第50話 304号室での対話


「まずはそのふざけた仮面を外してもらおうか?」


 俺は揺さぶりを掛けるように言う。

 女と分かったものはいいが、その正体は不明のままだ。

 まずはどういう人物か拝見したい。


「それは勘弁してもらえるかな?」


「理由は?」


「今はまだ知られる訳にはいかない」


 今は? 引っ掛かる言い方だが、それはどういう意図があるのだろうか。

 これ以上、聞いたところで奴は正体を晒すつもりはないだろう。

 まぁ、奴の顔はどうでもいい。それよりも気になることがある。

 そちらが先ではないだろうか。


「なら次の質問だ。兼近さんはどこだ?」


 これが一番知りたいことだ。


「ここには居ないよ?」


「ならどこにいる? そして何をしているんだ」


「その前にここがどういう場所か知っている?」


 巫女ティは話を逸らした。


「知らないね。それよりも……」と、言い掛けたところで巫女ティは喋り出す。


「ここはね。呪いの部屋って言われているんだよ」


「呪いの部屋?」


「ここの部屋で入院した人は必ず死ぬと言われているの。偶然だと思われたけど、この部屋で入院したら最後、退院を果たした人はいない。あるのは不可解な死のみ。よってここは呪いの部屋と言われるようになった」


 ゴクリと俺は固唾を吞む。

 嘘だとしても妙にリアルで信じそうになる。


「ほら。聞こえるでしょ? ここで死んだ人たちの足音が」


 カツンカツンと耳に嫌な足音が聞こえた。


「ぐ、偶然だろ?」


 空耳だ。居ると思ってしまうと居るように思えてしまう。


「私の知り合いもこの部屋に入院して亡くなった。これは紛れもない事実なのよ」


「だ、だからなんだって言うんだ。どうしてこんな場所に俺を誘い込んだ!」


「あなたにも実感してほしいのよ。死への入り口がどういうものかって」


「俺を脅すつもりか?」


「さぁ、どうでしょうか」


 やばい。いつの間にか奴のペースにハマっている。

 このままでは飲まれてしまう。


「それよりも兼近さんはどこだ。お前とどういう関係だ」


「彼女。良い人だよね」


「質問に答えろ」


「残念だな。あんな素晴らしい人、なかなか居ないよ」


「お前、まさか……」


 俺は最悪の結末を予想してしまう。

 そんなことあるはずない。だが、ここまで連絡が取れないと考えるとありえない話でもない。


「そんな……。兼近さん」


 俺は崩れるようにして膝をついた。

 一気に力が抜け落ちてしまう。


「あ、そうそう。彼女から一つ、言付けを預かっているけど、聞きたい?」


「なんだよ。さっさと言え!」


「いつも仲良くしてくれてありがとう。だって」


 サーッと俺は血の気が引いた。

 俺の頭の中には兼近さんのいっぱいだった。

 彼女の笑顔が鮮明に映し出された。


「もう我慢できない。テメェ!」


「おっと。私に暴力は辞めておいた方がいいよ。実力的にもね」


「そんなこと関係ない。絶対に許さないからな」


 俺の拳は巫女ティに向けられた。

 だが、巫女ティは逃げたりしようとしない。

 受け止める覚悟だ。


「いいの? 私に暴力を振るうとまた大事な人がいなくなるよ?」


「何を訳のわからないことを……」


 その時である。


 スマホから『ガガガッ! ザザザッ!』と言う雑音が響いた。


 そして次の瞬間である。


「キャ!!」と、速水さんの悲鳴が聞こえたのだ。


「は、速水さん? どうしたの? 何があった?」


 俺の呼びかけに速水さんの返事はない。電話の向こうで何が起こったと言うのだろうか。


「ほら。あなたの大事な人がいなくなっちゃうよ。私に逆らわない方が身の為だと思うんだけどなぁ」


「お前! 速水さんに何をした!」


「そう吠えないの。大丈夫。私の言うことを聞けば危害は加えないから安心して。だけど、もし逆らうようなことがあればどうなるか分かるよね?」


「くっ!」


 俺は最悪の状況に見舞われた。

 速水さんは俺が必ず助ける。

 こいつの思い通りにさせるわけにはいかない。

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