第41話 自分の部屋を追い出される


「もうこんな時間か。夕食は外で済ませちゃったし、後は帰って寝るだけだな」


 とある金曜日の二十一時過ぎ。

 この日は速水さんとハンバーガーチェーン店で勉強をした帰りである。

 一人よりも二人で勉強した方が捗る考えから先ほどまで勉強をしていた訳だ。

 ついでに夕食も済ませてしまったのでこの日は帰って自主勉をしようと思ったが、どうも眠い。欠伸が止まらない。


「風呂……。面倒臭いな。朝、入ればいいか」


 いつもは律儀に決まった時間に入る俺だが、こういうイレギュラーな日だってある。

 家に帰って早々、俺は荷物を置いて電気も付けないままベッドに潜り込んだ。


「おやすみ……ん?」


 コツンと足に何かがぶつかった。

 毛布の中に何かいる? 何だ。これは人か?

 寝息が聞こえてほっそりとした肌が触れた。

 この艶のある肌はもしかして兼近さん?

 ありえない話ではない。兼近さんは無断で俺の部屋に入る常連だ。

 居てもおかしくない。だが、ここまで大胆に寝ているのは珍しい。


「兼近さん。起きて下さい。また勝手に入り込んだでしょ」


「ん、んん」


 俺は背中を揺すった。だが、髪の長さに違和感を覚える。

 兼近さんは背中まで長い金髪だ。

 それなのに今、横で寝ている人物は肩までしか髪がない。おまけに黒髪だ。

 まさか兼近さん、思い切ってショートにして黒染めをしてしまったのだろうか。一体、何が起こったのか。

 驚いた俺は電気を付けてその正体を確認する。


「え? だ、誰?」


 そこで眠る人物は兼近さんとは違う別人の女だ。


「んもう、何よ。全く」


 伸びをしながらその人物は起き上がる。

 寝ぼけた顔になりつつ、俺の顔を確認した。


「へ? 男?」


 俺を見るなり、枕を叩きつけた。

 咄嗟に俺は交わすが、相手は痴漢か何かと思っているようで激しく抵抗する素ぶりを見せる。

 まさか俺、寝ぼけたあまり知らない人の部屋に入ってしまったのか。

 いや、そんなはずはない。ここは間違いなく俺の部屋だ。じゃ、この人は誰?


「出て行け! 変態野郎!」


 ん? ちょっと待て。この人ってもしかして。

俺はその女の顔を見て思い出す。そうだ、この人は確か兼近さんの出来るお姉ちゃんだ。大手化粧品メーカーの企画部だとか優秀なお姉ちゃんで間違いない。


「ちょっと待って下さい。俺ですよ。冴島です」


「冴島? あ! てか、何であなたが亜津葉の部屋にいるのよ」


「いや、ここは俺の部……」


 そうだ。この人は俺の部屋を兼近さんの部屋だと思い込んだままだ。

 ならここで言うと面倒なことになるのではないだろうか。


「あなた、いくら彼氏だからって無断で彼女の部屋に入るのはどうかと思うよ」


「それはこっちのセリフです。いくら姉だからと言って無断で妹の部屋に入るのはどうかと思いますよ」


 とりあえず俺は合わせた。

 兼近さんのお姉ちゃんは俺の部屋を兼近さんの部屋だと思い込んでいる。

 その結果、俺の部屋に潜り込んでいることに納得した。


「私は血の繋がりがある家族だからいいの。居心地がいいからすっかり寝ちゃったよ。それより亜津葉はまだ帰らないのか。ふらふら遊んでいるのかしらね」


 隣の部屋に居ますよ、と言ってもいいのだろうか。

 一応、前回の件でうまく騙せているが、俺の事情を説明しないことには苦しい立場となってしまう。


「冴島くんだっけ。あの時はうちの父が迷惑かけたことにおわびする。でも今日は帰ってもらえる? 妹には大事な話があるので」


 帰れと言われてもここは俺の部屋だ。

 それにわざわざ姉が来たと言うことはかなり深刻な内容なのだろうか。


「あの、大事な話っていうのは?」


「あなたには関係ない。用があるのは亜津葉だけ! さぁ、帰って」


「え? あ、あの。ちょっと」


 俺は無理やり部屋を追い出される。

 バタンと扉を閉められて俺は部屋の外で途方に暮れる。

 どういうこと?

 帰って寝るだけのはずが何故か自分の部屋を追い出される事態になる。


「……寒っ!」


 身体を震わせて俺は自分の部屋に入ることは許されなかった。

 仕方がない。俺は隣人の兼近さんの部屋に向かった。

 また家族関係で振り回されるのは耐えられない。早く何とかしてもらおうと呼び鈴を押した。


「そうだ。壊れているんだ」


 扉の外から音漏れがするので部屋の中にいることは間違いない。


「兼近さん。入りますからね」


 申し訳程度に俺は一言言ってから扉を開ける。

 いつもは助けを求められる立場だが、今日は逆だ。

 頼む。兼近さん。助けてくれ。

 そう心の中で呟き、部屋の中へ入っていく。 

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