第43話 漫画家の夢
「お姉ちゃん。亜津葉よ。開けなさい!」
扉の前でそう吠えると扉が開く。
「遅かったじゃない。ずっと待っていたんだけど……あなた、また!」
兼近さんの姉、兼近伊豆葉はぶっきらぼうで俺を睨んだ。
「まぁ、まぁ。冴島くんも立派な関係者だから今回は同行って形で入れてよ」
「関係者?」
「この際、言わせてもらいますが、そこは俺の部屋なんです」
「は、はい? じゃ、亜津葉の部屋は?」
「隣だよ」
「隣って……。亜津葉。騙したのね」
「まぁ、そういうことだからとりあえず中に入れてよ」
ズカズカと俺と兼近さんは本来の俺の部屋に入る。
リビングで三人が床に座り、話し合いの場を設けた。
「それでお姉ちゃん。大事な話っていうのは例の件でよかったかな?」
「うん。私、ずっと真面目な人生を歩んできたけど、やっぱり違うなって気付いたの。そこで出会ったのが漫画家。絵を描くと自然と心が安らぐの。おまけにペンがどんどん進む。楽しいって思えてきたの」
「あの、お姉さん。素晴らしい夢だと思うのですが、質問をしてもいいですか?」
「はい。どうぞ」
「今まで漫画を描いた経験は?」
「無いわね。美術の時にデッサンをした時以来だと思う」
「漫画家になりたいのはよく分かったんですけど、そんな成り行きで漫画家になれるほど甘くありません。妹の兼近さんだってVtuberの駆け出しで苦労しているんです。今の仕事を辞めてなれるほど簡単ではありません」
「冴島くんの言いたいことは分かる。私はあなたたちより一回り歳上よ。その辺は何も考えずに言う訳無いじゃない」
「じゃ、何か当てでもあるんですか?」
「勿論」
そう言って伊豆葉さんは一枚の名刺を差し出す。
そこには某有名出版社の編集長の名前が書かれていた。
「それは……?」
「実は誘われているの。仕事を続けながらやれば良い漫画は生まれない。賞に応募して受賞はされなかったけど、拾い上げって形でどうかって言われているんだ。読切ではそこそこ評価されているんだ。連載をするには今の環境では望めない。だから思い切って仕事を辞めて漫画に専念したいなって思っている」
「え? でも、漫画描いたことないって」
「うん。二年前に描き始めたんだけど、思ったより形になって賞に応募したら編集者から評価されたって感じ」
「あ、あの。その漫画っていうのを見せてもらえないですか?」
「デジタルだけどいい?」
「はい」
スマホ画面から伊豆葉さんが描いたという漫画を拝見する。
王道の少女漫画だが、ストーリーとしては社内恋愛ものだ。細かい描写や台詞の使い方はグッとくるものが多い。
社会人としての経験が主に反映された良い作品であると言える。
全体を通して刺さる人には刺さる絵のタッチだ。
「す、素晴らしいと思います。これなら連載も読みたいと思えました」
「へぇ。ありがとう。冴島くんは漫画読んだりするの?」
「いえ。全くと言っていいほど。でも初心者の俺でも良いと思える内容だと思います」
「そう。それはよかった」
「私も見させてもらったけど、良い出来だと思うよ。お姉ちゃんにこんな才能があるなんて知らなかったよ。でも仕事は辞めるのはどうかと思うよ」
兼近さんはどっち付かずで渋る発言をする。
漫画としての評価は良い。
だが、それだけで漫画家としてやっていけるだろうか。
漫画の才能があってもそれだけで食べていけるほど漫画の世界は甘くないのは目に見えている。
安定を捨てて茨の道に進むべきか、止めるべきか。それが今回のテーマと言えるのではないだろうか。
「ねぇ、冴島くん。あなたの意見を聞かせてくれる?」と、伊豆葉さんは問う。
「俺はまだその時ではないと思います」
「……どういう意味?」
「諦めろとは言いません。ただ、掛け持ちをしながら連載が決まったら漫画家一本でやっていけばいいという考えです」
「なるほど。亜津葉は?」
「私はやりたいことがあるなら今すぐ仕事を辞めて集中して取り組めば良いと思うよ。個人的には」
俺と兼近さんの意見は割れた。
結局、兼近さんは止めてほしいのか、夢を追ってほしいのか。どっち?
「兼近さん。結局どっちなんですか」
「うーん。個人的には夢は追ってほしいよ」
兼近さん的には夢を追ってほしいそうだ。ということは問題としてまたあの父親を説得させることに繋がってしまうのではないだろうか。
「漫画家は簡単じゃないけど、一回挑戦したいな。ダメだったらダメだったらでまた再就職する。失敗したとしても後悔はしない生き方をしてみたい」
伊豆葉さんと兼近さんが重なって見えた。
そうだ。やっぱりこの二人は姉妹だ。根からチャレンジ精神があることはよく理解できた。だったら結論としてもう出ているじゃないか。
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