第4話 クールなエルフはデレるのか?

それから一年。

坊ちゃんは十四歳になった。そして彼ら『リトルウィング』は新人の域を脱し、とうとう中堅の入口に立とうとしていた。

金貨五十枚という臨時収入もあったが、弟のカース坊ちゃんに特注の羅針盤をプレゼントするのに使う心根の優しさを見ることもあった。


聞くところによると、それでも金貨百枚は目前だとか……私も決断をしなければ……


そんなある日。坊ちゃんは泊まりで仕事に出かけた。一週間は帰らないらしい。体は大きくなってもまだ子供なのに……




そして夜……

「マリー、私は先に寝ることにしたから割当を任せてもいいわよ?」


「奥様、どこか体調でもお悪いのですか?」


「アレが来ただけよ。気にしないでいいわ。」


「かしこまりました。ありがたく。」


「じゃあおやすみ。」


「おやすみなさいませ。」




この夜、私は旦那様に抱いていただいた。私の体は……旦那様から離れられるのか……

こうしている間にも坊ちゃんは、夜の魔境、荒野で……命がけで。


これでも旦那様は子供に甘い。そして私にも……

「オディロンはもうすぐ金が貯まるらしいな。俺に遠慮することはないからな。」


「はい。以前おっしゃられたようにその時の直感で決めたいと思います。お気遣いありがとうございます。」


旦那様は奥様と私以外に特定の女はいない。しかし時々女遊びはしている。もちろん奥様は承知されている。本当に悪い方……




そして一週間後の夕方。オディロン坊ちゃんは帰ってきた。どんなに服装や汚れがきれいになっていても疲れた表情までは隠しきれない。こんな目に遭ってまで……


「マリーただいま。後で見て欲しいものがあるんだ。」


「おかえりなさいませ。かしこまりました。」


私は平静を装えているのだろうか。この後に及んでまだ自分が分からない……




そして夕食を終え、この場に居るのはオディロン坊ちゃんと旦那様、そして奥様と私……


口火を切ったのは旦那様。


「さあオディロン。話を聞かせてくれ。どうなった?」


「うん父上。まずはこれ。金貨百枚ね。」


坊ちゃん!

よくぞそのお歳で!

それだけのお金があれば私などを買うよりもっと有用な使い道があるのでは……


「さあマリーどうする? 好きに判断していいぞ。」


直感で判断なんて……

私はどうすれば……


「父上待って。まだ僕の話は終わってないよ。」


坊ちゃん!?


「マリー、これを見て欲しい。」


これは!?


「指輪……ですか? しかもこれはチタニウム銀!?」


「さすがマリー。分かるんだね。なら知ってるよね? これの別名はエンゲージメタル。原石を加工できるのは一度きり。やり直しのきかない性質から厳格な婚姻制度を持つ民族にそう呼ばれていたらしいね。」


「このような代物を一体どこで……しかも加工できる職人がいたなんて……」


「そんなことは後回し。マリー、これが僕の覚悟だ。父上からは、マリーは奴隷である以上、僕の想像を絶する過去や事情があるだろうと聞いている。僕もそう思う。でも僕の気持ちは変わらない。小さな頃から、ずっと。」


「ぼ、坊ちゃん……」


「マリー。僕と結婚してください。」


「はい!」


はっ、私は何を!?


「おめでとう、オディロン。あなたって子は本当に一途なのね。そしておめでとうマリー。直感でお返事できたようね。」


「奥様、ありがとう……ございます。」


「よかったな。オディロンにマリー。おかげでしばらくはメイドのいない生活か。まあそれもいいだろう。な、イザベル?」


「ええ、あなた。」


「マリー。ありがとう。こんな僕だけど、よろしくお願いします。」


ああ、坊ちゃん、坊ちゃん。私のオディロン……


「こちらこそ、不束な上にあれこれと問題が発生するとは思いますが、死が二人を別つまで……共に生き」


その瞬間、私は坊ちゃんに抱き締められていた。なんて大きな胸板……昔は私の片腕で収まっていたのに。


「はいはい、そこまでにしておきなさい。私達はもう寝るから、後は二人で好きにしなさい。」


「おう、そうしろ。それからオディロン、これは結婚祝いだ。新居の費用にでもするといい。」


旦那様が坊ちゃんに渡したのは大金貨一枚。価値は金貨百枚分……まったくこのお人は……


「父上……ありがとう……」

「旦那様……今までお世話になりました。」


「おう。ついでだから奴隷解放の手続きもしておいたぞ。今のマリーはクタナツ領民、ただの平民だ。」


「父上……」

「旦那様! ご恩は生涯忘れません。」


「おう。じゃあ先に寝るからな。おやすみ。」


「父上ありがとう! おやすみ!」

「おやすみなさいませ。ありがとうございました。」


旦那様……やはり旦那様はどこまでもお優しい方。あの奥様が揺るぎない愛情を寄せるだけあるのだろう。結局ご自分のことは後回しで、坊ちゃんの恋を優先されて私の心まで動かされてしまった。旦那様……ありがとうございます。




「マリー。まさかあんなにスパッと即答してもらえるとは思わなかったよ。本当にありがとう。嬉しいよ。」


「坊ちゃん……私にも分かりません。勝手に口から出てしまったのです。それよりお聞かせください。チタニウム銀など一体どこでお知りになったのですか?」


「ベレンちゃんだよ。金貨百枚貯まりそうだからマリーに何かを贈りたいって相談したんだよ。そしたらチタニウム銀のことを教えてくれだんだ。まあそれを指輪に加工するアイデアはカースなんだけどね。」


「そうですか……ベレンガリア様とカース坊ちゃんが……」


「ちなみに指輪に加工してくれたのもカースだよ。あいつには苦労させてしまったよ。」


「カース坊ちゃん……家に帰ってらっしゃらないと思ったらオディロン坊ちゃんとは会われてたのですね。」


「それでね。カースが言うには、指輪は女性の左手薬指に嵌めるのが結婚のルールなんだって。あいつは妙に古いことばっかり知ってるんだよね。」


「初耳です。でも……嵌めてください。坊ちゃんの手で。」


「マリー。手を出して。」


たかが装飾品を身につけるだけなのに……

なぜこんなにも私は胸が高揚するのだ……

坊ちゃんの手が暖かい……

私の指、太くないだろうか……

家事で荒れて……


「ピッタリだ。きれいな指をしているね。白魚のようだ。」


オディロン坊ちゃんはそこまで細かく私のことを見ていてくださった……


「ありがとうございます。ところで白魚のようって何ですか?」


「あはは、カースが言ってたんだよ。マリーの指は白魚のようにきれいだから、きっとこの指輪が似合うって。」


「ふふ、坊ちゃんはダメですね。こんな時にカース坊ちゃんやベレンガリア様の名前を出すなんて。でもそんな素直な坊ちゃんが……」






「マ、ママ、マリー!?」


「今のは古い言葉で接吻と言います。勉強になりましたね。」


「し、しし、知ってるよそのぐらい!」


「では続きはまた今度。今夜のところはこれにて終了としましょう。明日から新居を探さないといけませんね。」


「そ、そうだね。ま、また今度だね……」


「続きは新居で、いたしましょう。」


私のオディロン。

私の秘密や問題を知っても愛し続けてくれるだろうか。

いや、そこに疑いはない。


それにしても……まさか私が人間の男と結婚するなんて。村を出奔した際には想像もしてなかった。退屈な村が嫌で逃げ出した時には。

一度帰ってみようか。

両親にオディロンを紹介したいし。

帰るためにもクリアしなければならない問題はあるが、きっと何とかなる。


「ところで、もう『坊ちゃん』って呼ばなくていいんじゃない?」


「そうですねオディロン。私のかわいいオディロン。」


「いきなりだね。照れるよ。マリーだって綺麗だよ。」


「ありがとうございます。ところで、私は奥様とは違います。結婚したからには浮気は許しません。死が二人を分かつまで、ですから。」


「当たり前じゃないか。僕だって父上とは違うよ。ずっと一緒にいよう。」


「オディロン……」


「マリー……」




種族も寿命も違う二人。

そうとも知らず幸せなオディロン。

この二人の行く末は……

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異世界金融外伝 〜クールなエルフがデレる時〜 暮伊豆 @die-in-craze

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