第89話 中ボス

 バチッ! バチバチッ! バチッ!


 未だに雷の弾けるような音が小さく響いている。息を吸い込むと、まるで酸っぱいような刺激臭が漂っていた。


 凄まじい威力の雷精霊魔法に、白く塗りつぶされた視界がぼんやりと回復する。すると、目に飛び込んできた景色は一変していた。


 視界が開けている。視界を白く塗りつぶしていた雷の奔流も、ミルクをぶちまけたような濃い霧も晴れていた。


 晴れた視界に映るのは、あれだけの攻撃があったというのに、寸分変わりなく存在している豪華な内装を施された部屋と、部屋の中央を貫く深紅のカーペット。そして……。


 じゅゅぅぅぅぅううううううう……!


 まるで肉を焼いているかのような音を発しているのは、真っ赤に灼熱し、熱で爛れてしまった鎧を身に纏うデーモンの姿が2体。その体からは白い煙を上げ、カーペットに片膝を着き、身動き一切していない。だいぶ弱っているのが分かる。12体も居たデーモンが、残り2体まで減っていた。


 膝を着く2体のデーモンの奥には、僕の4倍はあろうかという巨体のジェネラルデーモンが、熱で真っ赤に灼熱した鎧を纏いながら、しかし、直立不動で立っている。


 ボゥン!!!


「早くデーモンの処理を!」


 僕は弱って片膝を着いているデーモンにヘヴィークロスボウを放ちながら叫んだ。


 僕の声に呼応して、ラインハルトが深紅のカーペットを走る。そのスピードは、でたらめに速い。冒険者として鍛えられた僕の目でも追うのがやっとという速度だ。


 しかし、遅かった。


「………」


 部屋の奥に鎮座するデーモンジェネラルから、低く聞き取れないくぐもった反響音を響く。


 すると、膝を着き、今にも倒れそうだったデーモンを爽やかな緑色の光の粒子が包んだ。


 遅かったか……。


 身動き一つできなかったデーモンたちが、その身を滑らせるように躍動する。僕の放ったヘヴィークロスボウのボルトを軽々と弾き、間近に迫ったラインハルトの大剣を弾く。


「くっ!? 間に合いませんでしたか」


 ラインハルトが驚きの声を上げてデーモンから跳び退るように距離を取った。間に合わなかった。僕たちの攻撃は、間に合わなかったのだ。こうなる前に、さっさとデーモンを倒してしまいたかったのに……。


「残り2体だ! 僕たちならいける! ルイーゼ前進! 敵を食い止めて!」

「分かったっ!」


 ルイーゼに指示を出すと、小気味良い返事が返ってくる。


「勇者を交代する。イザベルからマルギットへ」

「分かったわ」

「りょっ!」


 僕はイザベルから勇者の力を取り上げると、今度はマルギットへと勇者の力を付与した。その時々で、最善の人を勇者にできるのは、僕の大きな強みだ。これを活かさない手はない。接近戦となった今は、大規模破壊能力よりも単体撃破能力が欲しい。


「来た来た来た来たーっ!!!」


 マルギットが自分の体を抱いて歓喜の声を上げる。たぶん、勇者の力の全能感を感じているのだろう。その顔は、命の奪い合いをしている戦場に居るとは思えないほど蕩けていた。


「いってくりゅっ!」


 聞いているこちらが不安になるような蕩けた声を残して、マルギットが目の前から消える。僕の目でも追えないほどのスピード。勇者になったマルギットを補足できるものなど居ない。その速度は、常軌を逸している。


「はぁああああああああああああああ!!!」


 凛々しい声が耳を打つ。前方に目を向ければ、ルイーゼが姿勢を低くし、盾を前に構えて左のデーモンに迫っていた。


 左のデーモンが、ルイーゼを迎え撃つように、未だ熱で真っ赤に染まった大剣を振り下ろす。だが、それは余りにも早過ぎる攻撃だった。ルイーゼは高速でデーモンに迫っているとはいえ、さすがに距離があり過ぎる。しかし、次の瞬間―――ッ!


 キィインッ!!!


 涼やかにも聞こえる甲高い金属音が響く。ルイーゼがバックラーでデーモンの大剣を逸らしたのだ。


 デーモンの普通なら空振りに終わる早すぎる攻撃は、確実にルイーゼを捉えていた。ルイーゼが急加速してわざわざぶつかりに行ったわけではない。デーモンのリーチが伸びたのだ。


 ジュゥウウウ……プスプスッ!


 未だに真っ赤に灼熱するデーモンの鎧。その腕の関節部分から覗く、濡れたような光沢を放つ黒い腕。デーモンの腕が伸びているッ!


「せやぁあッ!」


 デーモンに駆けるルイーゼが、バックラーで逸らしたデーモンの大剣を持つ腕を一閃で断ち斬った。鎧の関節部分から露出したデーモンの肘を見事に斬り落とした。


 片腕を失ったデーモンの肘から、白い煙が噴き出し、断ち斬られた肘から先の腕と鎧、大剣もまるで幻であったかのように白い煙となって消える。


 タタンッ!


 片腕を失ったデーモンに、ルイーゼが急加速して迫る。もうルイーゼの片手剣が届く距離。今更腕が伸びるなどという奇策など通じない距離。ルイーゼの勝ちだ。


「はぁあッ!」


 ルイーゼの気合を込められた一閃。その瞬間、ルイーゼの片手剣を掴むようにデーモンの残った片腕が伸びる。


 ルイーゼの片手剣に腕を縦に割られ、しかし、ルイーゼの片手剣の勢いを殺し、斬撃を止めることに成功する。


 だが、残されたのは、両腕を潰されたデーモン。そこに勝機など無い。普通なら。

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