学校が終わって、暁は鳥音を遊びに誘った。最近おしゃれなスイーツ屋さんができたらしく、二人でそこへ行くことになった。

 

 長い行列を抜けて、二人は店内に入って注文する。鳥音の分も暁が店員に伝えた。

 

 やがて運ばれてきたパフェを口に運ぶが、鳥音の表情は浮かない。暁はその心中を察した。


「今日の事、気にしてる?」


 鳥音は静かに頷いた。


「やっぱり、人前で話せるようにはなった方がいいだろうね」

 

 それには項垂れるしかなかった。

 しかし、暁は続けて言う。


「でも、無理にそうなってほしくもないかな。私の望みは、鳥音が自分らしくいることだから。」

 

 これが、暁なのだ。幼い時から口数が極端に少なくて、まるで話すことを恐れているような鳥音を、暁はずっと理解して支えてきた。


「だから、無理しないで。困ったら、私が何とかしてあげるから」

 

 鳥音は、暁に尋ねた。


「私? まあ、私だって自分らしくあろうとはしてるよ。……正直辛いけど、でもそれでいいんだ。え? 私らしいってどういうことかって? ……それは、大切な人が幸せでいられるようにすることかな」


 暁は照れくさそうに笑う。しかし、その中にはなぜか苦痛が隠されているように鳥音は感じた。勘違いかと、それを口にすることはなかった。


 その後も近くのお店を回って、夕方ごろに帰路に着いた。

 茜色を背景に、暁が振り返って笑う。この笑顔こそが、鳥音が守りたい大切な宝物だった。


 そのためにも、余計なことを言ってはいけない。それさえ守っていれば、宝物を失うことなんてないんだ。


 そう思っていたのに。


 数日後、放課後の学校のトイレで見てしまった光景が、そんな鳥音の信念を侵した。


 暁が三人の女子生徒に囲まれて、制服を脱がされていた。その体には、いくつもの火傷と切り傷。


「あはは、なんて酷い体! もうお嫁にいけないね?」


 そう言いながら、一人が暁の体にカッターの刃を当てて切り裂いた。暁は痛みに震えながら血を流す。


 見つからないように、慌てて身を隠した。


 今起きていることが信じられなかった。


 自分は余計な事なんて何もしてないのに。それで平和になるはずなのに。

 どうしてこんなことになっているの?


 でも、彼女たちの考えは想像がつく。人気な暁への嫉妬。


 どうしていいかの分からず、逃げるように家に帰った。


 ベッドに突っ伏して、現実から逃げた。

 その逃げているという事実が、さらに鳥音を苦しめた。


『口を開けば、大切な人を不幸にする』


 それは、生まれた時から鳥音を縛り続けてきた強力な暗示だった。

 鳥音はそれに忠実に従っていたのに、不幸は当たり前のように侵入してきた。


 どうして暁は誰にも言わないのか、先日話していたことから何となく察せられた。おそらく、鳥音を傷つけると脅されているのだろう。暁は鳥音を守るために、一人で耐えているのだ。

 それが、暁にとっての『自分らしい』。


 それに引き換え、自分は何をしていたんだ?

 鳥音は自分に問う。


 失うことを恐れて、自分からは何もしないまま過ごしてきた。

 ずっとそうしていれば、いつか解決する。そんな考えが過ったが即座に否定した。


 喋らないことが、『自分らしい?』


 ——違う。


 なぜ喋るのを避けてきたのか考えたら、すぐに分かった。

 本当の『私』は、暁と同じなんだ。


 ——大切な人を、不幸にさせたくない。


 さっき目にした物を思い出して、己に言い聞かせた。

 喋らないことは、『自分らしく』いる事じゃない。自分を押し殺すことなんだ。

『私の願いは、鳥音が自分らしくいる事なんだ』

 大切な人のためだ。

 覚悟を決めろ。



 翌日の朝、学校の廊下は静かな緊張に包まれていた。女子生徒三人の前に、一人の少女が立ち塞がったのだ。


「何? 邪魔なんだけど」


 一人が敵意を込めて言い放つ。

 目の前にいるのが、鳥音という少女だということは知っていた。だから、三人は彼女が何のためにこんなことをするのか分かっていた。

 そして、鳥音が弱々しい性格で極端な無口であるということも。


「ねえ、何してるのかな? もしかして、暁から何か聞いたの?」


 余裕を見せつけて挑発され、鳥音は手を強く握りしめた。


「ぁ……」


 うまく声が出せない。怖い。ただただ怖い。

 悔しさに涙を溜めて震える。

 そんな鳥音を、三人は玩具のようにいじり始めた。

 周りには人だかり。恐怖と屈辱で、おかしくなりそうだった。


「……何してるの?」


 鳥音がトラブルを起こしていると聞いて慌てて駆けつけた暁は、思いがけない状況に固まった。

 三人は、突然現れた暁を睨む。


「ひっ……」


 それだけで、暁は泣き出しそうな表情を浮かべた。

 いつも優しい暁がそんな顔をするのを、鳥音は見たくなかった。

 

 あの笑顔を取り戻すために、今ここに立っているのだ。

 そう思い返して、再び自分を奮い立たせた。


「こ、これ、以上……」


 声が上ずる。

 けれど、そんなことを気にしてはいられなかった。


「鳥音……? ど、どうしたの? もういいから、やめて」


 暁は必死に鳥音を止めようとする。


「ごめん、ね、暁。ずっ、と守って、て、くれたん、だね」


 暁が目を見開く。


「どうして知ってるの? どうして知ってるのに、こんなことするの?」


「言った、よ、ね。自分ら、しくって。だ、から、わた、し、決め、たの。本、当の自、分らしく、生きる、って」


 ——『本当の私』も、暁と同じなんだよ。

 そう言って、覚悟を決めるように深く息を吸い込んだ。


「これ以、上、暁を、いじ、めるのは、やめて!」


 生まれて初めて出す大声は、つっかえていて何とも不格好だった。

 それでも、言いたいことは大勢の人に伝わった。


「いじめるって言ったか?」


「ああ、確かに言った」


 五人を囲んでいた生徒たちが、衝撃の告発にざわめき始めた。

 まさかあの鳥音が、こんな大胆なことをするとは考えてもいなかった三人は、あまりにも不利な展開に焦った。


「ち、違うの、これは——」


「あなた、達は、暁の体、を傷つけ、てた!」


 この急展開には暁も困惑していた。

 それでも、先ほどの鳥音が言ったことを思い出す。


「……私と同じ」


 つぶやいて、必死に立ち向かう鳥音を見つめる。


「——本当だよ。私は、こいつらからひどい暴力を受けていた」


 途端にざわめきが大きくなった。

 三人は言い逃れの術を見失い、呆然自失となっていた。


 やがて、騒ぎを聞きつけた先生がやってきた。 

 鳥音、暁、そして三人はそれぞれ話を聞かれ、隠されていた事実が明るみに出るのだった。






 結局、暁が三人を訴えるようなことはしなかった。それでも、彼女たちは学校に居場所が無くなって転校することになる。その行く先でどうなるかなど、鳥音は全く興味が無かった。


 あれから数日経った帰り道、鳥音が飼い始めたハムスターを見るために、暁はその家を訪れていた。

 頬に餌を詰める姿に癒される。


「触って、みる?」


 鳥音は、ケージからハムスターを取り出して暁に渡した。

 暁は恐る恐るそれを手に乗せて、その愛らしさに頬を緩めた。

 彼は、その一瞬を見逃さなかった。


「「あっ」」


 二人が油断した瞬間、彼は暁の手を飛び降りて走り出した。

 鳥音と暁は慌ててその後を追いかける。

 玄関まで来た時、ちょうど鳥音の父が帰ってきた。

 その横を、ハムスターとそれを追う二人が走り抜ける。


「やれやれ……」


 嘆息する父は、しかし嬉しさを隠してはいなかった。

 暁と鳥音、そして家族総出で捜索すること30分。

 鳥音が、ようやく逃げ出したハムスターを捕まえた。

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鳴け、声高らかに 天片 環 @amahiratamaki13

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