第一話 聖母を探せ

異世界、ディクイオンへきた翔真は、絶賛道に迷っていた

「ねぇ、あんたが管理していた世界なんでしょ、何で迷子になるの」

『うるさいな、管理していたと言ってもそんな細部まで把握しているわけないだろ。ぶっちゃけ主要都市以外は、全部うろ覚えだし、こんな森があったなんて今まで知らなかったんだよ』

「いい加減なやつだな、それでも神か」

『神が万能だと思うなよ、神様だってな知らないことやできないことだってあるんだよ。辛い時や泣きたい時だってあるんだよ』

「勝手に泣いてろ」

頭の中で口喧嘩をしながら、息を切らして森を進んでいく。インドア派の翔真にとって、舗装されていない森の中はひどく厳しいものであり、オライオの提案をすでに後悔している

『あ、そうだ、いくつか説明し忘れたことがあったんだけど、どうせ暇だし今していいか』

「遭難しかけているこの状況を暇と捉えていいなら勝手にすれば」

『俺が憑依している以上、体の主導権が俺になくても、俺の魔力で能力が使えるはずだ』

「能力?酒に酔って雷を落とす能力か」

『その件は、蒸し返さないでくれるとありがたいです…それで俺の能力なんだけど、俺は火を操ることができるんだ、所謂火の神ってやつ』

「火…」

五大元素のひとつ、こんないい加減な神がそんなものを司る神なのだろうか

『まぁ一言で火と言っても色々あるんだけどね、俺の知っている限りで火に纏わる神は軽く百人は超えてるし。俺のは炎、かっこよく言うと焔神ってやつだ』

「むしろそれは火の上位互換なのでは」

『いや、むしろ下位互換。例えば俺の炎は、攻撃とかには適しているけど、そういうことしかできないんだよ。応用が利かないというか、燃やすしか能がないって感じ、花火とかも打ち上げられない』

「出力の問題なのでは」

『そ、だけど最低でも人くらい簡単に焼けちゃうからね、不便この上ないよ』

「え、じゃあつまり、僕はこれからその不便この上ない力を頼りにこの世界で生きてかなきゃいけないわけ」

『まぁまぁ、戦闘関係ならまず負けることはないだろうし、爆炎や業火ならお手のものさ。チートだよチート。ヒュー、カッコいい、って俺の能力か。アッハッハッハ』

「うぜぇ」

このいい加減な奴の言葉がどこまで頼りになるのか考えていたところで、複数人の人の声、と言うより気配のようなものを感じた

「これはイベント発生ってことでいいのかな」

暗に、これはお前の仕込みか、と聞いた

『いきなりどうした』

「いやだから、多分向こうの方に人がいると思うんだけど、どんなイベントが起こっているのかなって話」

翔真の指さす方には鬱蒼とした森が続くだけだが、オライオは怪訝な表情を浮かべる

『もし誰かいたとしても知らないよ、さっきも言ったけど、こんな辺鄙な森まで管理しているわけないからね。仕込むなら、もっと大きな町で喝采を浴びれるように仕組むよ。俺は目立ちたがり屋だからね』

それもそうか

「まぁ何にしても手掛かりがない以上、行ってみるしかないな。頼りにしてるよ、炎の神様」

『もし荒事だったなら任せなさいな。そうだ、急いで移動するなら空飛んだ方が早いよ』

「タケコプターでも出してくれるんですか。僕はどこでもドアがあればタケコプターっていらないと思う派なんだよな」

『わかってないなぁ、タケコプターは空を自由に飛ぶって言う目的で作られた代物なんだよ。むしろ移動は二の次』

それは確かに一理ある、と納得したところで

「それで、僕はどうやって空を飛べばいいの」

『この世界の魔術を簡単に説明すると、魔術はイメージだ。炎をどう使えば空を飛べるのか、できる限り具体的にイメージしてみ』

具体的にと言われても、普通にロケットみたいに作用反作用の法則かな

『あー駄目駄目、異世界転生素人が陥りやすいミスだ』

「異世界転生素人って、何その日本語。初めて聞いたよ」

『ロケットが空を飛ぶなんて、知識として知っていても想像しづらいものじゃ駄目だよ。もっとこう、細部まで描かれたものを想像して』

「細部までって、そんな空を飛ぶものを間近で見たことなんてないし」

『いやまぁぶっちゃけると、炎を使う漫画のキャラとか想像するのが一番手っ取り早い。個人的には、マフィア漫画の10代目の空の飛び方がイメージしやすいと思う』

確かにあの漫画は書き込みがすごかったけど

『お、イメージが俺の頭にまで流れてきた、そうそう大体こんな感じ。んじゃ、両手に集中しててね、魔力流すよ』

そう頭の中で声が聞こえた瞬間、両手に炎が灯った。アニメで見たような、綺麗なオレンジの炎だ

『軽くジャンプして、それと同時に出力も上げるイメージをして』

両手に炎が灯ったことに対する処理もまだ追いついていないのに、次なる指示が頭に流れる

翔真はここまで来ると反論する気にもなれず、唯々諾々と指示に従う

『せーのっ』

ドンッ

小さな爆発が起こったかのような音が聞こえた気がした

そんな音を地上において、翔真は上空に飛び立ったのだ

『おー、初めてにしては上手く飛べてるじゃん、バランスもしっかりとれているし。もしかしてあの漫画に憧れて真似とかしてた口かな』

「人の黒歴史をほじくるのは感心しないな」

それなりの速度で空を飛んでいるが、直接脳内で話しているため、風邪を切る音でお互い聞こえないってことはない

『まぁ簡単に言うと、俺がエンジンで、翔真がハンドルって感じかな』

「なるほどねぇ。まぁ何がなるほどなのかはよく分からないけど。それで、これってどうやって進めばいいの」

『普通に重心を傾けるだけでいいと思うよ』

空を泳ぐようなイメージを持っていたが、どちらかと言えば自転車で坂道を下る時のイメージの方が相応しい

「おぉぉ、ちょっと高度が下がったけど進んだ進んだ」

『んじゃ、早速手掛かりのほうに行ってみようぜ』

「ヤバい、ちょっと楽しくなってきた」

初めて自転車に乗ったときのことを思い出しながら、翔真は人の気配がするほうに向かって飛んだ

「…と、あれかな。行商みたいだな」

二頭の馬が荷台を運び、その周りに数人の男が護衛か何かで歩いている。それが三列ほど続いている

『日本に行商なんてまずいないのに、よく一目でわかったな』

「ごめんなさい、イメージで物を言いました」

『イメージは大事だよね、第一印象とか。だけどあれは見た感じ行商ではないかな』

確かに、行商の護衛にしては人数が多く、全員の装備に統一性がない。勿論、それがこの世界の普通と言われてしまえばそれまでだが、真ん中の荷台で手綱を握っている男が、異様に高価そうな装飾と装備をしていることから、妙な異彩を放っている。まるで盗賊の親分みたいな異彩だ

『ご名答、と言いたいところだけど盗賊ではないかな。正確に言えば盗賊でもある、って感じ。所謂奴隷商ってやつだ』

「奴隷商って、エロ漫画ではお馴染みのあれ?」

『お馴染みのあれだな。人攫いや借金の方とかのあれ。あの荷台には色々な人が詰められていて、多分これから市で売られるんだろうね。風貌を見る限りだと、人さらいがメインの奴隷商かな、いや、あれは奴隷商というよりも』

「お馴染みの人攫いやか」

『お馴染みのあれだね』

お馴染みのあれか、と頭の中で反復すると、翔真は一つ提案してみた

「じゃあ適当にあの一団爆殺して、中にいる女の子見繕って童貞卒業すれば良いかな。どうせ攫われたりした人たち、訳ありな人たちでしょ、金持ちに抱かれるか神様に抱かれるかの違いでしょ」

『サラッとえげつない提案するね。ちょっと引いた』

翔真としては結構いい案を提案したつもりなのだが、どうやら神様のお眼鏡にはかなわなかったようだ

「女の子の方も聖母マリア的なポジションになれるんだし、WIN-WINだと思うんだけどな」

『あのね、確かに俺は童貞だし早く卒業したいと思っているよ。だけどね、そんな抱ければ誰でもいいみたいな、ヤリチンみたいな感じじゃないの。もっとこう、ハートが震えるような、ハートフルな恋愛を求めているの』

「別にハートフルって、ハートが震えるの略語じゃないよ」

『わかっとるわ。要はセックスするにもその過程も楽しみたいの、やるのが目的だったら、どっか風俗でも通うわ』

「じゃあどうする、とりあえず何の情報もないし、適当にあそこの人たち助けて、それを笠に着て情報と物資を揃える?」

『言い方に悪意があるけど、まぁそうだね。もしかして助ける俺の姿に惚れる子もいるかもしれないしね』

それはありなんだ

オライオは炎の出力を調整しながら、奴隷商の少し離れた場所に着地させた

そして車輪が通った後を追いながら、静かに走りだした

『んじゃ、走りながら攻撃魔法の使い方を教えるな。と言っても、さっきよりも難しくないな、出したい方向に意識を向けて、出したい威力をイメージする』

「それだけ?さっきも思ったけど、魔法なんだし呪文とかそう言うのはないの」

『司るって言うのは、そう言うのが必要ないから司るって言うんだよ。だから逆に、水魔法や土魔法とかを使うんなら必要かもね』

折角剣と魔法の世界に来たんだし、そう言う詠唱とかやってみたいと思うお年頃である

「出したい方向に意識を向けるって具体的にはどうすれば良いの」

『これは本当に簡単で、ぶっちゃけ手を翳せば大体大丈夫』

「威力は」

『これはさっきと同じイメージなんだけど、まぁ最初は言葉で説明してくれればいいよ、俺の方で何とか調節するから』

思わず怪訝な顔を浮かべる

『なんだよその顔は』

「いや別に、酔った勢いで人を殺した人に出力調整つを任せるのかぁって思ってね」

『引っ張るなぁ。じゃあ翔真やるか』

「慣れてきたらやるよ。今回は欲しいのは情報だから、できる限り殺さないようにしてね」

それは、場合によっては殺すのも止む無し、と言っているようで、オライオは翔真のえげつなさにもう一歩引いた

「と、そろそろ追いついたみたいだな。それにしても僕ってこんなに足速くなかったと思うんだけど、これもなんか細工されているの?」

『まぁ、翔真の中には俺クラスの魔力が通っているんだし、使う気はなくても多少は身体能力が向上する魔法が発動すると思うけど、さっきも言ったようにイメージを形にするのが魔法だからな。もしかして、割と頻繁に足の速い自分とか妄想していた口かな』

「ない物ねだりをする生き物なんだよ、人間って」

別段恥ずかしいことではないが、妄想を言い当てられて口を尖らせる翔真。それをニヤニヤしながらオライオは眺め、一通り楽しんだ後、対象に目を向ける

二人の視線の先には、先ほど空から見た奴隷商の一団がいる。数は想定通りだが、体つきは想定以上。屈強という言葉がよく似合うほど逞しいものだった

向こうからこちらはおそらく茂みで見えないだろうから、一段とスピードを合わせて静かに移動し、冷静に現状を分析する

「ざっと20人くらいかな」

『ほんとかよ』

「言ってみたかっただけです。まぁでも数えてみてもそんなもの、23人じゃん。それでオライオ様、僕は今までろくに喧嘩とかもしたことないんだけど、大丈夫なの」

『大丈夫だって、流石にこんな有象無象のモブに負けるほど神は落ちぶれちゃいない。翔真はさっき話した通り、手を翳して威力を俺に伝えてくれればいいだけ』

「ハイハイ、信じるよ」

翔真は深呼吸をして心を落ち着かせる。これが初の喧嘩で初の殺人になるかもしれないのだ、平常心で、頭をクリアにして臨まなければならない

「一番最後尾の馬車、あそこの地面を荷台を浮かせられるくらいの威力で爆発させて」

『あいよ、<地爆>』

軽い返事とともに、凄まじい爆音が森に響き渡る

「ぎゃぁぁ」

「な、なんだ」

「敵襲か、冒険者か」

「憲兵の奴らが嗅ぎつけてきたのか」

などなど、まぁなんとも面白みのないモブの喚き声が上がる

壊された荷台に、飛び散る破片、突然の爆発の衝撃。パニックになるには十分だ

そんなパニックを眺めながら

「地爆ってなに」

『そういう名前があった方がいいじゃん、せっかくの剣と魔法の世界なんだし』

要するに思い付きで技名っぽくいってみただけらしい

『それにしてもおかしいな。あの馬車くらいなら吹っ飛ばせると思ったんだけど、ちょっと浮いて車輪が壊れたくらいだな』

「そりゃそうでしょ、見た感じ檻は鉄だし、他にもいろいろ道具を積んでいるみたいだ。それらの重さで蓋されて爆発の威力は軽減、行き場の失った衝撃は車輪や周りを吹き飛ばして破片を周囲に飛ばす」

手榴弾と似たような原理だ。そして檻の中にいる人たちには衝撃だけしか行かない、まぁその衝撃でケガとかするんじゃないかという考えは過ったが、翔真としては解放してあげるということで差し引きゼロだ

「よし、同じ要領で他の馬車の地面も爆破させて」

『あいよ』

さらに二回続けて爆発音が響き渡る。翔真の想像通り、荷台だけを壊し、周りを歩いている奴らにだけ攻撃し、火事の心配もない

「どこに隠れてやがる。魔術師の冒険者だな、お前ら周囲を探せ」

「ヘイ」

首領らしき男の号令で、負傷したものを残し一斉に茂みの中に入っていった

『それで、この後どうするの』

「あの人焼いて終わりかな。散ってくれたから、集中して首領に攻撃するイメージを注げるし」

持っていた棍棒で、何度も奴隷が入っている檻を殴りつけている小太りの男を、翔真は冷めた目で見ている。その瞳は、まるで蟻を踏み潰す子供の様に、何の感情もない

「因みに、これで殺しちゃっても正当防衛って成り立つかな」

『どうだろう、俺の憶測で誘拐メインの奴隷商って判断しちゃったけど、もしこれが正当な手続きのもと運ばれた奴隷とかだったら、面倒なことになるだろうね』

「そういうのはさ、早く言ってくれない?」

『奴隷商から助けて、行く当てもない女の子と一緒に生活する、そんなラノベみたいな展開に憧れていないといえば嘘になります』

「…なら仕方ないな」

男なら誰でも一度は憧れるシチュエーションだから仕方ないことだ。納得した翔真は、より一層イメージを膨らませる

元奴隷少女に懐かれて、歪だけど温かい仲間以上恋人未満の関係になる妄想、では勿論なく、首領をどれくらい焼くかのイメージだ

「まぁ折角だし、派手にやるか」

『了解、<全焼>』

その言葉とともに、翔真の翳した手の先にいる首領の足元から勢いよく炎が立ち上り、一瞬にしてのみ込む。叫び声をあげる余裕どころか、きっと痛みを感じる暇もないだろう

「あー、これ多分死んだね。僕としてはもうちょっと華やかさが欲しかったんだけどな」

『んー?大丈夫だと思うよ』

どういう意味かと聞く前に、中から黒焦げのおっさんが出てきた

『調理に失敗した豚の丸焼き』

「ブフッ」

思わず吹き出してしまった翔真。緊迫した状態であればあるほど、しょうもないギャグでも笑えてしまうあれだ

『確かに俺の能力は攻撃特化だし分かりやすく丸焦げだけど、限界まで威力を下げたから、多分死んでいないと思う。皮膚が焼けてその暑さと痛みで気を失っているだけだと思うよ。急いで治療すれば一命はとりとめられる』

「あー確かに、火事で一番多い死因って煙による窒息死らしいし、火傷による死亡も、火傷で動けなくなったところで煙を吸って死んじゃうらしいしね。まぁ今回のはどっちでもいいんだけどね」

そう言うと、茂みの中からゆっくりと丸焦げになった首領のもとへ歩き出した

勿論周りを探索に出た奴隷商の部下たちは、ワーワー言いながら剣や槍を片手に取り囲むが、それを意に介さずに、失敗した豚の丸焼き、黒焦げになった首領の右腕に足を乗せる

「とりあえず静かにしてもらっていいですか?この人と同じように焼きますよ」

まぁ暴力で他者を従えてきた連中だ、ならば有効打も同じ暴力

翔真の静かな、だけど確かな殺気を持った声に武器を持った奴隷商たちは静まり返る

「さて、まず一つあなた方に確認したいことがあるのですが、あなたたちは悪い奴隷商ですか、それとも良い奴隷商ですか」

『いや、良い奴隷商ってなんだよ』

ケラケラとオライオが笑うが、それにコメントしたら、見えない何かと話をしているおかしい人に見えてしまうため、グッと我慢する

「…俺たちは、ゴルディオン商会の公認だ。一介の冒険者に横槍を入れられる覚えはない」

首領の次に装備が豪華そうな男が高々と答えた

翔真は、そうなの?と視線で檻の中にいる奴隷たちに問う、いやまぁ、なんとか商会とか言われてもイマイチ理解していない翔真なのだが

『先に言っておくけど、俺は人間がどこでどんなコミュニティを築いているかなんて知らないからね』

「…話が早くて助かりますよ」

皮肉たっぷりに小声で言った翔真に、オライオは笑いながら

『頭の中でも会話できるよ。こっちは言うの遅くなってごめんね』

悪びれもなく言い放つ

「(そういうのは先に言えよな)」

『ごめんごめん、それより早く反応してあげないと怪しまれちゃうぜ』

「(お前後で覚えておけよ。僕結構ねちっこいからな、レジが一人しかいないコンビニで、お前の前で長々と宅配の郵送をお願いするからな)」

『ハハッ、俺そう言うの気にしないタイプ』

翔真は意識を脳内から現実に戻すと、視線の先には奴隷たちがこくりと力なく頷いていた

「どうだ、俺たちに手を出すってことはゴルディオン達に喧嘩を売るってことだぞ」

最初の爆発で怪我を負ったモブ男が、虎の威を借りて叫んだ

「うーん、君たちがどんな後ろ盾があるのかとか正直どうでもいいんだけどさ、質問に答えてくれるかな、良い奴隷商か悪い奴隷商か。勿論ここで言う悪い奴隷商っていうのは、殺しても僕の良心が痛まない奴隷商ってことだから」

人一人丸焼きにして、手榴弾のようなものを三回も爆発させといて良心もクソもないのだが、どうやら翔真にはまだそういう心の余地があるらしい

「…頭おかしいのか。仮に俺たちが何だろうと、お前はもう攻撃をしたんだ。ゴルディオンの商売の邪魔をした罪は重いぞ。冒険者をつぶすくらいわけない」

「ごめんね、こっちの世情には疎いんだ。そして僕が相手にしているのは、そのゴルなんちゃらじゃない、君たちだ。名前や権力だけじゃ、突発的な災害からは身を護れないよ」

「(ねぇオライオ様)」

『ノーコメントで』

「まぁでもいいか、モブ男君が言う通りもう手は出しちゃったし、ここで一人残らず身元が分からないくらい焼いて、奴隷商の一団が消息不明になったってことにしても」

翔真の言葉と手に宿っている炎に、各々武器を持つ手に力が入る

「アハハ、冗談冗談、ごめんね、そんなにビビるとは思わなかったよ。僕だって一人二人くらいなら焼いても良いけど、全員焼くのはちょっと困るんだ。だからさ、取引しない?君たちの持っている金品と情報、そしてこの奴隷たちを僕に譲る、代わりに君たちの命を助ける。この条件とかどうかな」

「ふざけるな。そんな条件飲めるわけないだろ。大体、なぜボスを攻撃した奴と取引しなきゃならない」

『発想が山賊とかのそれだな』

しみじみとした声が脳内から聞こえてきたが、気にしないで話を進める

「ダメかなぁ、良い条件だと思ったんだけどな。あれだよ、俺の言うものを寄越したらこの場は見逃してやる的な、悪役のセリフじゃないよ」

『え、違うの?』

頭の中で茶々がうるさい

「君たちが何らかの危機に立たされた際に、問答無用で君たちを助けるってことだよ」

「つまりお前に恩を売れってことか。そんな妄言を信じろと」

「嫌ならまぁ別に良いけど。でもボスが焼かれたのに、誰もその仇討に動こうとしないあたり、そこまで深い絆でもなさそうだし、だったら僕に鞍替えしても良いんじゃない」

飴と鞭、計算しつくされた爆発に遠くから炎で包む魔法、翔真は理解していないが彼の中に潜む魔力とそれを使いこなすセンスは相当なものだと周りは理解している。そして、何のためらいもなく、後ろ盾を持つ自分たちの首領に対して殺意を持って攻撃を仕掛けてきた異常性も

「三日くらいなら食うに困らない物資、俺たちが答えられる範疇でのお前の欲しがる情報、そして奴隷たち。それでどうだ」

副リーダーのような男が剣を鞘に納めて、そんな提案をしてきた

「まぁ及第点かな。じゃあまず、先に檻の鍵を開けてくれないかな」

「悪いがそれはできない。冒険者に襲われて奴隷たちが解放されたならまだしも、鍵の開錠は俺たちの意志によるものという風に捉えられる。言い訳が利かない」

「わかった。それくらいならまぁ良いよ、ならまずは物資を僕の前に用意して。生憎とそう言う目利きは利かないからね、どれにどんな価値があるかなんてわからなくてね」

『いいのか?あいつら渡しても痛くない物ばかり渡すぜ』

「(別に良いよ、目下欲しいのは一日分の食料と情報、それに荷台壊しちゃってるからたくさんもらっても困るし)」

脳内で話している間に、翔真の目の前にどんどん色々な物が積まれていく。パンや野菜、干し肉などの食料の他、布や武器なんかも積まれていく

翔真の想定より多いくらいだ

そして情報も翔真のもとに募ってくる

この森の抜け方から、近くの町や国についてやその情勢、特に多かったのは裏道や獣道、あまり日の目の見ることの無い裏ルート。流石、黒い商売をやっているだけあってその辺はお手のものだろう

「(にしても、この奴隷の人たちって本当にまずかったんだね、エロ同人誌展開どころの話じゃないよ、一方的に嬲られるのをショーにしたり、戯れに殺される奴隷とかもいるんだね。この世界じゃそれが普通みたいだから特に反応しなかったけど。えっと、オライオ様、あなたはこの世界をどうされている方でしたっけ)」

『自主性を重んじた管理をしている神様ですが』

「(自主性って、完全に学級崩壊起きてんじゃん。自習の時間に大騒ぎするわんぱく小僧レベルじゃないぞ、クラスメイト全員ガキ大将じゃん、リサイタル始まっちゃってるじゃん)」

『うるさいな、管理しているからこそ、あれこれ一々口出すべきじゃないんだよ。自主性を育てられない人間に明日はやってこないんだよ』

「(やってきてないじゃん。自主性を育てられない結果、明日がやってこない人たちがたくさんいるんじゃん)」

『そもそも、お前の世界みたいに、比較的まともに回っている世界ってのは少ないんだよ』

「(それを何とかするのが神様なんだろうが)」

『無神論者がほとんどの日本人に神についてあれこれ言われたくありません。都合の良い時だけ縋ってんじゃねーぞ。都合の良い時だけキリスト教になって、性なる夜を過ごしてんじゃねーぞ。こちとら本場の神様だぞ、その神が童貞なのに、なんでお前らは神様差し置いて神様の誕生日に盛りついてんだよ。完全に、誕生パーティを開催して主役そっちのけで誕生日プレゼントのゲームに興じてるクソガキどもじゃねーか』

「(やめろよその涙出そうな例え、ちょっと想像しちゃったじゃん)」

『そう思うなら、今後俺に優しくしてくれると嬉しいです』

「(それとこれとは話が別だけどな)」

脳内で言い合いをしているのが長かったせいか、流石に不審な目を向けられ始め、翔真はゴホンと咳ばらいを一つする

「えっと、色々ありがとうね。それじゃあ、檻を壊そうと思うんだけど…」

「分かっている、不意打ちなんかの真似はしない」

人身売買やっている人に言われてもねぇ。半笑いで翔真は檻の前に立った

「(オライオ、鍵を焼き切るとかできない?)」

『できないことはないけど時間かかるし、中の人たちにも影響が出る、もっと楽な方法あるぞ。手刀で切るんだ』

「(手刀?)」

『ほら、さっき空飛んだときに参考にした漫画のキャラが使ってたじゃん。機械の兵士を手刀で真っ二つに焼き切るシーンのあれ』

「(あー、あったよね。手刀か、いいかもね)」

右手に力を込めながら、漫画のシーンを想像する。魔法に関しては無知の翔真でも、今自分の右手に高密度のエネルギーが溜まっていくのを感じる

『せーのっ』

「えいっ」

勢いよく振るわれた手刀には、綺麗なオレンジの炎が宿り鉄格子を焼き切った

『もういっちょせーの』

「えいやっ」

上下で鉄格子を焼き切り、鉄格子は焦げ臭いにおいを発しながらぼろぼろと崩れ落ちる

そしてその中には、老若男女、どういった経由かはわからないが、奴隷として捕まった人間たちが所狭しと入っていた

同じように、他二つの折から奴隷たちを解放し、一か所に集まってもらった

『おーおー、いるねぇ。有象無象の人たちが。さて、俺好みの子はいないかなぁ…』

「(奴隷助けといて、もっと他にコメントないのかね)」

『だからこそだ、今なら多少のことは助けた恩でまかり通るぜ。翔真も探したら、好みの子』

「(僕の好みねぇ)」

そう脳内で話していると、奴隷商の一人が近づいてきた

「これで契約は成立だよな。何かあった時は頼むぞ」

「うん、任せてよ。帰り道は気をつけてね」

そう言って、黒焦げになった首領を担いで去っていく奴隷商の一団を見送りながら、脳内が騒がしくなってきた翔真は小さくため息をついた

「(どうしたの)」

『いいから代わって代わって』

「(は?あぁ、憑依したいのね。だけど代わるって具体的にどうすれば)」

『ちょっと軽く力を抜いて、俺が入ることを許可してくれればいいよ』

「(許可って……あれ、できた。僕が目の前に見える』

それはまるでジェットコースターに乗ったような感覚に近い。勢いがある、ということではもちろんなく、何とも言えない浮遊感が身を襲ったのだ

自分の後頭部が目の前にあり、自分の後姿がそこにある

『これって戻る時ってどうすれば…』

「そこの美しい銀色の髪のお姉さん、一番怪我しているように見えるけど大丈夫かい。もしよかったら、町につくまでおぶろうか。なんなら、一緒に泊まる宿とかも手配するぜ」

翔真の体に入っているオライオは、集められた奴隷の人波をかき分け、ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて一人の銀髪の女性の手を取った。少しつり目で、身長は男子高校生の平均である翔真と同じくらいだが、顔つきは平和な時代をぬくぬくと生きていた翔真の比ではなく、美しいとか凛々しいという言葉がよく似合う年上の美人だ

『異世界物の作品では一人はいるよね、こういう女騎士キャラ。オライオはこういう子が好みなの』

「(良いじゃない、少しきつそうだけど綺麗でスタイル良くて甘えさせてくれそう。こう言う人に優しく撫でられる猫とかになりたい)」

『ふーん…』

確かに美人でスタイルも良いが、翔真の好みではなく、周りから見られないことをいいことに、他の奴隷として捕まっていた人たちをじっくり観察する

「…お気持ちは有難いですが、これくらいの怪我は冒険者をやっていればよくあることですからお気になさらずに。それに私以外にも怪我をしている方たちはたくさんいます、その方たちに手当を」

「(敬語っ娘だよ敬語っ娘)」

『敬語っ娘ってなんだよ。そんな単語存在しないよ』

「(奉仕の精神が高くて、尽くしてくれる女の子ってこと。いやぁ、当たりだわ)」

『僕にはいきなり馴れ馴れしくして来る男に、距離を取ろうとしているように見えるんだけど』

翔真のツッコミはどこ吹く風で、オライオはグイグイとその女性に詰め寄る

「いやいや怪我を舐めちゃいけないよ、俺はそれなりに応急処置くらいならできるからさ。それに俺の心に負った恋の傷は君と一緒にいないと塞がらないみたいだから、もう少し手を握っていてもいいかい」

「治療の方は結構です。私も捕らわれていてできなかっただけで、応急処置程度の知識はありますから」

少し引き気味に断られた。あたりまえだ、後半とか聞かなかったことにしているし

「それは残念。だけど辛くなったらいつでも言ってくれていいからね。君が奴隷商に売られていく奴隷なら、俺は君に恋する愛の奴隷だから」

引かれているのに気がついてないのか、それとも分かっててぐいぐい行っているのかわからないが、翔真は正直見ていられなくなったうえ、別の用事ができてしまった

『なぁオライオ、もう戻してほしいんだけど』

「(えー、しょうがないなぁ。だけどあの子がいる間は積極的に代わってよ。敬語美人、俺のめちゃくちゃタイプなんだから)」

『それは保証しかねるな』

そう言うと浮遊感は一気になくなり、足の裏に大地を感じる

そして手には、怪我しているとはいえ、それでもきれいな女性の肌の感触がある。妄想の中では何度も握ったことのある女性の柔肌だが、リアルで握るのは数えるくらいしかない翔真は思わず手を離してしまった

「ご、ごめん。いきなり手なんか握っちゃって」

「え?あぁ、いえ。構いませんが…」

『童貞丸出しでウケる』

「(黙れ童貞神)」

『なんかそれじゃまるで、俺が童貞を司る神様みたいじゃん。いや、童貞を司る神ってなんだよ。神界にも多分いなかったぞ』

「(知らないよ、自分で言ったんだろ)」

『それより、いきなり童貞丸出しの対応するから、彼女不審がっているよ。俺みたいにスマートに話さなきゃ』

「(あの頭悪そうなナンパがスマートかよ。縄文時代でももっとマシなナンパするよ)」

それよりも、と手を握っていた女性に笑顔で手を振って一旦離れた後、端の方でぐったりしている少女のほうに向かった

「君も大丈夫?さっきの人は一番怪我しているように見えたけど、君は一番疲れているように見えるよ」

女子中学生くらいの身長に、栗色のふわふわして綺麗な髪。ぐったりとして青ざめているが、さっきの美女にも負けず劣らずの端正な顔立ちだ

「ひっ、ご、ごめんなさい、大丈夫です。ちゃんと立ちますから…」

まるで、これから殴られるんじゃないかと身構えるように、細い両腕で顔を覆った

「いや、そんなビクビクしながら言われても全然大丈夫に見えないんだけど、そしてそこまで露骨にビビられるとちょっとショック。辛いんだったら、少し横になったら」

少女の肩に手を置き、ゆっくりと力を込めて、木に凭れかかるように座らせた

「て言うか、他のみんなもそんなぞろぞろ突っ立っているのも鬱陶しいから、適当に楽にしてくれていいよ。あ、後、僕の分さえ残してくれれば、そこにある物資は自由に持って行っていいから」

「ほ、本当ですか」

「ちゃんと文句が無いように分けてよ、喧嘩とかされても、流石にそこまでは面倒見切れないからね」

翔真の言葉に、口々にお礼を述べ、近くにいたものから順に食べ物や飲み物を持っていった

「助けてくれたこと、食べ物を分け与えてくれたこと。重ね重ね感謝します」

先ほどオライオがナンパした女性が、辛そうに歩きながら近づき、静かに頭を下げた

「別に良いよ。僕も僕なりに打算があったわけだし、お相子よ。それより、君も取りに行かなくていいの?さっきの奴隷商さんたちが思った以上に気前が良かったから、まだそれなりに残っているけど」

「…いえ、私は大丈夫です。私の分は、他の必要としている人たちに渡してください」

女性は怪訝な瞳を向けて首を傾げた

翔真もつられて首を傾げる。そして沈黙が数秒経った後、先ほどオライオが翔真の体を使ってセクハラまがいのナンパをしたことを思い出す

「(あんたのせいで面倒なことになったな。二重人格ってことで納得してくれるかね)」

『翔真が俺みたいにスマートじゃないのが悪いな。というわけで、好感度をバリバリ稼ぎたいからまた代わってくれ』

相談した相手を間違えたと、小さくため息をつき、若干投げやりになった。もういいや、好きなようにやろう

「僕には君が必要としている人に見えるけどなぁ。まぁ本人が良いならいいけど。じゃあさ、僕の分とこの子の分を持ってきてくれないかな、ほら僕が行くと色々周りの人に気を遣われそうだし」

翔真は木に凭れかかり、まるで病に侵されているように息を荒げている少女の頭を撫でた

「わかりました。少々お待ちを」

見ているだけで痛々しい傷を負っているが、本人は平気な顔で歩いていった

『なぁ、もう一回代わってくれよ。今の感じだと、多分行けそうな気がするんだ』

「(何を根拠に。まぁいいや、こういう大人数を仕切るのは苦手だし、僕が裏で指示出すから、それ通りに動いてよ)」

『はいはーい』

軽い返事とともに、翔真とオライオは入れ替わった

「(因みに翔真、随分この子のことを気にしているみたいだけど、タイプ?)」

『こんなぐったりしているなら、誰だって気遣うだろ』

「(でも頭を撫でている翔真、良い顔してたよ)」

『そんな根拠の薄いものを主張されてもねぇ』

「(あ、でもこの子の髪汚れている割にはふわふわだな、それにさっきビクビクしてたのだって感情が豊かって捉えると、なんだか子犬みたいだな)」

『でしょ、子犬チックでしょこの子、何と言うか守ってあげたくなるというか、世話したくなるというか。しかもそんな子が今助けを必要としているんだよ、例え何ができなくても、頭撫でたり手を握ったりして安心させてあげたいじゃん』

そこで、普段なら絶対口にしないことをついべらべら喋ってしまった。好みの女の子に出会えたのが、翔真の口を軽くしてしまったらしい

その姿はまるで、好きなものを語るオタクのようなものだった

「(翔真ってさ、ロリコン?)」

『ロリだから好きになったんじゃない、好きになった子がロリだっただけだ。この子がこの見た目で二十歳越えてるかもしれないだろ』

「(そういうのはフィクションの中にしかいないよ)」

『神様にそんなこと言われるとは思わなかったよ』

と、脳内で言い合っていると、小さな呻き声のような声が隣から聞こえた

「あ、あの」

「ん?どしたの?」

軽薄な声と笑顔で少女の顔を覗き込む

「迷惑をかけて、本当にごめんなさい。もう大丈夫ですから、ちゃんと働きますから」

懸命に自分の価値をアピールしだした。まるで、価値無しの烙印が押されたら、殺されるかのような必死さだ

しかしその必死さが空回りしたのか、立ち上がった少女は足がもつれて、翔真(の体に入っているオライオ)の方へ倒れた。オライオは倒れてきた少女を胸で受け止め、後ろに手を回し、背中をさする

「あんまり無理しちゃだめだよ。かわいい女の子はどんな姿でも可愛いというけど、無理して倒れる姿はあまり可愛くないからさ」

そう言って、再び木に凭れかからせた

「…あなたは、その、怖い人じゃないんですか」

「アハハ、怖い人って初めて聞かれたな。軽薄とか頭悪そうとか、そういうことなら散々言われてきたけど、なんかちょっと新鮮」

『怖いていうより、危ない人って感じだよね。いや、今まで童貞であることを鑑みると、危なくもないか』

タイプではないとはいえ、美少女を目の前にしたモテない男は、頭の中に流れてくる茶々に取り合うはずもない

「安心してよ、他はともかく俺みたいなモテない男は、女の子に危害を加えるようなことは絶対にしないから」

「…本当ですか?私が役に立てなくても、ぶったりしないですか」

「するわけないだろ。むしろ溺愛する、でろでろに甘やかす、モテない男の必死さ舐めるなよ。だから、今はこのモテなくて必死な男の必死さを受け入れなよ」

そう言って頭を撫でる

そして少女は、気持ちよさそうに目を閉じる

「(ふふっ)」

『何ドヤ顔しているんだよ、今ちょうどオライオが体に入っているからオライオが対応しただけで、僕が入っていたら、今の十倍はかっこいいこと言えたし絶対もっと安心させられた』

「(だが残念だけど、結果は俺に安らぎを感じている。それに純粋に魔力の譲渡をしているから、体力回復という面でも、俺に軍配が上がるな)」

『そんなこともできるの』

「(翔真も魔力の使い方に慣れればできるようになるよ。まぁ、そうなる前にお前のお気に入りの心を奪っちゃうかもしれないけど)」

『…なんか、前々から思ってたけど、オライオの文句ってどれも一昔前のキザって感じだよね』

「(まぁ翔真が生まれる前からこういう勉強はしてきたからね)」

『その勉強が実を結んでいたら、僕がこうして浮遊霊の如く、ふわふわ浮かんで自分の後頭部見ていることもなかったんだけどね』

「(なかなかできる経験じゃないだろ。珍体験ができたってことで、どうか一つ)」

『珍過ぎてキャパオーバー起こすよ』

「あの、誰かとお話されているのですか」

翔真と脳内で談笑していると、銀髪の凛々しい女性が、パンと干し肉と果物を一つずつ持って戻ってきた

「あー気にしないで、それより怪我しているのにありがとうね。えっと、名前を教えてもらっていいかな」

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はエルと言います」

「エルちゃん、聡明そうなお名前だ。俺は翔真と言うんだ、よろしくねエルちゃん」

「よろしくお願いします翔真さん」

「ささ、エルちゃんもこっちに座って少しでも体を休ませて。何ならマッサージとかもするよ、狭い檻の中にいたから肩とかこっているでしょ。揉むよぉ、もみもみするよぉ」

ワキワキと指を動かす。本人は肩を揉むジェスチャーをしているつもりなのだろうが、その動きは何だか嫌らしい

エルは明らかに目の色が変わり、嫌悪感をあらわにした。しかしため息を一つつき、その目に諦観の色が濃くなった

「…まぁ、奴隷として売られていたのなら、遅かれ早かれこうなるとは思っていました、それの経緯が変わっただけですね。あの、できれば恥ずかしいのでここでは触るだけで、本番や脱衣は室内でお願いしたいです。あと、性的な行為は私一人だけでお願いします、他の人には手を出さないでください」

エルの中で話がどんどん進んでいく。その過程で、翔真がどんな風に脚色されていくのか、想像に難くない

『調度いいじゃん、タイプの子なんだしさっさとヤっちゃえば?』

「(だから、俺はもうちょっと恋愛を楽しみたいの、漫画やアニメ見たいな。確かにセックスしたいよ、童貞だし、だけどね、そこに愛がなければ意味がないの)」

『僕は普通に、凌辱物のエロ漫画とか好きだけどな』

「(確かに俺もそれは好きだよ、だけどそれは創作物として楽しむのならって話、実際に登場人になるなら、イチャラブものが良い)」

『人の命一つ身勝手に弄っといて、随分勝手な言い分なことで。まぁいいや、だけどエルさん、今にもボロ布のごとき服を脱いで身体を差し出してきそうだよ。オライオが人の気持ちを考えずにセクハラ紛いなこと言うから。エルさん視点、奴隷商を襲って自分の好みの女の子を奪おうとする山賊と大差ないよ、今のオライオは』

「(そうなんだよね、ちょっと相手の気持ちを考えない発言だった、それは反省。それは反省だけど、もし勘違いしたまま身体を差し出してきたら、そうなったら俺は自分を抑える自信がないんだよね)」

『言っておくけど、お前がどんな形だろうと童貞卒業したら、僕との約束守ってもらうからな』

「(…あー、翔真、むしが良いと思うかもしれないけど、なんとかしてくれ)」

そう言って、オライオは翔真の体から、するっと抜け出して二人は入れ替わった

「(何とかって、オライオのそういう無責任なところがモテない一因だと思うぞ)」

『なんだかんだ文句を言うけど、ちゃんと協力してくれる翔真のこと大好きだよ』

「(僕の体だからな)」

入れ替わり、翔真は思案を巡らせる

目の前には自分に警戒心全開でありながら自己犠牲の精神で他の人たちを護ろうしている美女、その自己犠牲として身を捧げようとしている相手の翔真。この美女の好感度を下げないようにこの場を治める必要がある。無理では

「あー、調子に乗って気持ち悪い発言をしたことは謝るよ、ごめん。だからそんな目で見ないでよ」

とりあえず謝罪して、自分にその気がないことを表明

「だけど、いくら自己犠牲が尊いからって、自分の身はもっと大切にしなくちゃ駄目だよ…なんてお前が言うなと思うような尤もらしいこと言ってみたけど、まぁ不安だよね。僕が一体どんな人なのかもわからないんだし、さっきまで奴隷として売られようとしていたんだし、(僕じゃないとはいえ)セクハラ三昧な発言をしたばっかだったしね」

「随分と、わかったように言いますね。ならセクハラに当たるような発言は慎んでいただけますか。私には構いませんが、他の人の耳に入れば、徒に不安を煽るだけなので」

「そのことに関しては反省しているし謝ったからチャラってことにしてよ。この干し肉とか果物をあげるからさ」

エルに持ってきてもらったものをそのまま手渡した。今度は断ることもなく、大人しく受け取った

『上手いな、頑なに受け取らなかったものをこういう形で渡すのか』

「(オライオにはこういう気遣いとかできなさそうだよね)」

『ぐぬぬ、否定したいが大体その通りだから反論できない』

「(なら黙ってみてなよ、僕がエルさんの好感度を稼いでいるところを)」

翔真はさっきの仕返しと言わんばかりに、オライオのお気に入りであるエルに言葉をかける

「さっきはあんなに勧めたのに取りに行かなかったけど、今回はあっさり受け取るんだね」

「含みのある言い方をされますね。これはあなたが私個人に宛てたものですから、受け取らない方が失礼になりますよ」

それに、と言葉を続けながら、横になっている少女に目を向ける

「カナデの分も持っておかないといけませんから」

「あら、お知り合い?カナデさんっていうの?」

「えぇ、彼女は私とパーティを組んでいた子です」

「…なんか、他の人よりぐったりしているけど、それは?」

「珍しいのですが、彼女は強力な回復魔法や補助魔法が使えます、捕まってからずっと、他の奴隷たちが奴隷としての価値がなくならないよう、こき使われてましたから」

「(なるほど、それであんなにビクビクしてたのか)」

『どゆこと?』

「(恐らくだけど、カナデさんは捕まっている間他の奴隷たちを癒してたんでしょ、完全回復じゃなくて反抗できないくらいの負傷を残して。それによる魔力の消費による疲労と自分のやっていることに対する罪悪感、そしてそれが重なって動きが鈍くなるたびに暴行を受けてたんだろ)」

『でもパッと見怪我なんて』

「(相手は女の子だよ)」

『さっきの奴らがそんな紳士だとでも』

「(見えるところに怪我なんて作らないってこと、女の奴隷として価値が下がるからね。多分服の下とかは…)」

『なるほど。俺には思いつかない薄汚れた発想だ』

「(せっかく解説してやったのに、どういう結論だよ)」

でもそうなってくると、変な意味ではなく服に視線が行く。その下の痛々しい痕を想像してしまう

「酷い話だ、まぁさっきの人たちとの話を統合すると、酷い話だけど珍しい話ではないみたいだね」

「誰がどこで苦しんでいようと、目の前の人がその苦しみを我慢する道理はありませんよ」

「全くその通りだ。まぁ我慢云々はエルさんが言えたことではないと思うけどね。痛むよね、その怪我。きっと奴隷商の人たちは、君のことはかなり警戒していたんだろうね、そのレベルの怪我を残しておかないと反抗してくると」

「それだけ、私の戦闘力を恐れていたと捉えることにしましょう。名誉の負傷です」

「負傷に名誉も不名誉もないよ。皆等しく負傷だ」

「…それは私に対する侮辱ですか。他の人たちに暴力がいかないように奴隷商の人たちに殴られ続けた私に対する侮辱ですか。私が殴られたり斬りつけられたりしたことは無意味だとでも言いたいのですか」

「そう捉えるならそれでもいいよ。女の子がそんな目に遭う、それ自体が悲惨で、そこに生まれる怪我に名誉な物なんて一つもない。女の子がそんな怪我を負ったことで、よくやったと褒める男はいない」

翔真の言葉にエルは小さく俯いた

「まっ、温室育ちの男の持論だ。気にすることはないさ」

そう笑いかけてグッと伸びをすると、カナデと同じように木に凭れかかった

「(どうよ僕の口八丁、あんな変な雰囲気だったのに、なんかそれっぽいこと言ってエルさんの心に何歩か近づいたよ)」

『残念だが翔真、確かに変な空気は何とかなったが彼女の心には何も届いていない。神の俺が言うんだから間違いないな』

「(負け犬の遠吠えが耳に心地いいねぇ)」

『お前覚えとけよ』

「あ、そうだエルさん。確か応急処置くらいならできるんだよね、ならこれ使ってよ。大きくはないけどないよりはマシだろうし」

オライオの声を無視して、翔真はポケットからハンカチを取り出してエルに投げた。こっちの世界に来た時の服や、その時ポケットに入っていたものは持ってこれるらしい。どういう仕組みなのだろう

「良いのですか、上質なもののようですけど」

「いいよいいよ、それ三枚セットで千円だったから」

「ですが…」

「大体、もうそのボロボロの手で受け取っちゃったんだし、返品は綺麗に洗ったのじゃないと受け付けないよ」

「…ありがとうございます」

エルは渡したハンカチを両手でギュッと掴むと、少し離れた場所で応急処置を始めた

「(なんかギャルゲーやっている気分だな。この調子でカナデちゃんの好感度を稼ぐか)」

『待て、ギャルゲーだったら俺だって結構やり込んでいる。お前に後れを取るはずがない』

「(世の中は結果が全てなんだよ。黙って見ていろよ童貞、僕がちゃんとベットの前まで進めといてやるから)」

『やだやだー、そんなラスボス手前まで介護プレイで連れてこられて、初心者の楽しみをすべて奪うようなゲームの先輩、みたいなことされたくない』

「(黙って見ていなよ、これがNTRだ)」

脳内で茶番を繰り広げていると、再びカナデが目を開いた。翔真にとってはチャンスだ

「調子はどうだい、カナデさん」

「少し、楽になりました。ありがとうございます」

「それは良かった。そういえば、カナデさんは回復魔法が使えるみたいだね」

「……ッ」

翔真のなんとはない発言に、カナデは露骨に体を震わした。下唇を噛み、身を護るように肩を抱いた

「…えっと、流石にそこまで面白く無い反応されるとは思わなかったんだけど、僕何か不味いこと言っちゃった?」

「…誰に、使えばよろしいでしょうか」

「あ、いや別にそんなつもりじゃなかったんだけど。ただ話のタネというか、雑談程度に確認しておこうと」

『ピンポンパンポーン、オライオ様のこの世界速報。回復魔法は実はかなり稀少で、使える人は良くも悪くも大仰な扱いをされてきました』

「(そういうことは早く言え、それにオライオだってカナデさんが回復魔法使えるって聞いた時、反応薄かったじゃん)」

『神界では当たり前にある魔法だからね。こっちではそうだったのをさっきまで忘れてたんだよ』

「(何一つ使えない神だな)」

どうしたものかと考えを巡らせながら、とりあえず敵意や利用する気がないことを伝えるため口を開く

「悪かったね、トラウマを刺激するようなことを聞いちゃって。エルさんが何とはなしに話していたから振って大丈夫な話題かと思っちゃってたよ。僕にその気はないから安心して」

『それで女の子が安心するとでも?』

「(さっきまで女の子を怯えさせてたやつがほざくな)」

だが翔真自身それで安心してくれるとも思っていない。もう少し距離を詰めたいところだが、話題がない

と、そこで幸か不幸か奴隷商たちから貰った物資が他の奴隷たちに行き渡ったようだ。蠢いていた人たちは足を止め、翔真の方を見て次の指示を待っているようだ

「…いやあの、そんな目を向けられても特に言うことはありませんよ。各々好きにしたらどうですか」

「そ、そんなぁ、私には行く当てなんかないのですよ。勝手に助けられても困りますよ」

一人のやつれた男が、悲壮感丸出しで泣きつくような目を向けた

「そうは言われてもなぁ、一人や二人ならまだしもこの人数の面倒を見るなんてできないし。てかそのため物資を分けたんだから、そっから先は自分たちで何とかしてほしい」

「ここにいる人たちはみんな、孤児であったり誘拐されて連れてこられたりお金がなく身を売ることしかできなかったり、そんな者たちなんです。それを身勝手な正義感で助けられ、後のことは知らないって、道理が通らない」

別の男が声を荒げた。比較的がっしりとした男であるためか、その声には迫力がある

「うーん、なんで僕が道理を通す必要があるのかな。あまりこういうことは言いたくないけどさ、僕はあの奴隷商と交渉(脅迫)して君たちの所有権を得たんだよ、なら君たちをどうしようと僕の勝手じゃん。というわけで、僕の勝手で君たちに自由を与えます」

「そんな身勝手な…」

「いえ、翔真さんの言葉にも一理あります」

応急処置を終えたエルが、翔真の隣まで来て庇うように立ってくれた

「確かに彼が私たちを助けるつもりで、恩を売るつもりでやったことならあまりに身勝手なことですが、彼の言い分通り、彼の持っている私たちの所有権を放棄するだけなのでしたら別段間違ったことは言ってません。なにより、」

そこでいったん言葉を切り、鋭い目を先ほど声を荒げていた男に向ける

「檻から解放していただき、物資まで恵んでくださった翔真さんにお礼を述べない貴方が道理を語りますか」

「そ、それは確かに、そこは感謝している。ありがとう…」

「ハイハイどーも。それで、僕はエルさんとカナデさんが回復してからこの森を出るつもりだけど、君たちは好きにしていいよ」

「どうして、その二人の回復を待つのですか」

女の人がおずおずと尋ねた。翔真とオライオのセンサー的にこの人は「まぁ別にいいかな」の部類なのだろう

「二人が一番疲弊しているからかな、エルさんなんて傷だらけだし、カナデさんはまともに立っていられない。そしてこれが一番重要なんだけど、二人とも滅茶苦茶美人で可愛いからかな」

場の空気が一気に険悪なものとなる

「いやいや勘違いしないでね、僕の目的に容姿の整った女の子が必要ってなわけであって、勿論君たちがいなくなった後に襲おうなんて考えてないよ。ちゃんと事情を説明して了承を得てから協力しておらうつもりだし」

「そんな理由で…」

「人には色々あるってことよ、ふざけた理由に聞こえるけど、僕にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。尤も、君たちに理解してもらおうと思ってないから別にどう思われようとどうでもいいけど」

ていうかさ、とそこで翔真は言葉を区切る

「そりゃ小さい子たちには酷な話かもしれないけど、さっきから突っかかってくる君たちはパッと見僕より全然年上じゃん。年下にこの後どうすればいいと群がって、恥ずかしくないの。さっきの檻みたいに物理的に動けないなら話は別だよ、でもさ少なくても物資はあって自由の身になったんだからさ、もう自己責任でいいじゃん」

「…そうかよっ。自由にしてくれたこと、食い物を分けてくれたこと、感謝する。おい、後は俺たちで何とかするぞ」

そう言って翔真とエルとカナデを残し、奴隷として捕まっていた人たちは町の方へ歩いていった

「…なんで、助けてくださいって一言言えないんだろうね」

「もしお願いされていたらどうされたのですか」

「まぁ内容によるけど極力叶えてあげるよう努めるよ。僕はまだこの世界に来て伝手も何もないからね、ただあの餌が運ばれてくるのを待っている態度が気に入らなかったからちょっときつく言っただけ。どっか行っちゃったけど」

「確かに助けられるのを待っている人たちに同情はしませんが、彼らに自己責任を求めるのは酷かと。先ほど言っていたように、身寄りもお金も無い人たちも多いのですから、よくてまた奴隷商に捕まって、悪くて行き倒れですよ」

「だろうね。僕も別にあの人たちが本当に自由になったなんて思ってないし、多分どっかで野垂れ死ぬなぁとは思っているよ」

それがどうしたと言わんばかりの軽い口調だ

エルは翔真のその口調にわずかに怯えたが、それと同時に途方もない妙な頼もしさを感じた。冷静沈着でありながら、求められれば応じるが、助かろうとしない物に手を差し伸べない厳しさを持つ男だ

カナデは翔真の態度にわずかに安堵し、とてつもない恐怖を感じた。目的のために必要ないものならば躊躇なく切り捨て、己の利益を最優先に考えるその思考。先ほど、剽軽に笑いかけてくれたのが嘘のようである

『なぁ、お前さっきから二人にビビられてるぞ』

「(まぁそんな気はしてる)」

『てか翔真のさっきの謎演説、超面白かった』

「(そのいい意味で使われない面白いは止めてほしいな)」

『にしても、案外冷たいねぇ。確かにあの人数を面倒見るのは無理だろうけど、他に言い方なかったの』

「(僕のやり方に口を出さない約束でしょ。大体、優しさ見せてどうするの、まとめて面倒見るなんて無理なんだし、下手な優しさ見せて自分の首絞めるよりも、ターゲットの二人に注力した方が良いでしょ)」

『上手くいくなら俺は文句はないけどさ。カナデちゃんはちょっと厳しそうだね、俺が替わろうか』

「(冗談、僕の好みをそう易々と譲るわけないでしょ。僕だって折角、異世界という非日常に足を突っ込んだんだ、楽しまなきゃ損だっての)」

『このままだと楽しむ前に頓挫しそうだから言っているのに』

そんなことを言われて大人しく引き下がるほど、翔真も男として自信を失っていない

「二人とも体調はどうかな」

とにかく相手を気遣い、警戒心を解かせる。翔真だって、さっきのやり取りから、カナデからは怯えるような視線を向けられているのは分かっている。好みのタイプの女の子に怯えられて、何とも思わない男はいないのだ

「何か必要なものがあったら言ってよ、できる範囲で用意するからさ」

「それで、その見返りに私たちは何を要求されるのですか」

カナデの警戒心を解こうとしていたのだが、エルの方が食いついてきた。当のカナデは、いつの間にか移動したのか、エルの影に隠れるように翔真を窺っている

「その要求によっては僕からの施しは受けないと。まぁ真っ当な判断だね、だけど何もかもが限られたこの状況じゃ、生き残ることが優先だと思うけどね」

翔真は手近にある燃えそうなものをかき集めて、炎を起こして焚火を用意した

オライオの力があれば、一度起こしてしまえば消そうとしない限り恒久に燃え続ける焚火だ

「端的に言えば君たちの内どっちかに、僕の彼女になってもらいたい」

「彼女…ですか?つまり私たちの身体が目当てと」

「否定するつもりはないよ、エロいことだってしたいからね。だけどあくまで僕の求めているのは彼女であり恋愛だ。君たちを奴隷のように扱うつもりはない、自由恋愛こそ美しいからね」

「自由…?」

「そう。僕は惚れた腫れたで一喜一憂したいの、だからエルさんの質問に答えるなら僕は君たちにこう要求する」

そこで不思議なことが起こった

さっきまで、頭の後ろのほうから感じていたオライオの存在、翔真のすぐ隣に感じられた

まるで翔真とオライオが横に並び、二人で同時に言葉を紡いだようだ

「『僕・俺と付き合ってほしい。そのためなら、僕・俺にできることは何でもする』」

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未経験者の異世界道中 ここみさん @kokomi3

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