第90話 一突き
なんとか命だけは助かったが、両腕を潰され、もはや死に体のデーモン。もう後がないと思われたデーモンの体が、緑色の光の粒子に包まれる。
「Gaaaaaaaaaaaaa!!!」
「ッ!?」
なにかを察知したルイーゼが、後ろへと大きく跳び退った。
ブォン!
一瞬前までルイーゼの居た空間に、黒い閃が走っていた。ルイーゼの金糸のような金髪が断たれ、キラキラと空間に舞う。その向こうに見えるのは、まるで濡れたように光沢を放つデーモンの黒い腕だ。長く鋭い爪を備え、とても暴力的な雰囲気を感じる。
片腕を斬り飛ばされ、もう片腕を縦に割られ、両腕を潰されたはずのデーモン。その両腕が手品のように傷一つ無く復活していた。まるで、勇者のヒールを彷彿とさせるような、凄まじい回復力だ。
「チッ!」
ルイーゼの鋭い舌打ちが耳朶を打つ。あと一歩まで追い詰めた敵が全回復したのだから、舌打ちをしたくなる気持ちも分かる。その頬には、僅かに血が滲んでいた。掠ったか……。
僕は、デーモンを全回復した下手人の姿を見る。2体のデーモンのその向こう。大きな巌のように佇むジェネラルデーモンだ。ジェネラルデーモンは、治癒の奇跡を使える。
神の奇跡ともいわれることのある治癒の奇跡をデーモンが使うなんて、とても冒涜的な許されない行為だと思う。ダンジョンを攻略する視点から見ても、敵が治癒の奇跡を使うことなんて許容できない。僕たちの物資は有限。長期戦になれば、不利なのはこちらだ。
「ごめんなさい。最初の一撃で倒せればよかったのでしょうけど……」
「大丈夫だよ。僕たちなら乗り越えられる!」
珍しくしょんぼりした様子のイザベル。僕はイザベルを元気付けるように敢えて明るく振舞う。
たしかに理想を言えば、ジェネラルデーモンを先に倒すことができれば、残ったデーモンなど問題にはならない。だけど、それが難しいことは百も承知だ。ジェネラルデーモンは、その巨体の通り、とても耐久力が高いのだ。
ギィィィィイイイイイイイ……!
金属同士が擦れ合うような不快な音を立てて、ついにジェネラルデーモンが動き出す。深紅のマントは最早無く、赤々と灼熱する鎧を身に纏い、ドシドシと一歩一歩迫ってくる様子は、まるで煉獄の悪魔に命のカウントダウンをされているような圧迫感がある。
「イザベルはジェネラルデーモンに魔法を連射! 少しでも遅らせて!」
マズいな。ルイーゼとラインハルトは、回復を繰り返すデーモンの相手に手を取られている。ジェネラルデーモンの歩みを止められるものが居ない。
「アインスッ! ドライヤッ! あのデカ物に放ちなさいッ! フォイヤボルトッ! ツヴァイン、アイスニードルッ!」
ズシンッ!
矢継ぎ早に放たれるイザベルの精霊魔法をものともせず、ジェネラルデーモンの歩みは止まらない。
ここはルイーゼにジェネラルデーモンの相手を頼み、ラインハルトがデーモン2体を受け持つか?
「ル……」
僕はルイーゼに指示を出そうとした瞬間、ルイーゼと鍔迫り合いをしていたデーモンが、突然白い煙となって消える。何が起こった!?
たなびく白い煙の向こうから姿を現したのは、短剣を構えたマルギットの姿だった。いつもの明るい笑顔が消え失せ、真剣そのものの表情を浮かべたマルギット。その碧の瞳は、冷酷ささえ感じる冷たい光を放っていた。直視してしまった僕は、ブルリッと体が震えてしまったほどだ。
「えっ!?」
突然、煙となって消えた目の前のデーモンに、ルイーゼが驚きの声をあげる。ルイーゼにもマルギットの接近を感知できなかったらしい。
勇者の目を持っても感知できなかったのに、僕の目になにか映るわけがない。だけど、マルギットがデーモンを倒した。それさえ分かれば十分だ。
「ルイーゼはジェネラルデーモンの相手をッ! マルギットはデーモンを一撃で即死させてッ!」
マルギットは、ジェネラルデーモンの回復が間に合わないほどのスピードで即死させれば、敵を倒せることを示してくれた。今回の戦闘では、マルギットがカギを握っているのかもしれない。
「あんたの相手はあたしよッ!」
ルイーゼが大声を上げてジェネラルデーモンへと突撃していく。その姿は、まるで巨大な風車に立ち向かう無謀な騎士のようにも見えた。相手は、小柄なルイーゼの6倍はあろうかという巨大な鎧姿だ。最早、生物というよりも建物のようにすら見える。
「Gaaaaaaaaaaaaa!!!」
ジェネラルデーモンから、くぐもった大声が木霊する。取り巻きのデーモンを倒された怒りからか、ジェネラルデーモンの歩みは疾走へと変わっていた。その姿は、まだ距離がある僕でも全身がビリビリと震え、恐怖に圧し潰されそうになるほど圧があった。
一見しただけでは、あんなバケモノのようなジェネラルデーモンに挑もうだなんて、ルイーゼの行為は自殺志願者のそれにみえるかもしれない。両者の体格の違いは圧倒的だ。重さとは、威力であり破壊力。どう見てもルイーゼに勝ち目はない。
しかし、僕は知っている。ルイーゼの努力を、勇気を。勇者の力に甘んじることなく鍛え続けたルイーゼならば、きっとジェネラルデーモンを止められる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます