第42話 ヘルプ


 ギィと扉を開けた瞬間、俺は驚愕した。


「な、何だ。これは」


 開けてすぐにゴミ袋が溢れかえっていた。

 掃除をしてからまだ二週間くらいしか経っていないのにもうこの有様だ。

 一気に苛立ちが立ち込めてしまう。

 俺はリビングに繋がる廊下を抜けて扉を開けた。


「兼近さん!」


「うわぁ! な、何?」


 兼近さんはコントローラーを操作しながらこちらを振り向く。

 パソコンの周りは綺麗に整頓されているが、カメラの外ではコンビニ弁当の空箱やペットボトルがテーブルの上で溢れていた。

 どこかで見た光景だ。


「また、こんなに散らかして。この間片付けたのにどうしてその状態をキープできないんですか」


「しょ、しょうがないでしょ。生活をすればその分、生活感が出るのは当たり前でしょ」


「ゴミが出たらすぐに片付ける癖を付けないとゴミ屋敷に逆戻りです」


「これは生活をしやすいように配置しているの」


「ゴミはそこにあっても何も役に立ちません。今すぐ片付けて下さい」


「今から生配信があるんだから無理だよ」


「生配信より片付けが先です」


「何で冴島くんにそこまで言われなきゃいけないの。てか、無断で家に入らないでよ」


「どの口が言うんですか。自分は無断で俺の部屋に入ってくる癖に」


「そ、それはそういう契約でしょ?」


「別に契約した覚えはないですけど」


「と、とにかく。そんなくだらないことを言いに来たの?」


 誤魔化すように兼近さんは話題を変える。


「あ、そうだ。それどころではありませんよ!」


 俺は本来の目的を思い出して兼近さんに事情を話した。


「え? お姉ちゃんが冴島くんの家にいるの?」


「そうなんですよ。早く何とかして下さい。こっちは困っているんです」


「うーん。もしかしてあの件のことかな?」


「あの件って?」


「実はお姉ちゃんから最近、相談を受けていてその件で来たのかもしれない」


「相談って何をされているんですか?」


「とにかく少し面倒ごとなのよ。会いたくないなぁ」


「会いたくないって俺はどうすればいいんですか? 家を乗っ取られているんですよ?」


「今晩乗り切れれば諦めて帰るでしょ。冴島くんは悪いけど、それまで私の家に泊まってくれる?」


「いいんですか?」


「緊急事態だから。悪いけど、今晩だけの辛抱ってことでお願い」


「でも、部屋とか荒らされたら俺の部屋だってバレると思いますよ。大人しく待っているとは思えません」


「げっ。スマホ見ていなかったから全然気づかなかったけど、お姉ちゃんから鬼電きているし。最悪だ」


 兼近さんはスマホを見ながら慌てる。

 一体、何の相談を受けていると言うのだろうか。

 何やらメッセージのやりとりを続ける兼近さん。


「マジか」


「ど、どうしたんですか?」


「これ、見てよ」


 兼近さんはお姉ちゃんとのやりとりを俺に見せた。


『すべこべ言わずに早く帰ってきなさい! 高校生がこんな時間までほっつき歩くなら警察に捜索願出すわよ』との返信だ。


「やばいじゃないですか。早く行ってあげて下さいよ」


「うーん。一人じゃ不安だな。冴島くんも来てくれる?」


「俺ですか? どうして俺が」


「だって部屋乗っ取られているなら取り返しに行かなきゃ。それに引き止め役として冴島くんが兼任だからさ」


「引き止め役って俺に何をさせようとしているんですか?」


「まぁ、この際、事情くらいは話してもいいかな」


 兼近さんは諦めたようにため息を吐いた。

 本当は言いたくなかったようだが、俺には知る権利はあると判断したのだろう。


「お姉ちゃん。兼近伊豆葉(二十七歳)は化粧品メーカーの企画部で世間体から見ても真面目な人種であることは間違いない。でも仕事を辞めて夢を追いかけたいって突如相談があったのよ」


「夢? 仕事を辞めてまでしたいものってあるんですか?」


「漫画。お姉ちゃん、漫画家になりたいんだって。当然、そんなことを親に言えば猛反対されることは目に見えている。だからどうしようってこと」


「また思い切った決断ですね。それで兼近さんに相談をしに来たってことですか」


「そういうこと。それを踏まえて今から話し合いにいきましょうか」


「引き止め役ってことはつまり漫画家を諦めさせて今の仕事を続けさせたいってことでしょうか」


「うん。お姉ちゃんは今の仕事を頑張って貰いたい。私が言える立場じゃないからこそ冴島くんから言ってもらえると説得力があると思って」


「そういうことですか」


 時刻は二十二時。兼近さんがいつもする生配信の時間を向かえていた。

 俺は眠気に襲われていたが、一気に目が覚めた。面倒なことに巻き込まれたと思ったが、ちょっと面白そうな内容だと心の中でワクワクする自分がいた。

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