第31話 一日、犬になります
「おーい! 冴島くん。来てやったぞ!」
日曜日の早朝、六時三十二分。兼近さんが俺の部屋に来た。
普段であれば居座って邪魔に感じることもあるが、今日はそんな感じはしない。何と言っても今日は兼近さんが俺の犬になる日だから。
汚部屋を綺麗な状態にすることを条件として交わした約束だ。
それなりの見返りがないと割に合わない。そこで兼近さんから提案したのが一日犬になると言うものだ。
普段、兼近さんにいいようにされている俺が逆にいいように出来るなんてこんな楽しいことはない。何をしようかと昨日からずっと考えていた。それくらい今日を楽しみにしていたのだ。
「いらっしゃい。どうしたの? いつもは勝手に入ってくるのに」
と、俺は扉を開けるとそこには犬の着ぐるみを被った兼近さんが立っていた。
柴犬をモチーフにした着ぐるみパジャマだ。全身が犬の兼近さんはあざと可愛く見えた。
「ど、どうしたの? それ?」
「可愛いからネットで買っちゃった。どう? 似合う?」
と、兼近さんはその場で一回転する。
「すごく似合うよ。まさかこの日の為に買ったの?」
「まぁね。冴島くん、結構頑張ってくれたし、これくらいのサービスをしないと割に合わないでしょ?」
「うん。ありがとう。すごく嬉しいよ。入って」
「はーい」
いつも当たり前のように俺の部屋にいる兼近さんだが、犬の着ぐるみを被った瞬間、いつもと雰囲気がガラッと変わった。
今日の兼近さんは文字通り、俺の犬だ。つまり何をしてもいいと言うわけか。
色んな犬プレイを想像させていた時である。
「んー。早起きはやっぱり身体に毒だな。それにお腹空いたかも。ねぇ、冴島くん。私、朝食が食べたいな」
「兼近さんは俺の犬なんだよね?」
「そうだよ」
「俺が兼近さんのために朝食を出さないといけないの?」
「そうだよ」
「そうだよって。それじゃいつもと変わらないのでは?」
「犬は朝食なんて自分で作れないよ。お腹空いたワン。何かくれワン」
兼近さんは面倒そうに語尾に『ワン』を付け足す。
この犬、全然可愛くないのだが。
「クゥーン。クゥーン。早くぅーん」と、完全に兼近さんは犬をバカにしている。犬を利用して俺になんでもさせようとしているのではないか。
「分かりましたよ。ちょっと待って下さい」
確かに本当の犬なら飼い主が出したご飯を食べて適用に遊んだら知らない間に寝ている。
そう考えると俺の思っていた犬の意味が少し違う気がするのだが。
絶対に俺は兼近さんに犬プレイをさせたかった。
「ピザトースト作ったよ」
「わぁ、美味しそう。いただきまー……」
俺はピザトーストが乗った皿を取り上げた。
「……何?」
「犬は手で食べないよね。口だけで食べるんじゃないかな?」
「はぁ? 口だけで食べられるわけないじゃん。冴島くん、何を言っているの?」
犬プレイをさせたい俺の思いは聞き入れられず、兼近さんは頭がおかしくなったのではないかと、俺を否定する。
違うんだ。俺はただ兼近さんを犬にさせたいだけ。それなのに全然思い通りにならない。
「フゥ、美味しかった。食べたら眠くなっちゃった」
「兼近さん。食べてすぐ寝るのは身体に毒だよ」
「別に毒でもいいよ。おやすみ」
ぐでっと兼近さんは横になる。完全に寝る体制だ。
寝てしまえばしばらく起きない。それだけはダメだ。
「そうだ。兼近さん。遊びに行こうよ」
「遊び?」と面倒そうに首だけ上げる。
「散歩。首輪の代わりにベルトにロープをしていい?」
「まさかこの格好で外に出るつもり?」
「うん。だって兼近さん、今日は俺の犬だし」
「さっきから何を言っているのかなって思ったけど、冴島くん。そういうプレイがしたかったんだね。だったらそう言えばいいのに。まわりくどいなぁ」
よっこらせっと兼近さんは起き上がった。
「ロープかして! つけてあげる」
「え? いいの?」
「だってさせたがっているみたいだし」
兼近さんはベルトをつけてその先にロープを付けた。
形は完全に犬と飼い主の構図だ。
「はい。これで満足した? さすがにこの格好で外に出るのはあれだから家の中だけにしてよね」
グッと俺はロープを引っ張る。
「ちょ、痛いよ。何? 四つん這いになれば満足?」
「うん。やっぱりちょっとだけ外に出てみない?」
「はい?」
思ってもいない事態に兼近さんの顔は強張る。
そう、その顔が見たかった。
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