最終(27)話 コンティニュー? →イエス!

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみうつる自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。


   ◇


 勇者は、辺境へんきょうの小さな農村のうそんの小さな教会きょうかいうらはたけで、畑仕事にせいを出していた。

 一休みして、かたにかけた手拭てぬぐいでひたいあせき、つぶやく。

「ふぅっ。今日もあついですね」

 見習みなら修道士しゅうどうし生活にも、すっかりれた。素朴そぼく作業着さぎょうぎさまになってきた。

「勇者さーん! 勇者さんてに、お手紙が来てますぅー!」

 ピンクがみ小柄こがらむねの大きな、天然てんねん少女の先輩僧侶せんぱいそうりょが、教会の裏口うらぐちから大きく手をる。

「はーい! ひさしぶりに、モンスター退治たいじ依頼いらいですか?」

 勇者も手を振ってこたえた。

 モンスター退治も、たまにやっている。ひっきりなしに依頼が来ていた勇者時代とはちがって、気楽きらくなものである。

 ちなみに、勇者は死んだことになっているそうだ。もう、反逆はんぎゃく者として追われることも、賞金首しょうきんくびとして命をねらわれることもないだろう。

「はい、どうぞ!」

 僧侶そうりょが明るく高く可愛かわいらしい声で、手紙を差し出す。

「ありがとうございます」

 勇者は笑顔えがおで受け取り、開封かいふうする。

差出人さしだしにんがエルフさんでした。どんな内容ないようですか?」

 興味津々きょうみしんしんつ僧侶の、キラキラとかがやひとみに見つめられつつ、手紙を読む。

「えっと、戦士せんしさんがこまってるから、力をしてほしいそうです」

 かつて勇者だった少女には、三人の仲間なかまがいた。男の屈強くっきょうな戦士、高慢こうまんな女エルフの魔法まほう使い、小柄こがらむねの大きい天然少女僧侶てんねんしょうじょそうりょである。

 戦士は青い短髪たんぱつの、二十歳はたちぎたくらいの若い男である。背の高いマッチョで、被覆率ひふくりつの高い青黒い金属鎧きんぞくよろい装備そうびしている。背中に大きなタワーシールドを背負せおい、こし戦斧せんぷをさげる。

 エルフは、エルフ特有とくゆうの長くとがった耳の、ゆかとどくほど長くやわらかい緑髪みどりがみの、つめたい印象いんしょうの美女である。しゅ色の長いローブをまとい、赤い水晶球のまった魔法杖まほうづえを手につ。人間よりも寿命じゅみょうがかなり長い種族しゅぞくで、外見的には大人の女で、女としては背の高い、高慢こうまん御嬢様おじょうさまである。

 僧侶は、村の教会でも見かけるような国教こっきょう僧服姿そうふくすがたで、こし鎖鉄球フレイルをさげた、モンスターとたたかう僧兵である。天然てんねんっぽい少女である。小柄こがらで、むねが大きくて、ピンク色のかみで、子供っぽさののこる十代なかばくらいのかおで、年齢ねんれい的に勇者にちかい。

 勇者は今は、僧侶の赴任先ふにんさきの、辺境へんきょうの小さな農村のうそんの小さな教会で、見習みなら修道士しゅうどうしをしている。僧侶は先輩せんぱい僧侶になって、エルフは貴族きぞくとして権力けんりょくあらそいにれ、戦士はまだ冒険者ぼうけんしゃつづけているとく。

「私も行きますぅー! お久しぶりに、戦士さんのお話を聞きたいですぅー!」

 僧侶が元気よく手をげた。

「そうですね。一緒いっしょに、助けに行きましょう」

 勇者も微笑ほほえんで、うなずいた。かつての仲間にえることが、素直すなおうれしかった。


   ◇


「こちらの部屋へやでおちください。ご活躍かつやく期待きたいしております」

 きらびやかなよろい装備そうびした、同じくらいの年頃としごろの、金色の長いかみはなやかにみ込んだ少女に、貴賓きひん室へと案内あんないされた。きらびやかなよろいの下は、あつ地域ちいきでよく見る、白く長くうすい布をまとうタイプのふくだった。

 なぜか、隣国りんごくの王城に辿たどいた。僧侶と二人で村を出て、エルフと合流して、エルフに先導せんどうされるままに、こんな場違ばちがいなところに来てしまった。

 王城とかひさしぶりすぎて緊張きんちょうする。一応、露出度ろしゅつど抜群ばつぐんの勇者装備そうびではある。勇者の自信と、場違いな緊張きんちょう感と、人目にはださらずかしさが、心の中でせめぎ合う。

「おう! 久しぶりだな、勇者! ってたぜ!」

 テンション高めの戦士が、全身全霊ぜんれい歓迎かんげいムードで出迎でむかえた。

 戦士は、ほとんど変わっていない。王城内で武器ぶきこそ携帯けいたいしていないが、青黒い金属鎧きんぞくよろいを装備した背の高いマッチョ青年のままである。

「ご無沙汰ぶさたしてます。変わらず元気そうですね」

「お久しぶりですぅー。私たちも、元気ですぅー」

「僧侶も来てくれたのか! 心強い!」

 挨拶あいさつして、たがいに近況を報告ほうこくする。なつかしさとうれしさでほおゆるむ。


「なるほど。モンスター退治たいじのお手伝いをすればいいんですね?」

 勇者は、戦士の説明せつめい総合そうごうした。

「この国の王女様との結婚けっこんけまして、別の冒険者との退治勝負しょうぶをいたしますのよ」

 エルフが、面白おもしろ半分の口調くちょう補足ほそくした。

「すごい! 退治できたら王女様と結婚するんですね!」

「すごいです! 冒険者ドリームですぅー!」

 興奮こうふんする勇者と僧侶に、戦士がにがかおをする。

ぎゃくだ、逆。退治できなかったら冒険者を引退いんたいしろ、って話だ」

「……え? 逆、ですか?」

 勇者と僧侶は、そろって首をかしげた。あたまの上に、ハテナかべた。

「いいか、最初さいしょから説明せつめいするぞ。オレは、もとからこの国の王族おうぞく面識めんしきがあって、今回もモンスター退治の依頼いらいを受けたんだ。名指しで依頼してくれる得意先とくいさきみたいなもんだな」

 話が長くなりそうなので、毛足の長い高級こうきゅうそうなソファーにすわる。ふわふわすぎておどろく。クリスタルのローテーブルとか、芸術げいじゅつ作品っぽい調度品ちょうどひんとか、貴賓きひん室すぎてかない。

「事前の調査ちょうさ結果けっか、モンスターのランクが予想よそうより高かった。オレは、協力きょうりょく者の追加雇用こよう依頼主いらいぬし提案ていあんした。至極しごくとうな要求だ」

「それがどうして、結婚けっこんの話になったんですか?」

 勇者は話を半分きながら、テーブルにあるお菓子かしを食べていいものか様子ようすをみる。ケーキスタンドが純銀製じゅんぎんせいっぽい銀色で、手をばしづらい。

「それは、まあ、もともと求婚きゅうこんされてて、冒険者をつづけたいからとことわってたんだ。で、冒険者としておとろえたんじゃないか、限界をみとめて引退した方がいいんじゃないか、みたいなことを言われてな。こっちもあたまに血がのぼって、つい、退治できなかったら結婚でも何でもしてやるよ、って啖呵たんかを切っちまった」

 戦士が、おこりながら、ずかしそうに赤面せきめんした。

 分かる。戦士はほこり高い冒険者であり、プライドに妥協だきょうなく短気たんきでもある。冒険者として見縊みくびられたことがゆるせなかったのだろう、と思う。

 コンコン、ととびらがノックされた。

「どうぞ、お入りください」

 エルフが屋敷やしきの主人まがいの口調くちょうで答えた。

 調度品みたいな扉が、音もなくひらく。ピンク色の長いかみの、おしとやかな少女が入る。あつ地域ちいきでよく見る、白く長くうすい布をまとっている。

 その薄布うすぬのたけみじかく、ミニスカート程度ていどしかない。そでもなく、胸元むなもとが大きく開く。クラウンとかブレスレットとかアンクレットとか、金の装飾そうしょく品はおおい。

「おたせしてもうわけありません。この国の王、ジャハールのむすめ、エルリーンでございます」

 王女を名乗った少女が、気品きひんあふれるお辞儀じぎをした。育ちの良さそうな、き通った声だった。えらぶったかんじとか、見くだす雰囲気ふんいきとか、まったくなかった。

 勇者は、思わず感動かんどうする。これが戦士さんの結婚相手か、と心の中で納得なっとくする。

 エルリーンと目が合った。エルリーンが急に怪訝けげんそうな目をした。

「戦士様。そちらの派手はでよろいかたが、モンスター退治に協力きょうりょくしてくださるのでしょうか?」

 何だかよく分からないが、勇者をにらんでいる。嫉妬しっとに近い目の色をしている。

「は、はい。見習みなら修道士しゅうどうしをしています。よろしくおねがいします」

 勇者はあわてて立ちあがって、あたまをさげた。

「勇者さんです。とってもたよりになりますぅー」

 僧侶がならんで頭をさげつつ、勇者を紹介しょうかいした。

勇者ゆうしゃっ?!」

 エルリーンがショックを受けた。表情ひょうじょうのコロコロ変わる面白おもしろい人だ。

「まっ、けませんわよ、戦士様。こここちらも、勇者様に来ていただいておりますもの」

 エルリーンの動揺どうようした声にうながされ、貴賓きひん室に青年が入ってくる。身分とか気品きひんとは無縁むえんの、農村のうそん育ちの田舎いなか者だと、乱雑らんざつあるき方で分かる。

「やっぱり、先輩せんぱいっしたか! あっ、僧侶さんっ、ご無沙汰ぶさたしてるっす! 僧侶さんの可憐かれんなお声がけなくて、さびしかったっす!」

 勇者の後輩こうはい勇者だ。

「お久しぶりです」

 勇者は微笑びしょうして声をかけた。後輩勇者の関心かんしんは、すでに僧侶へとわっていた。

 勇者には後輩の勇者がいる。今の勇者は見習い修道士で、僧侶の後輩である。人間関係が、ちょっとややこしい。

「相手が先輩や僧侶さんだからって、負けないっすよ。俺様にも、勇者の意地いじがあるっすから」

「やっぱり、そちらの赤いよろいかたは、わたくしの結婚けっこん邪魔じゃまするライバルですのね」

 エルリーンが勇者をにらむ。嫉妬しっとに近い目の色をする。

 勇者は、愛想笑あいそわらいでこたえる。他にどうしようもない。

「エルリーン王女様。それにつきましては、ワタクシから一つ、提案ていあんがございましてよ」

 エルフが、勇者とエルリーンの間にって入った。

「条件次第しだいでは、王女様にたせてさしあげてもよろしゅうございましてよ」

 王女様相手に八百長やおちょうちかけ始めた。

冗談じょうだんはやめてくれ。オレの冒険者人生がかってるんだぜ」

 戦士が顔面蒼白がんめんそうはく抗議こうぎした。

 エルフとエルリーンは、戦士を無視むしして、ソファーにこしかける。

「わたくしにできますことでしたら、何でもさせていただきますわ」

「そうおっしゃっていただけると思っておりましたわ。細部さいぶ契約書けいやくしょに目を通していただくとしまして、大まかなところは」

「はい! はい! 戦士さんと王女様のめをかせてほしいですぅー!」

 僧侶まで、メモちょうとペンをかまえてよこすわった。

「な、馴れ初めですか? あ、あの、その、運命うんめいの日は、わたくしが十二さいの、あつい夏の日でしたわ」

 エルリーンがかおにしてれて、火照ほてほおに手を当て、うつくしい思い出を言葉につむぐ。

 僧侶が興奮こうふんして身を乗り出す。エルフは腹黒はらぐろそうな満面まんめんみで、勇者も興味きょうみがないこともないお年頃としごろである。

「おいやめろ! オレは一人でも勝つぞ! 冒険者は絶対にやめないからな!」

 戦士が絶叫ぜっきょうした。だれも、見向きもしなかった。


   ◇


「はぁっ……。勇者ゆうしゃは、どうして、ってしまいましたのかしら?」

 エルフが、もう何度目かも分からないいきをついた。

「ワタクシの、外交官となります野望やぼうが、とおのいてしまいましたわ……」

 その愚痴ぐちも、もう何回もかされた。

「それは、やっぱり、結婚けっこんはおたがいの合意があった方がいいかな、と思いました」

 勇者は、愛想笑あいそわらいで気まずさをかくす。同じ返答も、何度り返したかおぼえていない。

ちがいますの。色恋いろこい複雑ふくざつさが分かっていませんわ。戦士せんしはね、かくしにいやがるフリをしているだけですのよ」

「フリじゃないぜ。ってか、さと口調くちょうで勇者をだまそうとするなよ」

 そのやり取りも聞ききた。

「さすが先輩せんぱいっすよ。俺様おれさまなんか、まだまだ修行しゅぎょうりないっすね」

 モンスターは、たいしたことなかった。戦士よりは強いけれど、後輩こうはい勇者より弱い、程度ていどのザコだった。

 勇者と後輩勇者のどっちが先にたおすか、の勝負しょうぶだった。勇者がわずかに早くモンスターを両断りょうだんしてった、というだけの話だ。

「そんなことないですよ。後輩さんは以前よりも確実かくじつに強くなってます。わたしは、たまにしかたたかってないから、体がなまるばかりです」

 微笑びしょうして、後輩をめる。モンスターの返り血を全身にびて血塗ちまみれなので、ちょっと引かれる。

「ガッハッハッ! 勇者のおかげで、冒険者をつづけられるぜ。いつかかならおんは返すぜ」

 戦士が上機嫌じょうきげんで、大口をけてわらった。

「戦士さんは、この後はどうするんですか?」

「ん? 冒険者協会にもどって、また別の依頼いらいさがすさ。世の中は、まだまだモンスターだらけだからな」

「そうですか。そうですよね」

 勇者は、うれしくて微笑びしょうする。

 戦士も、つられて微笑する。

「勇者こそ、どうするんだ? 見習みなら修道士しゅうどうし片手間かたてまに、モンスター退治を続けるのか?」

「えっと、それについて、じつは、かんがえてることがあります」

 勇者は続きを躊躇ためらった。自分の考えを発表するのが、ちょっとだけずかしかった。

「何? 何ですか? らさずにおしえてほしいですぅー」

 僧侶にかたすられ、かされる。

 勇者はれながら、口をひらく。

黒鋼こっこう魔戦士ませんしさんみたいな、勇者のれのてが、まだまだいると思うんです。勇者だった一人として、そういう人たちを、呪縛じゅばくから解放かいほうしていくつもりです。すでに一人、勇者の成れの果ての目星めぼしがついてたりもします」

 最後さいごはドヤがおだった。

 戦士も、エルフも、僧侶も、後輩勇者もおどろく。うれしげなひとみで、ドヤ顔の勇者を見る。後輩勇者にいたっては、尊敬そんけい眼差まなざしになっている。

「さすがっすよ、先輩! しんの勇者は、かんがえるスケールがちがうっすよ!」

雪原せつげんの白い女だな」

「白い女ですわね」

「シロさんは見逃みのがしてあげてほしいですぅー」

 三人が口をそろえた。

「えっ!? 三人とも分かってたんですか!? どうしておしえてくれなかったんですか!?」

 勇者はショックを受けた。思わずおこった。

「まあ、そう、おこるなよ。そのときはんでくれ。オレたちも、一緒いっしょに行こう」

 戦士がたのしげにわらう。勇者もつられて微笑ほほえむ。

 勇者の冒険ぼうけんは、まだまだわらない。ゆめみたいにたのしい時間が、勇者が勇者でなくなるその日まで、どこまでもつづくのである。


   ◇


 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみうつる自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくを着て、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。

 わたしは、夢の中で、勇者と呼ばれていた。とてもしあわせな、夢を見ていた。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 最終話 CONTINUEコンティニュー? →YESイエス! END

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わたしは夢の中で勇者と呼ばれていた リュカギン @ryukagin

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