第26話 黒鋼の魔戦士

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。

 かがみうつる自分は、金色の長いかみで、美少女で、華奢きゃしゃだった。身のたけほどある大剣たいけん背負せおい、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとっていた。


   ◇


たにきりれたぞー!」

 物見ものみが大声で知らせた。

 勇者は、ぐん天幕てんまくならおかの上から、ふもとに見える谷を見おろした。おどろおどろしい谷のきりが消えていた。

 その谷は、一年のほとんどをふかきりおおわれる。がけはさまれた谷底たにぞこきりおもまって、足元すら見えない。草木はえず、川はれ、川のあとには石のめられたみちだけがある。

 生き物は、ほとんどいないとされている。命あるものが入れば生きては出られない、ともうわさされる。近隣きんりんの村々では、『きりたに』とか『たに』とばれる。

「今の時期じきは、谷に強い風がいてきりれる日があるそうだ。黒鋼こっこう魔戦士ませんし退治たいじに向かうなら、必要ひつよう条件じょうけんの一つだな」

 仲間なかま戦士せんしが、装備そうび点検てんけんしながら説明せつめいした。

全軍ぜんぐん! 出撃しゅつげき準備じゅんびをせよ! ふたたきりたされる前に、黒鋼こっこう魔戦士ませんし仕留しとめてかえるぞ!」

 えらそうな男の命令口調くちょうが、丘にひびいた。

 勇者はローブをまとい、荷物にもつの入った革袋かわぶくろを手にった。緊張きんちょうに、手がふるえていた。


   ◇


 谷底たにぞこを、千人が進軍しんぐんする。百騎兵きへいと、僧侶そうりょ魔法まほう使いで編成へんせいされた部隊ぶたいが三十人程度ていどのこりは長槍ながやりや弓で武装ぶそうした歩兵ほへいである。

 きりの谷の谷底は広い。はば数十すうじゅうメートルあって、石のめられたみちのようになっている。むたびに、ジャリジャリと石がる。

「全軍、停止ていしせよ! 警戒けいかい態勢たいせい!」

 先導せんどうの騎兵が、うまの足をとめた。全身をおおてつ色のよろいをガチャリとらして、右手をかかげた。

 前方から、たくさんの亡者もうじゃうめき声がこえる。風の音とか比喩ひゆとかではない。灰色のもやみたいな、苦悶くもん表情ひょうじょうかおに張りつけた悪霊あくりょうれが谷にあふれて、前方からせまる。

悪霊あくりょうどもが来るぞ! 僧侶部隊、祈祷きとう開始かいしせよ!」

 指揮官しきかん号令ごうれいで、歩兵の隊列たいれつが左右に展開てんかいした。歩兵隊の中央にいた僧侶たちが前に出て、ひざまずき、両手を合わせ、いのり始めた。

『ウオアアアァァァ……』

 悪霊あくりょうたちが断末魔だんまつまうめきをあげ、はじけて消える。おくから、あらたな悪霊があらわれる。

「全軍防戦ぼうせん態勢たいせいだ! 悪霊あくりょうどもは、黒鋼こっこう魔戦士ませんしに殺され、そのけんみついた怨霊おんりょうだとも言われておる! 黒鋼こっこう魔戦士ませんしが、すでに近くにおるかも知れんぞ!」

 指揮しきしたがって、兵士たちがたてならべた。魔法まほう使いたちが魔法の障壁しょうへきを張った。

 はじけるよりも早く辿たどいた悪霊あくりょうを、魔法壁まほうへきたてしとどめる。押しとどめた悪霊は、僧侶そうりょたちのいのりで弾けて消える。

おくするな! 教会できよめたたてだ! 悪霊あくりょうごときにやぶられはせん!」

 指揮官の鼓舞こぶが谷にひびく。兵士たちの士気しきの高さが雰囲気ふんいきで分かる。これならてると、だれもが確信かくしんする。

 バキンッ、とてつれる音がした。たてが一枚、回転かいてんしながら上にんだ。何がきたか分からないまま、兵士のおおくが上を見あげた。

救護きゅうご隊! 負傷ふしょう者だ! 応急処置おうきゅうしょちたのむ!」

 だれかがさけんで、上に向いた視線しせんよこへともどる。さい前列の盾兵たてへいが一人たおれている。かぶとばされ、あたまから流血りゅうけつしている。

 見ても、何がきたか分からない。てき襲撃しゅうげきだとしか分からない。

 敵は、悪霊あくりょうどもしかいない。悪霊は、たてふせがれ、いのりで消える。谷底のおくから次々とあらわれる。

 騒然そうぜんとなる。動揺どうようが広がる。見えない敵に、恐怖きょうふあふれる。

あぶないっ!」

 キィンッ、と高い金属音きんぞくおんった。とおった音だった。

怪我けがはないっすか、僧侶そうりょさん! 僧侶さんは、勇者ゆうしゃ俺様おれさまが守るっすよ!」

 僧侶隊の前に、青年が立った。

 あたらしく勇者にえらばれた、十代半じゅうだいなかばの青年である。みじか金髪きんぱつ逆立さかだて、身長は年齢ねんれい相応で、体の引きしまったかんじで、ぎん色のデザイン重視じゅうし金属鎧きんぞくよろいまとう。武器ぶきは、ほそめの長剣ちょうけんの二刀流である。

 長剣ではじいて上にんだ何かを、ぎわに青年がつかんだ。手をひらいて確認かくにんして、まみ、兵士たちに示した。

たてかぶとを弾きばしたのは、そこらに落ちてるいしっころだぜ。投げたのは半端はんぱなやつじゃあなさそうだから、俺様が前に出る。あんたらは、僧侶隊を守ってやってくれ」

 青年が前へとすすむ。長剣の二刀流で、堂々どうどう先陣せんじんに立つ。

 前方から、ジャリ、と石をむ音がする。ガラン、と重苦おもくるしくよろいる。全身を黒い金属鎧きんぞくよろいおおった男が、道の先から姿すがたあらわす。

「先にかずらしたかったが、いや、問題もんだいない。が剣でてればむ話だ」

 重厚じゅうこうで力強い声だった。黄泉よみからひびき、黄泉へと引きもうとするような、死のイメージがからみついていた。

 ガッシリとした体格たいかくの男のよろいは、黒一色でにぶく光る。禍々まがまがしい紋様もんようきざまれ、苦悶くもんする悪霊あくりょうどもがまとわりつく。

 かおには、悪鬼羅刹あっきらせつの黒いめんかぶる。こしには、青年の長剣ちょうけんよりも長く太い、両手持りょうてもちのけんをさげる。

手前てめぇ黒鋼こっこう魔戦士ませんしだな! 勇者の俺様おれさまが、退治たいじしてやるぜ!」

 青年が、魔戦士の前に立ちふさがり、二本の長剣をかまえた。調子ちょうしに乗った口調くちょうだった。

「ほう、勇者か。古竜こりゅうは、退しりぞけたのか?」

 魔戦士も、黒いつかにぎり、両手持ちの剣を黒いさやからき、かまえた。なつかしむように、声がわらった。

「古竜だあ? 俺様は、退治してないぜ」

 素直すなおに答える青年に、魔戦士ませんしが、おにめんでクククとわらう。

「ならば、おぬしは勇者にあらず」

 両手剣がりあげられ、振りおろされた。

 青年は長剣の一本で両手剣を受けながし、もう一本で魔戦士のかぶとりつけた。するど一撃いちげきに、ガラン、とからの音がした。直撃ちょくげきにもかぶときず一つわず、魔戦士はひるみもしなかった。

うごきはよし。だが、けんかるい。心のよわさは致命的ちめいてきだと、おぼえておけ」

 魔戦士ませんしが両手剣を振りあげる。動揺どうようした青年に向けて、無慈悲むじひに振りおろす。

「う、うあ……」

 青年は、自身の脳天のうてんへとりおろされる両手剣を見あげ、おびえた声を出すしかできない。剣を振りきって前のめりの体勢たいせいで、かわすことも受けることもできない。

 ギィンッ、とあら金属音きんぞくおんった。高い跳躍ちょうやくから袈裟懸けさがけに振りおろした勇者の大剣たいけんを、魔戦士の両手剣がこうから受けとめた。

 勇者は、大剣でしきろうと全力をめる。青年があわてて後退あとずさる。魔戦士の両手剣に押し返されて、勇者も後方へと着地ちゃくちする。

「お、おそいっすよ、先輩せんぱい僧侶そうりょさんに格好かっこわるいとこ見られちまったじゃないっすか」

 青年が、後退あとずさ途中とちゅうころんですわり込み、勇者を見あげた。安堵あんどくやしさのじる声だった。

 勇者は、金色の長いかみで、華奢きゃしゃな美少女である。身のたけほどある大剣たいけんを両手でにぎり、ビキニみたいなふくて、防御ぼうぎょ力に不安をかんじる露出度ろしゅつどの高い赤いよろいまとう。

「そうですか? 格好かっこかったですよ。後は、まかせてください」

 勇者は微笑ほほえんで、青年に声をかけた。声は、凛々りりしくいていた。


   ◇


 黒鋼こっこう魔戦士ませんしおどろいた。かおが見えなくとも、動揺どうようかくせない挙動きょどうで分かった。

「しばらくわないうちに、すっかり変わっちまったねえ」

 勇者の背後はいごに、巨乳きょにゅうエルフが立つ。魔戦士を見つめ、ハスキーな声でなつかしさに微笑ほほえむ。

 巨乳エルフは、貧乳ひんにゅうエルフのもと師匠ししょうで、先代の勇者ゆうしゃ仲間なかまで、エルフ特有とくゆうの長くとがった耳の、地面にとどくほど長くやわらかい茶色のかみの、がさつな印象いんしょうの美女である。薄緑うすみどり色の長いローブをまとい、外見的には弟子でしの貧乳エルフよりも年上の、巨乳の大人の女である。

「ああ、これはおどろいた。ひさしいな、あいしたエルフよ。何年ぶりだ?」

 魔戦士ませんしが、左手でかぶとさえて、うつむく。何かを思い出そうとしているようでも、苦痛くつうえるようでもある。

「あとの二人は、どうした? もう結婚けっこんしたのか? とうに子供がまれたか?」

 声は変わらず、重厚じゅうこうで力強い。

「とっくに死んだよ。二人のまごかおは見たさね。もうえんもないけど、孫の孫とかまれるころじゃあないかい?」

 巨乳きょにゅうエルフが、たのしい思い出話の口調くちょうで答えた。

「そうか。もうそんなに時がつのか。いわいのせきに、立ち合いたかった」

 魔戦士ませんしが、いよいよくるしげにうつむく。両手剣りょうてけんを地にき立て、両手でかぶとを押さえる。全身をふるわせ、うめく。

「勇者とは、何だ!? なぜ、こんな目にわねばならぬのだ!? 人々をたすけ、国を守っただけなのに!」

「勇者が何かなんて分からないけど、力と人気にんきの両方をてば、権力けんりょく者どもにはうとまれるのがつねさ。アイツらは、勇者のアンタがこわくて怖くて、どうにか排除はいじょしたかったんだろうねえ」

 巨乳エルフがさびしげに微笑びしょうする。

「アンタをそんなにしたヤツらは、アタシがこの手で八つきにしてやったよ。だから、もうくるしまなくていいんだ。一緒いっしょに、二人の墓参はかまいりに行こうじゃあないか」

「できぬ! うらみかのろいか分からぬが、が中にいかりがたぎるのだ! 生きとし生けるものすべてを殺せと、うごかすのだ!」

 魔戦士ませんしが、憤怒ふんぬわめいた。突き立てた剣を引きき、巨乳きょにゅうエルフを目掛めがけてりあげた。

 ギィンッ、とあら金属音きんぞくおんった。巨乳エルフの前に立つ勇者は、大剣たいけんを上からしつけるようにして、両手剣の振りあげを受けた。衝撃しょうげきに、手からかたへとしびれがのぼった。

「ああ、まぬ、あいしたエルフよ。最早もはや、自分で自分をとめられぬ。人を守る手は、もうないのだ」

「いいってことさ。大事だいじな人が大変なときに、何もしなかった間抜まぬけな女だ。ゆるしてもらえるとは思ってないけど、アンタのはかてておくよ」

 巨乳エルフが、さびしげにげる。魔戦士に背中を向け、肩越かたごしに手を振りながら、あるはなれる。

 勇者は、大剣をにぎる両手に力を込める。魔戦士の両手剣はいまだに暴力ぼうりょくち、命をることをあきらめていない。

「ガアアアァァァーッ!」

 魔戦士ませんしえた。両手剣を力任ちからまかせにりあげた。勇者の大剣がはじきあげられ、勇者はよろけて数歩すうほをさがった。

「勇者ならば、力をしめせ! この首を、としてみせよ! かつて勇者とばれたものを、えてみせよ!」

 魔戦士の全身から、無数むすう悪霊あくりょうあふれる。身構みがまえた勇者の華奢きゃしゃ肢体したいけて、勇者の後方のぐんへと雪崩なだれ込む。

たして、今の勇者にそれができようか!? 眼前がんぜん悪鬼あっきつために、おそわれる人々を見殺しにできようか!?」

 悪霊あくりょうどもが兵士たちをおそう。魔法壁まほうへきたてでどうにかなるかずではない。悲鳴ひめいさけびがあちこちからあがる。

 魔戦士ませんしに背を向けなければ、兵士たちは助けられない。兵士たちを助けようと背を向ければ、魔戦士にられる。先代の勇者だった魔戦士は、きっと、今の勇者と同等どうとうか上の実力がある。

「ストーンウォール!」

「サイレントウィンド!」

 ハスキーな巨乳きょにゅうエルフの声と、つめたくんだ貧乳ひんにゅうエルフの声が、たたかいの喧騒けんそうけた。

 勇者と魔戦士の周囲しゅういに、高い石のかべりあがった。三十メートルほどの距離きょりで、完全にかこい込んだ。かべりあがりがとまるころには、悲鳴ひめい喧騒けんそうも、こえなくなっていた。

「どういうつもりだ? 見殺しにするのか?」

 魔戦士ませんしが、いぶかしげに高い石壁いしかべを見あげる。

「あっちは、仲間たちがどうにかしてくれます。そういう作戦らしいです」

 勇者は、凛々りりしい微笑びしょうで、大剣をむねの前にかまえた。

「そうか。良い仲間をったな」

 魔戦士が、両手剣を高くかまえた。

「はい。わたしが大変なときにも、助けてくれました。本当にいい仲間たちです」

「いいだろう。しんの勇者よ。一対一で、決着けっちゃくをつけよう」

 魔戦士の両手剣が、高速でりおろされる。勇者の大剣が、こうから受ける。衝撃しょうげきおもさに、華奢きゃしゃ肢体したいふるえる。

 両手剣をよこへとながす。大剣の振りもどしで、魔戦士のかぶと目掛めがけてりあげる。

 魔戦士が、ってやいばかわした。勇者は振りあげのいきおいで体をひねって、一回転しながら大剣を振りおろした。両手剣の斬りあげと大剣の振りおろしが打ちあって、荒々あらあらしい金属音がった。

 間髪入かんぱついれず後方へと跳躍ちょうやくした勇者に、魔戦士がおもい足でせまる。ガランガランとからよろいの音がする。

が肉体は、すでにちた。あるのはつめたきよろいのみ。ならば、命はどこにある?」

 眉間みけんへとびる両手剣のきを、大剣の根元ねもとでかちあげる。一瞬いっしゅんでも気を抜けば死ぬ。緊張感きんちょうかんあせにじむ。

よろいうらの、心臓しんぞうあたりです。何となくですが、そんなかんじがします」

 大剣を袈裟懸けさがけにりおろした。後方への跳躍ちょうやくからの反撃はんげきは、み込みも体勢たいせいも不安定で、中途半端ちゅうとはんぱな一撃だった。

 魔戦士の両手剣がが容易たやすく受けとめ、し返す。勇者はさらに体勢をくずす。魔戦士の体当たりをけきれず、直撃ちょくげきされ、石の道へとたおされる。

正解せいかいだ!」

 魔戦士が、両手剣を頭上ずじょうに振りあげた。躊躇ちゅうちょまよいも慈悲じひもなく、振りおろした。

 勇者にも迷いはない。素早すばやく上体をこし、魔戦士の心臓の位置いちへと剣先けんさきを突き出す。かたに両手剣のやいばが食い込んでも、一瞬いっしゅんたりともひるまない。

 剣先が黒いよろいれた直後に、魔戦士が後方へとんだ。勇者の肩は、うすくしかられなかった。

 けることをかんがえたら死んでいただろう。黒鋼こっこうよろいきずをつけられなかっただろう。

 勇者の肩から、赤い血が一筋ひとすじ流れる。

 魔戦士のよろいに、一筋ひとすじの傷がのこる。

 勇者は立ちあがり、身のたけほどある大剣たいけんを、むねの前にかまえる。

 魔戦士は心臓しんぞうの位置の傷を指先でなぞる。クククッ、と重厚じゅうこうわらい、両手剣を高くかまえる。

「たあっ!」

 勇者のみを、魔戦士が剣で受ける。魔戦士の反撃はんげきを、勇者もこうから受けとめる。

 高いかべかこまれた静寂せいじゃくの空間に、剣撃けんげきひびく。まれた石がり、よろいが打ち合う。

 魔戦士は強い。いや、先代の勇者は強い。力も、わざも、速度も、心も、強い。

 それでも、古竜こりゅうほどの破壊力はかいりょくはない。技は後輩こうはい勇者のほうが上だし、白い女の方がはやい。心の強さは、自分の方が上だと、勇者には自負じふがある。

「てやぁっ!」

 勇者は力強くみ込み、上体を思いっきりひねり、魔戦士の脇腹わきばらの高さをねらって、大剣を横薙よこなぎにたたきつけた。

 魔戦士もけじと、大剣に向けて、全力を乗せた両手剣をりおろした。

 やいば同士がはげしく打ちあった。甲高かんだか金属音きんぞくおんが耳をつんざいた。大きな火花がった。

 ふらつく足を、勇者はん張る。しびれるうでに力を込める。仲間の信頼しんらいを強さにえて、全身の筋肉きんにくを限界まで躍動やくどうさせる。

「はあああぁぁぁっ!」

 魔戦士の両手剣をはじき返した。大剣がくうった。魔戦士の前を素通すどおりした。

 ただりつけるだけでは、黒鋼こっこうよろいは斬れない。一回転して、いきおいをす。腕にさらなる力を込めて、全力以上の一撃いちげきり出す。

 勇者は強い。自身の強さと、数多あまた経験けいけんと、たくさんの出会であいが勇者を強くした。

 魔戦士ませんしも強い。はじかれた両手剣を、力任ちからまかせに引きもどし、すでに勇者を目掛めがけてりおろしている。

 った、と勇者は確信かくしんした。両手剣の振りおろしよりも早く、大剣のやいば黒鋼こっこうよろいとどいた。禍々まがまがしくも重厚じゅうこう装甲そうこうに、まきでもるみたいに易々やすやすと食い込んだ。

 そのまま、大剣を振りきる。魔戦士の心臓しんぞう位置いち両断りょうだんし、黒鋼こっこうよろいをも両断し、振りく。魔戦士の上半身がすこいて、それでも魔戦士は両手剣を振りおろす。

 呆気あっけに取られた。何がきたか分からないまま、空を見ていた。景色けしきが、不自然ふしぜんに、クルクルとまわった。


   ◇


 わたしは、きた。

 白いベッドの上だった。

 自分の首を両手でさわる。つながっていると、確認かくにんする。

 赤い花柄はながらの、白い半袖はんそでたんパンのパジャマ姿すがたである。おなかに、うす黄色きいろのタオルケットがかかっている。

 自分の呼吸こきゅうあらみだれる。あせだくで、パジャマもれる。

 理由は分かっていた。おそろしい悪夢あくむを見たからだ。

「おねえちゃん、大丈夫だいじょうぶ? うなされてたみたいだったよ?」

 同じ部屋へや本棚ほんだな区切くぎった向こうから、いもうとかおを出した。

 妹だ。小学生で、こしくらいの長い黒髪くろかみで、華奢きゃしゃで、お人形にんぎょうさんみたいに可愛かわいい。

「うん、大丈夫だいじょうぶだよ。またこわゆめを見ただけだから」

 わたしは、蒼褪あおざめた顔で、無理むり微笑ほほえんで、あかるい声で答えようとつとめた。夢の中で勇者ゆうしゃだったと、妹には以前に話したことがあった。

 自分の部屋へやである。一戸建いっこだての二かいにある広い部屋で、中央を本棚ほんだな区切くぎって、妹と二人で使っている。今すわっているベッドと、つくえとイスと、クローゼットと本棚ほんだなと、他の色々が入った収納しゅうのうボックスがある。

 机の上の手鏡てかがみつかみ、自分のかおうつした。金色の長いかみで、美少女だった。首は、ちゃんとつながっていた。

「ねぇ、おねえちゃん。今度はどうしたの?」

 部屋の境界線きょうかいせんえたいもうとが、ベッドにすわって、わたしにかたせた。ピンク色の花柄はながらの、白い半袖はんそでたんパンのパジャマ姿すがただ。おそろいだ。

「首をとされて、ゲームオーバーになった」

 わたしは、夢の中できたことを、端的たんてき説明せつめいした。

 妹がビックリした。まあ、びっくりするだろう。

復活ふっかつとか、コンティニューとかできないの?」

 妹の提案ていあんに、今度はわたしがビックリした。かんがえもしなかった。考えるのは苦手にがてだ。

「それだ! じゃあ、ちょっと二度寝にどねしてためしてみる!」

 ベッドにる。タオルケットをおなかにかけて、目をじる。

「今はダメだよ、お姉ちゃん。学校に遅刻ちこくしちゃうよ」

 妹にかたすられて、目をける。

 それもそうだ、ときあがる。学校からかえったら、ためしてみよう。夢を見直みなおしたいので学校を休みます、と申告しんこくする勇気ゆうきはない。

 わたしは、ゆめの中で勇者ゆうしゃばれていた。また夢の中で、勇者と呼ばれたかった。先代せんだいの勇者の言っていた、勇者とは何か、の答えをさがしてみたいと思った。



/わたしはゆめなか勇者ゆうしゃばれていた 第26話 黒鋼こっこう魔戦士ませんし END

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