未経験者の異世界道中

ここみさん

プロローグ 沢渡翔真と神様

何もない空間で佐渡翔真は目を覚ました

寝ぼけた視界に映る辺りは霧のようなもので覆われ淡く光っている。しかし不思議なことにその光源は確認できない。太陽でも電球でもLEDでもない、得体のしれない光に照らされているが、不思議と不気味さはなかった。むしろどこか神々しく、浄化されるような錯覚さえ覚えた

「ここは…」

そこでやっと、自分が椅子に座っていることに気がついた

勿論翔真はこんな煌びやかで豪華な装飾が施された椅子は知らないし、寝るときはきちんとベットに寝る。寝相の良さには定評があるから、こんなところまで転がってきたなんてことはないだろうし、自室にあるのはそろそろ買い替えを考えている勉強机の椅子、そんなものに座ったまま寝ることもない

「そもそも僕、何で寝てたんだっけ」

普通に街中を歩いていたはずだ

直前の行動を思い出そうとするが、思いだせない。頭痛がする。何か衝撃的なものを感じたのは憶えているが、それが何だったのかが思いだせない

衝撃的と言っても好きな人が知らない男とキスしてたとか、そう言うメンタルにくる衝撃ではなかったはずだ。記憶を失うほどの衝撃というものも、それはそれで経験してみたいものだが

「お、やっと目が覚めたんだ」

そんな笑えない冗談を考えていたところで、何もない、壁もドアもない空間から一人の男がゆったりと歩いてきた

男にしては程よく長い金髪に透き通るような青い瞳、神父辺りを連想させる服を着ているがそれをだらしなく着崩しているうえに結構筋肉質で、まるでアニメのキャラのコスプレをしているようだ、そして胡散臭い笑顔を引っ提げた優男だ

「いやぁ、一時はどうなるかと思ったんだけど、なんとかなるものだな」

「あなたはどちら様で、そしてここは一体どこですか」

翔真は本能的に身構え、内心パニックになっていることを悟らせない堂々とした佇まいを見せた

「随分と落ち着いているね、普通はもっとパニックになるんだけど。まぁこっちとしては楽でいいんだけど」

「驚きの許容量を超えて逆に冷静なだけですよ、目が覚めたら見知らぬ場所で見知らぬ男に監視されていたんですから。それで、ここはどこであなたは誰ですか」

「あー、えっと、言いづらいんだけど、君は死んじゃったんだよ。だからここは死後の世界、俺はどこにでもいる普通の神様のオライオ」

「馬鹿にしてます」

言いづらいと前置きした割にはあっさり言ってのける

翔真も疑うようなことを言う割には、どこか腑に落ちた感覚を持った

「いやいや、これがマジのマジ、大マジなんだよ」

「そうですか、いや別に僕が死んだことを疑っているわけではありませんよ。あなたの神様という発言が、人をおちょくっているように感じたので」

「お、おう、冷静だね、そしてちょっと複雑。いくら君の世界で異世界転生モノがはやっているからって、本当に死後の世界に来たら、誰だって多少は取り乱すはずなんだけどね」

その生気を感じさせない機械のような見た目通り冷静な翔真は、思考をめぐらしながら静かに返す

「処理が追い付いてないだけですよ。…そうですか、死んだんですか。因みに何で死んだんですか。異世界転生トラックですか」

「ハハハ、そんなトラックがあるなら神界にも一台欲しいよ。残念だけど焼死、雷にうたれてズドーンって感じで死んじゃった。映像見れるけど見る、当分焼肉とか食べれなくなるよ」

何もない空中に、パッと砂嵐が映し出される

不謹慎、と言いたくなったが、相手が本当に神様であるなら人間の尺度で物を測るべきではない、そう判断を下し、静かに首を横に振った

「雷にうたれての焼死なら相当ひどい絵面になっていそうですし、遠慮しておきます。それで、僕はどうなるのですか、これから閻魔大王のもとにでも連れていかれるのですか」

確か最初は秦広王だっけか、とうろ覚えの知識を引っ張り出す

「いやぁ、そうしたいのは山々なんだけど、その…ね」

さっきまでへらへらしていたオライオは、頭を掻きながら言いにくそうに言葉を紡ぐ

「実は、翔真が死んだのってこっちの不手際と言うか不注意と言うか、不幸な事故なんだよね」

「不幸な事故」

「そう、翔真の寿命はまだあるんだけど、それよりも大分早く殺しちゃったんだよ、だから正式な死後の手続きを通しにくいんだよね。いやぁ、酔った勢いって怖いよね、俺これから禁酒するよ」

「……つまり、あなたが僕を殺した、と捉えていいのですか」

確かに機械のように冷静な翔真だが、流石にそんな話を聞いて冷静でいられるほど感情は死んでいない

燃えるような怒りを込めた視線がオライオを突き刺す

「ま、まぁまぁ落ち着いて。これにはマリアナ海溝よりも深ーい訳があるんだ。大丈夫、事情が済んだら生き返らせるから、生き返らせる算段があるから」

「…本当ですか」

「ホントホント、むしろ今までよりもいい条件で生き返らせてあげる」

流石にその言葉を鵜呑みにするほど翔真の頭はお花畑ではないが、ここで問答しても一向に話は進まない、ここは相手の言うことを話し半分で聞いて情報を揃える方が先だと判断した

「まぁ良いでしょう、仮にも神様を自称するのですし、信じてみましょう」

「仮にって、言い方がきついなぁ」

「それで、マリアナ海溝より深―い訳って何ですか、てかマリアナ海溝って何で知っているの」

オライオは周りをキョロキョロと見渡し、誰もいないことを確認すると、胡散臭い締まりの悪い顔から、少し恥ずかしそうにはにかみながら頭を掻いた

「いやぁ、実は俺、童貞なんだよね」

「………は」

「何度も言わすなよ恥ずかしい。童貞なの童貞、女で言うところの処女、チェリーってやつ」

「いや、意味は分かりますよ。だけど…」

意味が分からない

「まま、俺の話を最後まで聞いてちょうだいな。俺さぁ結構イケメンな見た目しているじゃん?だけどこう見えて童貞でさ、端的に言うとモテないわけね…その、だろうなぁ、みたいな視線止めて」

「それで」

「それで、神にモテないなら人間にはモテるんじゃないかと思ったわけよ。ほら、一応曲がりなりにも神様だし、奇跡の二つ三つ起こせばコロッと女の子が寄ってきそうじゃん、そっちの世界で流行っている小説みたいに」

「まぁ否定はしませんよ」

だけどそれが何の関係があるのか、そこが翔真には見えてこない

「話は変わるんだけどさ、俺たち神にはそれぞれ担当している世界ってやつがあるんだよ。翔真にとってここが死後の世界なら、そこは異世界ってことかな」

「ならその担当している世界にでも降りたって、奇跡起こしてハーレムでも築けばいいんじゃないですか」

「それができたら楽なんだけどね、神界にも一応ルールがあって、担当している世界に直接降り立つには色々な手続きがいるし、神の身で現地の人間とそう言う行為に及ぶのは禁止されているんだ」

「…直接とか、神の身でとか、含みのある言い方をしますね。まるで間接だったり、神の姿を隠せば許されるみたいな言い方じゃないですか」

「察しが良いね。その通り、人の夢に登場したり、誰かに憑依したりすれば問題ないんだ」

そこにルールの脆さを感じずにはいられない、いやきっと、作った側がそういう風に使えるように調整したのだろう

「それで、それがあなたがモテない話とどう繋がるんですか」

「翔真さ、俺の管理する世界に異世界転生しない?」

「…つまりそれは、僕の体にあなたを憑依させろってことですか」

「まぁそんなところ。翔真に憑依してたら俺は自分の管理する世界に居られるし干渉できる、色々と都合が良いんだ。翔真にとっても好都合の話だよ、俺が憑依していれば魔術関係のステータスはカンストしたも同然なんだし、それに比例して身体能力も向上、あと多分女の子にモテるよ」

最後のはともかく異世界転生やチート能力の実装は心躍る。踊るが、大人しく首を縦には振らない

「それ、拒否権はありますか」

「ないこともないけど、あまりお勧めしないな」

「理由を聞いても?」

「最初に言っておくけどこれは脅しじゃなくて説明ね、翔真に首を縦に振らせるために怖い言い回しをしているわけじゃないよ。正規の方法で生き返る場合、本当に生き返らせることしかできないんだ。つまり、魂だけ肉体に戻すって感じで、欠損した肉体は戻らないってこと、今回の場合だと、さっき翔真自身が言ったように、雷で派手にズタボロになった体に魂を戻すだけで、後遺症や火傷の後みたいなものは普通に残るし、生き返ってまた死ぬって人間は珍しくないんだ」

「何のための生き返りだ」

翔真はため息をつくと、気だるげな声を上げた

「つまり拒否権はないも同然ってことね。だけどもし異世界転生した場合、その後はどういう手順で生き返るの」

「管理する世界の共通ルールで、その世界で偉業を成し遂げた人間を神界に招待して、願いを叶えるって言うのがあるんだ。それを利用して、時の神に頼んで翔真が死ぬ前に時間を戻してもらう」

「そんなことができるの」

「時を戻して生き返ることに関しては前例があるからね、多分できる。それにこういう風に、神と人間が手を結んで願いを叶えてもらうことは結構あるんだ。出来レースってやつ」

「腐ってるなぁ」

苦笑しながらオライオの話の感想を述べる

「最後の質問なんだけどさ、どうして僕なの。本当に偶然手違いで殺しちゃったから?話聞いてるとそんな風には捉えられないんだよね」

むしろある程度の準備がされてある気がする

「…ここでしらばっくれても、あまり得はなさそうだ。正直に話すと、偶然手違いで殺しちゃったのは本当だよ、言い方を変えれば殺す気はなかったってやつ」

ドラマで人を殺した犯人みたいなことを言いだしたな

「もともとこの計画は考えてあって、憑依して使い勝手がよさそうな人間を色々な世界からピックアップしてたんだよ、その中に翔真もいたわけね」

「使い勝手がいい、ね」

「言葉の綾だよ。憑依はどんな人間にでもできる芸当じゃないからね、波長みたいなものが合う人間じゃないと俺の力を使いこなせないからね。そんで、翔真の所の世界を担当している神と俺が一緒に酒飲んでた時に、この計画のことはなしたら、二人してイケイケゴーゴーみたいな感じになって、ドドーンッてことよ。酒は飲んでも呑まれるな、だね」

後半意味が分からなかったが、ある種意図されたことであることは分かった

文句の一つでもつけたくなったが、ここで文句をつけても死んだ事実もかわらないし、このいい加減な神のオライオには逆らうこともできない

「絶対に僕を生き返らせてくれるんですよね」

「確約はできないけど約束はするよ」

「じゃあ分かった、異世界でもなんでも連れていってください。それと、憑依についてですが、僕が許可したとき以外と緊急時以外は体の主導権は僕に渡してください」

「勿論、それは確約するよ」

「それと、神様ということで敬語を使っていますが、今後僕たちの立場は対等でお願いします」

「…今の段階でも若干俺のこと下に見ている気がするけど、まぁわかったよ」

そう言うと、翔真の座っていた椅子の下に白く光る魔方陣のようなものが現れた。直感でそれが転移するものだと悟った翔真は、静かに目をつむる

そして次に目を開けた時、そこに広がっていたのは深い深い森であった

『ようこそ俺の管理する世界、ディクイオンへ』

頭の中に直接声が響いた

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