第34話 トラブルの先


 犬の好奇心は予想できない。

 そんな犬のダイフクは兼近さんがなりきった犬の姿に興味を示す。


「ぐっ! どうして私を追いかけてくるのよ。あっちへ行きなさい」


「ワン! ワン! ワン!」


 ダイフクはゆらゆらと揺れる犬の尻尾が気になる様子だ。

 それに気がついていない兼近さんは夢中で走る。


「コラ! ダイフク。一人で勝手に行かないの!」


 速水さんは犬のリードを掴もうと必死だ。飼い主として飼い犬の暴走は止めたいところ。

 この構図はなんとかならないだろうか。


「こうなったら!」


 兼近さんは公園に入る。

 それに釣られるようにダイフクも公園の中へ。

 俺と速水さんが公園の中に入るとダイフクは木の上部に向けて吠えていた。

 立ち止まったことによって速水さんはリードを掴んだ。


「捕まえた! ダイフク。勝手に走っちゃダメでしょ! メ!」


「くぅーん」


 ダイフクはしょんぼりするように鳴いた。


「速水さん。捕まえたんですね」


「あ、冴島くん。うん。ごめんね。迷惑かけちゃって」


「いえ」


「ウーワン」


 ダイフクは速水さんに抱かれながらも木の上に向けて吠える。


「コラ。吠えないの。木の上に何か居るの?」


「速水さん。捕まえたなら行きましょう。どうです? せっかくならうちでお茶を飲みませんか?」


「気持ちはありがたいんだけどダイフクがいるからまた別の機会でいい? この子がいると色々迷惑をかけちゃうから」


「そ、そうですか。残念だな。じゃ、またの機会に」


「うん。じゃ、またね。冴島くん。兼近さんにもよろしく」


「? えぇ、それでは」


 速水さんは散歩を再開させる。


 一時期のトラブルは去っていく。


「フゥ。なんとかやり過ごせましたね」


「冴島くん。降りられないんだけど」


 兼近さんは木の上で泣き言を言う。


 ダイフクから逃げるために木の上に登ったようだ。


「降りられないって自分で登ったんでしょ」


「逃げるのに必死だったんだから仕方がないじゃない」


「じゃ、思い切って飛んで下さい。俺がしっかり受け止めるんで」


「受け止めるってそんな怖いことできないよ」


「大丈夫です。俺を信じて下さい」


 距離的には三メートル程度だ。受け止められないこともない。


「じゃ、いくよ」


「はい。どうぞ」


 兼近さんは背中から飛び込んだ。

 俺は手を大きく広げて受け止める。


「わ、わ、わわわ」


「ちょっと!」


 バサっとバランスを崩した俺は兼近さんと抱き合う形で倒れてしまう。

 おまけに手に柔らかいものが当たる。


「イタタッ! ちょっと。ちゃんと受け止めなさいよ」


「す、すみません。いけると思ったんですけど。ん?」


「ちょっと。どさくさに紛れてどこを掴んでいるのよ」


 俺はガッツリと兼近さんの胸を鷲掴みにしていた。

 鷲掴みにできるほど、しっかりとした丸みがあった。


「わ、ごめんなさい」


「もう。とんだ災難に振り回されたよ。なんで速水さんがいるのよ」


「さぁ、俺にも何が何だか」


「正体、バレていないかな?」


「顔は見られていないと思いますけど、なんとなく察しているかもしれませんね」


「マジ? 私が立場低いように見られたってこと?」


「別にいいんじゃないですか?」


「よくない。はぁ、恥知らずの女と思われてら責任とってよね」


「せ、責任?」


「んーもう知らない。早く帰るわよ。こんな姿、もう誰にも晒せない」


「あ、待って下さいよ。兼近さん」


 犬の散歩というプレイは終わったが、まだまだ俺の犬になる時間は終わっていない。

 もう少し楽しませてくれるかなと淡い気持ちを持ちながら追いかける。

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