第98話 伏撃
「だぁあああああああああああああああああ!」
赤く照らされた灼熱の地獄。その震源地のすぐ傍で、小柄な人影が剣を振るっている。その身や装備が熱波に焼かれないのは、勇者の高い防御力と、その防御力に更に磨きをかけるルイーゼの【城塞】のギフトのおかげだろう。
デーモンジェネラルの熱線は、直前までルイーゼをロックオンしていたというのに、上空へと迸っていた。
思い出されるのは、デーモンジェネラルの熱線が放たれる直前に、デーモンジェネラルの瞳を掠めるような軌道を描いたイザベルの精霊魔法。フォイヤボルトだ。
これは僕の憶測だけど、デーモンジェネラルは、突然目の前を掠めたフォイヤボルトに、驚いてしまったのではないだろうか。
そして、つい反射的にフォイヤボルトに視線を奪われてしまった。
僕たち人間も、目の前をいきなり虫が横切れば、意識と共に視線が虫に釘付けになるだろう。あれと同じことがデーモンジェネラルの身にも起こったのではないだろうか。
デーモンジェネラルの瞳は、陽炎が立ち、ヘヴィークロスボウのボルトを蒸発させるほどの高エネルギーを秘めていた。
そんなデーモンジェネラルの瞳に直接攻撃を仕掛けても、僕の放ったボルトのように無力化、無害化をされてしまうだろう。
それを見越して、イザベルはわざとフォイヤボルトの狙いをデーモンジェネラルの瞳から外し、デーモンジェネラルの意識と視線を奪うことを画策したのではないだろうか。
頭の良いイザベルのことだ。ありえる。
すごいな。僕には思いつかなかったことを一瞬で判断して成功させるなんて。イザベルの判断能力に嫉妬してしまいそうだ。
一度『万魔の巨城』を攻略した経験がある僕こそが、こういう時に頼りにならなくちゃいけないのに……。
また自分の未熟さを痛感する。
だが、反省は後だ。今は目の前の戦闘に集中しないと。
ミチミチミチミチッ!
「ああぁあああああああああああああ!」
白濁した視界の向こう、常軌を逸した回復力を誇るデーモンジェネラルの首と、その首を断たんとするルイーゼの一進一退のせめぎ合いに、少し変化が訪れていた。
少しずつ、本当に少しずつだが、ルイーゼの刃がデーモンジェネラルの首を斬り裂き始めたのだ。
デーモンジェネラルの放った極太の熱線。本来ならルイーゼを屠るために用意されたそれは、とてつもない威力をしていた。熱線を照射する反作用によって、首に負荷がかかるほどに。
首への負荷が増した分、ルイーゼの刃がデーモンジェネラルの首を刎ねるために進み始めたのだ。
既にルイーゼの剣は、デーモンジェネラルの首を三分の二ほど断ち斬っている。このままいけば、ヒールの回復力を乗り越え、デーモンジェネラルの首を刎ね飛ばせる。
「GAHAAAAAAAAAAAAAA……」
しかし、永遠に続くとかと思われた真っ赤な灼熱地獄の世界もついに終わりを迎える。デーモンジェネラルの熱線が、その太さを減少させたのだ。
「ぐぅう……」
僕は、熱で真っ白に白濁しきった左目を閉じ、両腕の中で庇い続けてきた右目を開く。真っ赤に染まった世界が、色を取り戻し始める。
「くぅ……ッ!」
それと同時に、少しずつ進んでいたルイーゼの侵攻も再びの停滞を余儀なくされてしまった。
「GAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ルイーゼによって断たれた気管から漏れ出るデーモンジェネラルの叫び。その叫びと共にデーモンジェネラルの体が淡い緑の光の粒子に包まれていく。
「ヒールの重ね掛けッ!?」
ビチビチビチビチビチッ!
あと少しのところで、回復力を増し、ルイーゼの剣を押し返そうとするデーモンジェネラルの首傷。
あと少し。あと少しなのに、その少しがあまりにも遠い。
ついにルイーゼの剣が押し返されようとした正にその瞬間――――。
「裂激のぉおおおおおおおおおッ!」
声だ。聞く者へと希望を抱かせる声が高らかに響いた。
「マルギットッ!」
マルギットだ。長い間、闇に潜伏していたマルギットが、ついに動いたのだ。
僕の目はマルギットを探して彷徨うけど、見つけることはできなかった。きっと、僕の知覚限界を超えた速度で移動しているためだ。
「セカンド・シェル・バーストォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
マルギットの姿が、一瞬にしてデーモンジェネラルの首の真横に現れる。その深紅の足甲から紫電を迸らせ、マルギットが短剣を深々とデーモンジェネラルの首へと突き立てていた。
デーモンジェネラルの首を、左から断ち切ろうとするルイーゼの剣と、右から貫こうとするマルギットの短剣。両者の距離は急速に狭まり、そして――――。
「くッ……!」
「ツッ……!」
ビチビチビチビチビチビチッ!
しかし、届かない。ルイーゼの剣とマルギットの短剣は、出会うことなくその距離を広げられそうになる。
「こなくそっ! もってけ泥棒! 終激のラスト・シェル・バーストォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
マルギットの声と共に、マルギットの装備した深紅の脚甲。そのくるぶし付近から生えていた最後の硬質な羽が砕けた。
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