第51話 声


「おい! 速水さんに何をした!」


「まだ何もしていないよ。でも、私に反抗するとどうなるか分かるよね?」


 巫女ティは脅しをかけるように言う。

 ここは奴の言うことを聞かざるを得ない。


「分かった。言う通りにしよう。お前の目的はなんだ?」


「話が早くて助かるよ。じゃ、まずはそのスマホを渡して貰おうか?」


 俺はスマホを巫女ティに差し出した。これで俺は連絡手段を断たれてしまう。


「私の目的を話す前にあなたのことを聞かせてもらっていいかな?」


「聞いてどうする?」


「どうもしないよ。ただの興味本位ってやつだよ。まぁ、答えなければどうなるか分かっているよね?」


「ちっ。分かったよ」


「まず、最初の質問。冴島くん。あなたはどうしてここに来たの?」


「どうしてってお前が呼んだんだろ?」


「違うよ。あなたが来た目的を聞いているの」


「目的? そんなの兼近さんの居場所に関する手掛かりを掴む為だ」


「あなたにとって兼近さんはどういう人なの?」


「どういう人って友達だ!」


「はい。ウソ」


「なんだよ。ウソって。俺がそう言っているんだからそうなんだよ。大体、何も知らないお前にウソって言われる筋合いなんてない」


「確かに私は彼女のことは知っていることは少ない。でも、あなたよりは知っているよ。間違いなく」


「ど、どういう意味だ。俺が兼近さんの何を知らないって言うんだ!」


「じゃ、質問。兼近さんの誕生日は?」


「十一月八日」


「ぶぶっ! 正解は一月十八日です」


 しまった。間違って認識してしまったか。


「次の質問。兼近さんのサブチャンネル名は?」


 サブ? サブなんてあるのか?

 メインチャンネルが『アズアズチャンネル』だったからサブとなれば。


「アズアズプチチャンネル」


「ぶぶっ! 正解は切り抜きアズアズチャンネルでした」


「くっ! なんだよ。切り抜きって」


「生配信の一部を抜き取った動画チャンネルだよ。そんなことも知らないのか」


「それはたまたまだ。それ以外なら兼近さんのことなんでも知っているさ」


「本当にそう言い切れるのかな?」


「な、なんだと」


「兼近さんの貯蓄額は? 兼近さんの好きな化粧品メーカーは? 兼近さんの小さい頃のあだ名は? 兼近さんのトラウマは? ねぇ、友達ならなんでも知っているんだよね? ほら、答えてよ。ねぇ、ねぇ」


 知らない。

 兼近さんのことを知っているようで俺は何も知らなかった。

 俺は頭を抱え込んで自問自答していた。

 兼近さんにとって俺はなんだ?

 本当は友達と思っていないのか。いや、違う。俺はあの日から兼近さんと友達になった。クレームから始まった繋がりであるが、俺も兼近さんも親密な関係を築いあげた。


「友達と思っているのは冴島くんだけで兼近さんは友達とは思っていないんじゃないのかな?」


「友達と思っていない?」


「大事なことは何も知らない。それって友達とは言えないんじゃないかな?」


「そんなこと……」


「友達って思いたいだけなのよ。あなたは。イイ加減気づきなさいよ。最初から友達じゃないと」


「ち、違う」


「あなたがそう思っても兼近さんはどうかな?」


 そう言えば兼近さんって俺のことをどう思っているんだ?

 ご飯を作ってくれる都合のいい人?

 部屋を自由に使わせてくれる都合のいい人?

 暇な時に適当に都合が合う都合のいい人?

 分からない。兼近さんのことが分からない。

 頭を抱えながら俺は自問自答をした。

 俺は兼近さんの何なんだよ。そう言いたくなるほど俺は追い込まれていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」


 呼吸が荒れて俺は胸が苦しくなった。

 俺は必死に手を伸ばした。

 どこかで兼近さんの存在を求めていた。


(冴島くん)


 俺を呼ぶ兼近さんの声が聞こえた気がした。

 幻聴まで聞こえた俺はとうとうやばいかも知れない。


「か、兼近さん」


(冴島くん。こっちだよ)


 どこ? 兼近さん。君は一体どこにいるんだ? お願いだ。

 俺が悪かった。だから頼む。もう一度だけ俺の前に戻ってきてくれ。

 その願いを込めた直後である。


「冴島くん。大丈夫? 凄く苦しそう」


 不意に俺が顔を上げた矢先に兼近さんの姿があった。

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