋に、真紅の薔薇の飾りが上下に描かれていた。
「そのお店に行けば、欲しいものが手に入ると思っているんです。だから、平岡さんにはずっと花屋さんでいてほしい」
いつから、知っていたのだろう。電話に耳を押し付けても、何の音も伝えない。
代わりに新聞配達のバイクが走り始めた。
もう夜が明ける。カーテンの隙間から除く空の色が変わった。
二作目は「亡者の隠れ家」
差出人不明の手紙は、暗い紺色の便箋に銀色の文字が浮かんでいた。弱い照明を反射して言葉が星のように輝く。
引き出しから、半分溶けたチョコレートを出す。
いつもそうだ。小説を書くときは甘いものが欲しくなる。
推敲をして、少しでもいいものを出そう。作中の彼女を救えるのは俺だけだ。
パソコンの前に座る。消えた童話作家か。それも悪くない。ゲームに負けたことも。
偽物の声で名前を聞かされても嬉しくない。逢って声が聞きたい。
次までにもっと面白い話を考えよう。
子守唄は嗄れ声じゃ歌えない。
「禁煙するか」
赤ずきん、寝る前の電話は午前零時までになさい 登崎萩子 @hagino2791
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