第4話 明かされる真実

 案内されたのは小さな離れだった。二階建ての建物に入ると、慣れた紙の香り。広い書斎だ。私の背丈より高い本棚がずらりと並んでいる。部屋の中央には机と、向かい合うように置かれた椅子が二つ。


「これ……っ、読んでもいいですか!?」


 殿下を見上げると、笑顔で「好きな本を選んでいいよ」と部屋の中を示してくれた。書斎の一番奥の本棚に駆け寄って背表紙を眺める。王立図書館で見たことのある本もあるけれど、知らない本がたくさんだ。


 何から読もうかな。端から順に本のタイトルを眺めて回る。難しそうな本が多かったけど、私が子供の頃大好きだった本がたくさん並んでいる棚を見つけ、つい足を止めた。いいチョイスだ。わかってる! 面白くて大好きなものばっかり。


 どうしてこんな子供向けの本が混ざってるんだろう? まいっか、そんなことより読みたくなっちゃった。


 特に好きだった本を三冊かかえて書斎中央の椅子に座る。図書館で何度も読んできた本だけど、また夢中になった。最後まで一気に読み切って、満足して本を閉じる。それでようやく、アドルフ殿下が向かいの席に座って私に目を向けていることに気がついた。


 さぁっと血の気が引いていく。一緒にいる殿下を無視して本に夢中になるなんて、不敬罪になるんじゃ!?


「すみません、つい……!」


「いや、楽しそうで何よりだよ」


 机に頬杖ほおづえをついて微笑む殿下が、また過去の光景とダブって見えた。


 たくさんの本棚に囲まれた静かな空間。

 子供の頃、よく向かい合って座っていた男の子も、今のアドルフ殿下と同じ体勢で笑っていた。


 ――あれ?


 どうして殿下とあの子が重なって見えるんだろう。目をしばたいていたら、アドルフ殿下が口を開いた。


「僕、昔は読書が嫌いだったんだよね」


「そう……なんですか?」


「うん、昔はね。学ぶことが王位継承者の責務だと、義務感だけで本を読んでいたんだ。でも、子供の頃にお忍びで行った図書館で、楽しそうに本を読む君を見つけてね」


「私……?」


「そう。笑ったり泣いたり怒ったりと表情がくるくる変わる君が面白かった。そうか読書は楽しいものなんだって、あの頃の僕には大きな驚きだった。それから図書館へは君を見に通ったよ。カツラで変装して、ね」


 カツラで変装? でも、あの子、こんなに格好よかったっけ……? 期待に高鳴る胸を押さえ、首を傾げてみる。


「じゃあ、私がよく図書館で会っていた男の子はアドルフ殿下なんですか?」


「そう。疑うなら君が当時よく読んでた本のタイトルを挙げようか。そこに揃ってると思うけど」


 アドルフ殿下が指で示した本棚は、さっき私が本を選んだ場所だった。じゃあ本当に私が探していたのはアドルフ殿下なの?


「どうして急に来なくなっちゃったんですか?」


「全寮制の初等学校プレパトリー・スクールに入学したから。そのあとのパブリック・スクールも全寮制だったしね」


「私のことは知ってたんですか? 当時、名乗りあったりしなかったのに」


「だって君、僕が行かなくなってからもずっと図書館に通ってたでしょう。ちょっと人に聞けばすぐわかったよ」


「気づいてたなら教えてくださればよかったじゃないですか」


「僕もそうしたかったんだけどね……」


 アドルフ殿下が苦笑してため息をついた。


「七年前かな。僕の婚約者を誰にするか、そんな話が持ち上がったときに、僕は君がいいって言ったんだ。僕に本の面白さを教えてくれた女の子がいいって。母上は賛成してくれたけど、父上がね。あの人は、家柄や慣例を大事にする人だから」


 王妃様のことは式典で見かけるだけでよく知らない。優しそうな人という印象があるだけだ。王様は厳しそうな人だという印象はある。


「父上から、君を婚約者に迎える条件を二つ提示されたんだ。一つ、婚約するまで君とは会わないこと。一つ、文武ともに努力して、次期王にふさわしい立ちふるまいを身につけること。まだ幼かった僕は、バカ正直にそれを信じた。父上はただ、僕が君を忘れるまで放っておこうとしただけなのに」


 文武両道、人柄もいい、絵に描いたような王子様。私がアドルフ殿下に対して抱いていた印象はそうだった。


 それが努力で身につけたものだっていうのは。


 私との婚約の条件だっていうのは。


 それって、つまり……。


「で、殿下はその、私のことを好いてくださっているのですか……?」


 震えそうになる声で、どうしても確かめたくなって、疑問を投げかける。目を丸くしたアドルフ殿下は、ふっとやわらかく微笑んだ。向けられた視線の熱に当てられて、心臓の中で何かが暴れ始める。


「うん。僕は君が好きだよ」


「でっでも、子供の頃に一緒に本を読んでただけで、大して話もしなかったのに」


「それはお互い様。君だってさっき、僕のことが好きだって言ってくれたじゃない」


 確かに言ったけれど、あれは言い切っておこうと思っただけで、恋心だという自信はなかった。でもこうして向かい合っているとドキドキするのは、体温が上がるのは、やっぱり恋なんだろうか?


「君の意思を確認せずに話を進めたことは悪かったと思ってる。ただ、父上が思考停止しているうちに進めてしまわないと邪魔されそうでね」


「もし、私と実際に接してみて違うなって思ったらどうするんですか……?」


「それはその時考えようよ」


「でも、あの、私――」


 両手を机の下でぎゅっと握る。


 言いづらい。でも、どうしてもこれだけは言わなくちゃ……!


「私、あの本みたいなことは難しいと思います……っ!」


 両目を閉じてどうにか声を絞り出す。周囲の音に空白が生まれ、しんと静まり返ってしまった。気まずい。目を開けるのが怖い。


「ははっ」


 アドルフ殿下の笑い声が聞こえてきたので、おそるおそる目を開けた。殿下はまた子供っぽい顔でケラケラと笑っている。その後ろで騎士さんが片手で顔を押さえていた。


「殿下、そろそろ話してもよろしいでしょうか」


「うん、いいよ」


 アドルフ殿下が足を組み、頬杖をつく。手を下ろした騎士さんが眉を寄せて難しい顔をしているなと思ったら、騎士さんが勢いよく土下座した。


「申し訳ございませんでしたあっ!」


「!?」


「例の本は、殿下のものではないんです」


「えっ、じゃあ」


 土下座している騎士さんのものってこと!?


「いえ、あれは俺の趣味でもありません」


 じゃあなんであんな本があるのよ。


「殿下が周囲のご令嬢たちからアプローチされても全く興味を示されないので、色事に興味を持っていただかねばお世継ぎの危機だと思いまして」


「世継ぎの危機って、発想が飛躍しすぎなんじゃ」


 ぽかんとした私の向かいで、殿下があきれ顔でため息をついた。


「そうなんだよ。そもそも僕は色事に興味がないとは言ってない」


 思わず殿下に視線を向ける。興味はある、のか。そっか。


「殿下の好みがわからなかったので、いろいろ取り揃えてみたんです」


 なんでいろいろ取り揃えちゃった!? しかも上級者向けっぽい特殊なものばっかり。


「普通のでよかったのにね」


 殿下が言う。普通のってなんだ?


「どうして図書館の本に?」


「隠されていたほうがお宝感があるかと。読むために借りた本なら開くだろうと」


 お宝とは? だんだんツッコミを入れることに疲れてきた。


「そんなわけだから、あの本のことは忘れていいよ」


「インパクトが強すぎて忘れられません……」


「ははっ」


 歯を見せて笑った殿下が、視線を私に止める。それだけで脈が跳ね、体温が一度上がった気がした。


「大丈夫、すぐ忘れるよ。あんな変なこと求めやしないから、これからは僕のそばにいて」


 アドルフ殿下の手が私に伸びてきて、頬をなでる。長い指が私の耳に届き、髪をすくっていった。


「……はい」


 私の声と、私の心臓の音、どちらが大きかったんだろう。そんなことを考えてしまうくらい小さな声でしか、私は返事ができなかった。


 ちなみに後日、「聞いてくれる? 実は僕の好みはね……」「む、むーりー!!」というやりとりがあったことは、二人だけの秘密。





(終)





***

読んでいただきありがとうございました。


お前のだったのかよw

お幸せに!


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【完結】王子殿下のエロ本を見つけてしまったら求婚されました。意味がわからないので婚約破棄してください。 夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」3巻発売 @matsuri59

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