第33話 接触


 兼近さんが犬の格好をして散歩をしている最中、俺は速水さんに接触してしまう。まさに最悪のタイミングだった。


「速水さん。ぐ、偶然だね。あれ? 犬飼っていたんだ」


「うん。普段はここまで来ないんだけど、犬の散歩ついでにウォーキングしていたところ。冴島くんの家の近くだから偶然会えたらいいなって思ったけど、本当に会えるとは思わなかったよ。冴島くんは何をしていたところ?」


「俺も散歩……かな」


「散歩?」


 すると、速水さんが連れていた柴犬は兼近さんが隠れている方面に興味を示す。


「ん? そこに何かいるの?」


 俺は大の字に身体を広げて兼近さんを隠す。


「あ、いや何もいない。それにしても可愛いワンちゃんだね。名前は何ていうの?」


 俺は話題逸らすために質問をぶつけた。


「あぁ、ダイフクっていうの。メスの七歳だよ」


「へーダイフクかぁ。美味しそうな名前だね」


「たまたま視界に入った大福から名付けられたんだけどね。本当、うちの家族って単純でしょ」


「へ、へぇ。そうなんだ」


 速水さんから話題を逸らすことは出来たが、ダイフクは依然として興味は兼近さんの方面だ。


「触ってもいい?」


「どうぞ」


「おぉ。お前、可愛いな。ヨシヨシ!」


 ひょいと持ち上げて引き離す。


「ワン! ワン!」


 俺が持ち上げたことで激しくダイフクは吠えた。


「コラ! ダイフク。吠えないの!」


 速水さんが注意するが、俺はひたすら吠えられる。俺に吠えているというよりもダイフクは兼近さんの方に向けて吠えている感じがした。

 俺から振り解いたダイフクは兼近さんの尻尾に噛み付く。


「ひゃ!」と兼近さんは小さく声を漏らす。


「ん? 冴島くんの後ろにいるのって……犬?」


「あぁ、そうなんだよ。犬。犬だよ」


「冴島くんって犬飼っていないよね?」


「あれ? そうだったかな?」


「うん。だって私が家に行った時、犬なんていなかったもん」


「そ、それは……その……知り合いから預かっているというか……」


 次の瞬間である。ダイフクは激しく兼近さんの尻尾を引っ張る。

 噛む力が強いこともあり、兼近さんは俺の陰から引きずり出されてしまう。


「わわわ!」


 兼近さんはうつ伏せで速水さんの前に姿を見せる格好となった。

 だが、フードをしっかり被っていることでギリギリ正体が不明のままとなっている。


「知り合いから預かっている柴犬なんだ。ちょっと大きいけど」


「いや、これ人でしょ」


 流石に速水さんを騙せない。どこをどう見ても犬の着ぐるみを被っている人間だ。


「あの、大丈夫ですか? 立てますか?」


 速水さんはうつ伏せになっている兼近さんに呼びかけた。


「あ、大丈夫だよ。大したことじゃないから」


「それよりも誰? もしかして……」


 速水さんがフードを取ろうとしたその時だ。

 急に立ち上がった兼近さんはダッシュでその場を走って逃げた。


「あ、ちょ、ちょっと?」


「速水さん。大丈夫だから」


「大丈夫って何が? それよりもあの人は誰? もしかして兼近さん?」


「ち、違うよ」


「じゃ、誰よ。何で犬の格好をしているの?」


「それはその……」


 すると、ダイフクは兼近さんを追いかけてリードが速水さんの手から離れた。


「あ、コラ! ダイフク。どこに行くの!」


 速水さんはダイフクを追いかけて行く。


「なんかマズイことになったような……。待ってよ! 速水さん」


 俺はとりあえず速水さんを追いかけることにした。

 謎の鬼ごっこが始まってしまう。


 兼近さん←ダイフク←速水さん←俺


 この構図で俺は走り出す。


 二人だけで犬プレイを楽しんでいたのにどうしてこうなってしまったのだろうか。早くも波乱が巻き起こった。

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