第8話 溜まり場


 兼近さんとリア友になってからある生活の変化が起こった。

 それは定期的に兼近さんが俺の部屋に出入りするようになったことだ。


「あの、兼近さん」


「ん? どうした?」


「俺、勉強したいんだけど」


「そう、どうぞ」


「どうぞじゃなくて兼近さんがいると集中できないよ」


「じゃ、私は居ないものだと思ってくれて構わないよ」


「いや、居るじゃないか。それよりもどうして俺の部屋にいるの? 自分の部屋に帰ったら?」


「うーん。なんかここが落ち着くのよね。何もなくて」


「落ち着くってここは兼近さんの溜まり場じゃないんだけど」


「まぁ、細かいことは気にしない」


「細かいことって」


 何かするわけでもなく兼近さんは俺の部屋でスマホをいじったりボーッとしたり入り浸り状態だ。

 何故か俺は美少女ギャルに懐かれてしまった。

 秘密を知ってしまったから?

 美味しいご飯を食べさせたから?

 友だちがいないぼっちだから?

 よく分からないが兼近さんは俺を気に入っている様子だ。

 まぁ、一番の目的は俺が秘密を言わないか監視が理由だと思うが。


「ねぇ、冴島くん。今日の晩御飯は何?」


「そうだな。ナスが余っていたから麻婆茄子にしようかな」


「いいね。麻婆茄子。私、ピリッと辛いやつが好きかも」


「辛いの苦手なんだよな。てか、一緒に食べようとしている?」


「え? そのつもりだけど」


「ここのところ毎日じゃないか。少しは遠慮ってないの?」


「ない!」


「そんな言い切らなくても」


「いいじゃない。お金は払うって言っているんだし」


 ここまでちゃっかりしているとむしろ清々しく感じる。


「まだ、お金貰っていないんだけど」


「あれ? そうだっけ。じゃ、これをお納め下さい」


 と、兼近さんは懐から一万円札を差し出した。


「え? こんなに?」


「前金だよ。足りなくなったら言ってね。追加で出すから」


 二人分の料理を作る手間は掛かるけど、その分お金をくれるのでイイ儲けになっている。お金を受け取ってしまったことで下手に追い出せなくなってしまった。

 ただ、美味しそうに食べる兼近さんを見るのが好きなので特に害ではない。


「やっぱ冴島くんの作る料理、最高!」


 完全に兼近さんの胃袋を掴んでしまった。

 俺の殺風景な部屋に兼近さんが入り浸りことにより花を咲かせたみたいな感覚だった。


「あー美味しかった」


 帰るのか。と、次の行動を予想した俺は兼近さんに注目する。

 すると、ゴロッと仰向けに転がった。


「寝るのかい!」と思わず突っ込みを入れる。


「寝ないよ。お腹いっぱいで休憩するだけ」


「そう。俺は片付けを済ませたら勉強するから好きなタイミングで帰っていいよ」


「うん。そうするね」


 だが、それから約二時間。

 勉強に集中していた俺はふと、後ろを振り向いた。

 グゥと寝息を立てながら兼近さんは寝ていた。


「まだ居たのかよ」


 本当に寝ているのか、顔を覗き込んだ。


「ん、んー」


「うなされている?」


 今なら何をしても許されるかな。

 いや、ダメだ。そんなズルいことは許されるはずはない。


「おい。兼近さん。起きて!」


 俺は肩を揺さぶった。


「うん? 今、何時?」


「二十二時を回った頃かな」


「やば! 配信の準備をしなきゃ」


「配信?」


「動画配信だよ。今日はコラボ配信の予定だから絶対に遅れないよ!」


 ガバッと起き上がった兼近さんは慌てて自分の部屋に戻っていく。

 起こしたことにより物音がうるさくなるのは言うまでもない。

 俺は自分の首を絞める行為をしてしまったのかもしれない。

 機械から漏れる音は解消できたのだが、兼近さんが喋る声は結局ダダ漏れだ。


「はぁ、いつまで続くんだろう」


 俺は頭を悩ませながら勉強に集中した。


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