第44話 結論


「あの、もう一つ気になったことがあるんですけど」


「冴島くん。何かな?」


「この伊豆葉さんが描かれた漫画は実話を元に描かれていますか?」


「まぁ、全部じゃないけど、元にしているところもあるよ」


「では、この主人公の上司は実在するってことですか?」


 漫画はパワハラ上司が実は主人公に好意を寄せているという内容だ。

 小学生男子が好きな女の子を虐めるイメージだろうか。

 口は悪いが、何かと主人公のことを考えているところがあり、よくよく考えればいい人だったと言うパターンである。


「あ、うん。モデルはいるよ。ちなみにそのモデルの人からプロポーズされています。あ、これはまだ言っていなかったわ」


「お姉ちゃん。結婚するの?」


 驚いたように兼近さんは飛び上がる。


「しないよ。結婚よりも自分の夢を優先したいから」


「その人の写真、見せて。イケメンだったら夢とか言っている場合じゃないよ」


「別にイケメンとかじゃないんだけどなぁ」


 そう言いながら写真を見せると渋い系のイケメンだった。


「お姉ちゃん。仕事人間だと思っていたけど、実は人生楽しんでいる?」


「や、やだなぁ。そんなことないわよ」


 兼近さんの姉ということもあり、整った顔立ちは魅力の一つだ。

 モテないわけがないのは容易に判断できた。


「それよりもどうするんですか? 仕事。辞めてまで漫画家になるってことでまとまっている感じですけど」と、俺は話を戻す。


「それでいいかな? 亜津葉」


「私はいいと思うけど、お父さんがなんていうか」


「あぁ、それね」


 一つの問題が二人の上にのしかかる。

 絶対に否定してくる存在だからだ。


「言わないっていうのは?」


「親に相談なしに仕事辞めたら縁切られる案件だよ?」


「そうかな? 私の場合は無理やり自分のやりたいことを通して来たから案外なんとかなるかもしれないよ?」


「これ以上、心配させたらお父さん倒れちゃうかも」


「まさかぁ!」


 あの父親のことだ。また激しく暴れるのではないだろうか。

 一度だけ会っただけだが、その一度でインパクトがある人はなかなかいない。


「冴島くん。どう思う?」


「どうって大事なことを俺に振らないで下さい」


「でも、こういう時って何かといつもそれっぽいこと言えるじゃない。こう見えて私は冴島くんを頼りにしているんだぞ?」


 兼近さんの一言で俺はグッと胸が締め付けられる感覚に陥った。


「俺は向き合った方がいいと思います。嫌いでも喋り辛いでもたった一人の父親ですから自分のやりたいことはキチンと聞いてもらった方がいいと思います。それで理解して貰えなかったとしても他人の意見に振り回されずに自分のしたいことを挑戦してみればいいかなって思います。どうでしょう?」


「へぇ。冴島くん、まともなこと言うんだね」と、伊豆葉さんは褒めるように言う。


「ありがとうございます。綺麗事ではなくて本当にそう思っただけです」


「分かった。じゃ、言うだけ言ってみる。それでなんて言われようと私は自分の意見を曲げない。それでいいよね?」


「はい。いいと思います」


「フゥ! より、なんだかスッキリしたかも。少し遅いかもしれないけど、漫画家の夢を実現してみようと思います」と、伊豆葉さんは敬礼した。


「別に遅くないよ。夢っていうのは生きている限り追い続けるものだと思うから」


「ほぉ。亜津葉もまともなこと言うんだね。らしくないけど」


「私、そんなにまともに見えない?」


「冗談だよ。じゃ、私そろそろ帰るよ」


「もう遅いし、泊まっていきなよ」


「ありがとう。でもまだ終電あるし、大丈夫」


 そう言って伊豆葉さんは帰る支度をする。

 そして玄関先で。


「じゃまた来るよ。彼氏と仲良くね」


 バタンとそれだけ言い残して帰っていく。


「兼近さん」


「ん?」


「俺ってお姉さんの中でまだ兼近さんの彼氏になっているんですか?」


「あぁ、そう言えばそうだね」


「否定しなくてよかったんですか?」


「うーん。否定するのも面倒じゃない?」


「面倒って勘違いさせておくのも悪いじゃないですか」


「あー。そう言われるとそうか」


「なら、早く否定しましょう。今ならまだその辺にいると思いますし」


「いいよ。行かなくても」


「どうして?」


「じゃあさ、一層のこと本当に私の彼氏になっとく?」


「…………はい?」


 俺と兼近さんの間で刻が止まった気がした。



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