第97話 熱線③
デーモンジェネラルの赤い瞳が、煌々と輝きを増していく。その内在するエネルギーは、僕には想像も及ばないほどだろう。陽炎によってゆらゆらと立ち上がるように見えるデーモンジェネラルの赤い瞳。もう、いつ熱線を発射してもおかしくはない。
「ハァアアアアアアアッ!」
デーモンジェネラルの瞳の先には、白銀の鎧を真っ赤に染められたルイーゼの姿がある。デーモンジェネラルの首を刎ねんと、必死で剣を振るっているのだ。
ルイーゼもデーモンジェネラルが熱線でルイーゼを狙っていることに気が付いているだろう。しかし、ルイーゼに引くつもりは無いようだ。
その時、デーモンジェネラルの瞳に近づく頼りない影が走る。僕がヘヴィークロスボウで放ったボルトだ。ボルトは極太の特注品だというのに、デーモンジェネラルの瞳を前にすると、まるで頼りなく見えた。
「行け……ッ」
僕にはもう、祈ることしかできない。頼む。頼むからデーモンジェネラルの瞳を潰してほしい。しかし――――。
ジュゥウウウッ!
僕の視線の先で、ボルトがその形を崩し、融解、蒸発していくのが見えた。デーモンジェネラルの瞳に集まった高エネルギーの熱のせいだ。
まだ、なんとか形を保って飛翔するボルト。しかし、その姿は脆くも変形し、だんだんと体積を減らしていく。
それでも、なんとかデーモンジェネラルの瞳を穿たんと飛翔するボルト。
「行けぇえええええええええええ!」
気が付いたら、僕は拳を振り上げて叫んでいた。こんなことをしても意味なんて無いのは分かっている。でも、叫ばずにはいられなかったのだ。
僕の声援のおかげではないだろう。だが、ボルトはその体積を半分以下に減らしながらも、デーモンジェネラルの瞳を穿った。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
左目をボルトで穿たれたデーモンジェネラルが、大袈裟に思えるほどその巨躯を揺らし、左目を閉じた。
デーモンジェネラルにとって、なんの活躍もしていな僕など、戦力外として認知されていたことだろう。僕のことなど、文字通り眼中に無かったはずだ。
故に、僕の攻撃は、デーモンジェネラルの意識外の攻撃に、完璧な不意打ちになりえる。
デーモンジェネラルの閉じられた左の瞼がブクブクと泡立ち、融け落ちる。融け落ちた瞼の向こうから現れるのは、今や直視できないほどの激しい赤い輝きを放つデーモンジェネラルの瞳だ。
僕の撃ったボルトは、完璧な不意打ちだったというのに、デーモンジェネラルの瞳を潰すことは叶わなかったのだ。デーモンジェネラルにとっては、左目を攻撃されたというより、左目にゴミが入った程度の認識かもしれない。
相変わらず、僕はデーモンジェネラルに見向きもされなかった。
「くそ……っ」
自分の無力感に打ちひしがれそうになる。だけど、今は命を懸けた戦闘中だ。そんな贅沢な時間の使い方なんてできない。生きている限り、たとえ小さくても、無意味だろうと、自分にできることをしなければ。
僕は止まりかけた頭の回転を意識して思考を回転させる。僕にできることは何だ? 僕には、あとどれだけのことができる? こんな体たらくで、本当に皆の役に立てるのか……?
「ははっ……」
ネガティブ思考なのは相変わらず。そんな自分に乾いた笑いまで起きた。それでも僕は視線を前に向けて考え続ける。
もはや、この地獄に顕現した真っ赤な太陽のように輝くデーモンジェネラルの瞳。その瞳から高威力の熱線がいつ放たれてもおかしくはない。勇者であるルイーゼを屠らんとする一撃だ。その威力は僕の想像の埒外だろう。
そんなデーモンジェネラルの瞳を掠めるように、雷を纏った火の玉が飛んでいく。イザベルのフォイヤボルトだ。
イザベルが魔法を外した?
イザベルらしくない失敗に疑問を浮かべた次の瞬間――――。
僕の視界は真っ赤に染まった。
ドウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
デーモンジェネラルの瞳から迸る赤く野太い熱線。その威力は常軌を逸していた。熱線が発射されただけで、僕の体は痛いほどの熱風にさらされる。これだけ距離が離れているというのに、ジリジリと体が焼かれていく感覚は、僕に最大級の恐怖をもたらした。
息を吸うだけで、鼻や口や喉、肺が灼熱に焼かれる。まるで溶岩を体の中に流し込まれたようだ。
両腕で顔を庇い、それでも僕は前を見続けた。だんだんと熱気で白濁していく視界の中、僕はそれを見た。
デーモンジェネラルが、空中に熱線を放っている……?
デーモンジェネラルの瞳は、直前までルイーゼをロックオンしていたはずだ。
しかし、事実デーモンジェネラルの熱線は、斜め右方向の空間に照射されていた。野太く、赤黒い熱線が迸り、本来は破壊が難しいダンジョンの天井を容易く融解させている。
あんなものがルイーゼに向けられていたかと思うと、熱せられて痛みにのた打ち回りそうな体がゾクゾクと寒気に襲われる。
それと同時に、僕は心底安堵した。
僕の白濁した視界の中に、ルイーゼの姿を見つけたからだ。
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