第101話 ミミック?

「はぁー……」


 僕は大きく息を吐く。緊張に緊張を重ねていた神経が緩み、手に持ったヘヴィークロスボウが、どっと重たくなった気がした。


 ここは黒を基調とした豪華な装飾が施された小部屋だ。


 僕たちは、ダンジョンの中ボスであるデーモンジェネラルを破ると、大した休憩も取らずに先に進むことを余儀なくされていた。全ては、このダンジョンの後半戦は、完全に安全な安地が存在しないからだ。


 空中を自在に舞う剣の群れ、全身から触手を伸ばす魔人、大きな一つ目のコウモリ、中身の無い動き出す鎧、まるでタコのような見た目をした悪魔などなど、様々な姿をした悪魔と、幾度もの戦闘を経て、僕たちはようやくこの小部屋に辿り着いた。


 この小部屋も安地とはいえないけど、出入り口が一つしかないため、敵の迎撃は容易だ。少なくとも一息つける。それだけでもすごくありがたかった。


「ドアを警戒。しばらくここで休んでいこう」


 ずっと厚い雲に覆われた暗いダンジョンに潜っているから体内時計が狂い始めているけど、たぶん、今は夜のはずだ。僅かな眠気と、体のだるさを感じる。


「ういうい。きゅーけー!」

「あふ……」


 マルギットとリリーが深紅の絨毯が敷かれた床に腰を下ろす。マルギットはまだ余裕がありそうだけど、リリーの顔には深い疲労の色が浮かんでいた。


「それで? 休憩はいいけど、アレはどうするの?」


 ルイーゼの声に部屋の奥を見れば、そこには豪華な宝箱が鎮座していた。


「おほー! たっからばこじゃん!」


 宝箱の発見に、マルギットが元気に跳び起きた。だが、マルギットは宝箱に無暗に近寄ったりはしない。僕はそのことに安堵して、一応の警戒を飛ばす。


「近寄らないようにね。たぶん、ミミックだと思う。このダンジョンの宝箱は十中八九ミミックだから」

「ういうーい」


 僕の言葉にマルギットが元気に返事をする。


「では、どうしますか? このまま無視を? ですが、休憩中に襲われる可能性がありますので排除でしょうか?」

「そうだね。できれば排除したいけど、廊下側からの敵襲にも警戒したい」

「廊下側も警戒となると、戦力が半減するわね。討伐できるかしら?」


 僕はイザベルの疑問に頷くと口を開く。


「ミミック自体は、そんなに強いモンスターじゃないからたぶん平気だよ。ミミックの最大の武器は宝箱に擬態からの奇襲だから、警戒していれば問題は無いと思う」

「それじゃあ、廊下側が静かなうちに、さっさと片付けちゃいましょう。と言うか、このまま攻撃しちゃえばいいんじゃないの?」

「十中八九ミミックだろうけど、宝箱の可能性もあるからね。できれば慎重にいきたいかな」


 ダンジョンで見つかる宝箱は、無理やり壊そうとすると、中の宝共々消えてしまうのだ。


「んじゃ、あーしの出番ってわけね!」


 僕はマルギットに頷いて応える。


「そうだね。まずは、マルギットに開錠を試してもらおう。高レベルダンジョンの宝箱は、罠が付いてることが多いんだけど、マルギットのギフトに反応はある?」


 マルギットのギフトは【罠師】。罠の知覚から解除、回収までできる罠のスペシャリストだ。


「んー……。あーしのギフトには反応ないかな? たぶん罠は無いよん」

「なるほど……」


 罠が無いってことは、ほぼミミックと見て間違いないだろう。


「では、戦闘準備ですね。配置はどうしますか?」

「勇者はこのままルイーゼとマルギットとハルトで。ルイーゼにはドアの警戒をしてもらおうかな。あとのメンバーはミミックに備えて」


 僕はラインハルトに促されて指示を出す。ドアという限られた狭い出入り口ならば、ルイーゼ一人でも守り続けることができるだろう。あとは、早くミミックを片付けて安全を確保して、休憩を取りたい。


 できれば、交代で見張りを立てて、寝る時間を確保したいところだ。


 ダンジョンの中で寝るなんて非常識のようにも思えるけど、高レベルダンジョンというのは、一日で攻略することが難しいほど巨大だ。どこかで寝る時間を確保する必要がある。


 僕らはまだダンジョンのボスを撃破していない。ダンジョンは、ボスを撃破することでようやく道程の半分なのだ。


「了解よ。しっかりやるのよ」

「もちろんです。手早く済ませますよ」

「まっかせといてー!」


 ルイーゼとラインハルト、マルギットが、お互いの握った拳を突き合わせる挨拶をして別れていく。それをほんのちょっぴり羨ましい気持ちを抱えて、僕は宝箱の方を向いた。


「マルギット、気を付けてね」

「あーしにお任せってねー! すぐに片付けちゃうんだから」


 マルギットに声をかけると、彼女からいつもの調子で返ってくる。マルギットにとって、ミミックは初めてなのだけど、その姿からは欠片も緊張を感じ取れなかった。


 でも、僕は知っている。マルギットはいつも軽い調子だけど、それはパーティの雰囲気を明るいものにしようとする彼女なりの優しさであることを。


「がんば、って……」

「貴女なら大丈夫でしょうけど、気を付けてね」

「マルちゃんにかかれば楽勝だって!」


 マルギットは、リリーとイザベルにも余裕の笑みを見せて、宝箱へと近づいていく。


 その後ろを背中の大剣の柄に手を置いたラインハルトが続いていった。

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