第88話 先制攻撃

「それじゃあ、開けるわよ……?」


 絶望の悲鳴を上げる人々の顔がびっしりと彫刻された大きな両開きの扉の前。少し声が震え、緊張を滲ませたルイーゼの声が『万魔の巨城』の幅の広い通路に響く。この扉の先は、ダンジョンの中ボスである悪魔たちが控えている大広間だ。通路を運よく戦闘無しで切り抜けた僕たちは、今まさにレベル7ダンジョン『万魔の巨城』の中ボスへと挑もうとしていた。


 この中ボスを討伐すると、これまで通ってきた広い庭園などに配置されていた石像、ガーゴイルたちが動き始める。確保できていた退路が潰えることになるのだ。中ボスを力を温存した状態で倒さなければ、行くも地獄、帰るも地獄。中ボスに挑戦するということは、自ら退路を断ち、ダンジョンの中で完全に孤立することを意味する。もし、今回は攻略を諦めて撤退するのなら、今が最後の時だ。


 でも、僕たちは決意を胸にルイーゼに頷いてみせた。ここで引き返すようなら、最初からレベル7ダンジョンに挑戦なんて無謀な道を選んだりしていない。


「行きましょう。ここは通過点でしかありません。私たちの目的は、『万魔の巨城』の完全制覇です」

「そーそー。こんなところで止まってらんないよねー」

「ふふっ。最初の一撃は任せなさい。それで終わらせてあげるわ」

「ふんすっ!」


 ラインハルトが、マルギットが、イザベルが、リリーが、ルイーゼの問いに力強く答えてみせる。そして、皆の視線が僕に集まったのを感じた。このパーティのリーダーは僕だ。僕が決定を下せということだろう。あるいは、自分の未来を自身の手で掴み取れという皆の激励なのかもしれない。


「行こう! 敵はデーモン13体! この通路で迎え撃つ! 扉を開けるのはルイーゼ! 初撃はイザベルに任せる! 行こう! 僕たちなら、きっと完全攻略できるはずだ!」

「「「「「おー!!!」」」」」


 ついに、中ボス戦が幕を開ける―――!



 ◇



 ギィイイィイイイイイイイイイイ……!


 ルイーゼが満を持して扉を開くと、不安を掻き立てるような、あるいは、人々の声にもならない断末魔のような音を立てて大きな扉が開く。


 開かれた扉の先に見えるのは、大きな空間だ。部屋の中央を幅の広い赤い絨毯が貫き、絨毯の左右には6体ずつ大きな黒の全身甲冑が斜め上に大剣を掲げている。まるで大剣でアーチを作っているかのような光景だ。


 その物騒なアーチの向こうに距離感覚がおかしくなるような巨大な人影が見えた。全身を黒い甲冑に身を包んだ巨人。その鎧には、キラキラと金色の美しい装飾が施され、まるで血で染めたかようなどす黒い赤色のマントを付けている。


 手前に居る12体の全身甲冑も、僕の倍は大きいと確信させるほど十分な大きさがある。しかし、奥に居るヤツは、その倍はあろうかという巨体だ。豪奢な鎧とマント。奥のヤツだけ明らかに格が違うのが分かる。


 ヤツこそがジェネラルデーモン。このレベル7ダンジョン『万魔の巨城』の中ボスである。


「アインス! ツヴァイン! 霧を!」


 この大広間への扉が開かれた瞬間、もう戦闘は始まっている。先手を取ったのは、イザベルだ。彼女は打合せ通りにファーストアタックの魔法を放つ。


 しかしイザベルの魔法は、触れてもなんのダメージも無い霧を生み出す魔法だった。濃い乳白色の煙が、右手を突き出したイザベルの手のひらから大広間の中へと放たれる。その勢いは凄まじく、瞬く間に大広間が白濁の空間へと早変わりした。


 相手の視界を奪うという点では、イザベルのこの魔法はとても優れている。開幕で相手を混乱させるというのもアリだろう。しかし、これではこちらの視界も封じられてしまっている。メリットをデメリットが打ち消してしまった。状況はイーブンだ。イザベルはどういう意図でこの魔法を選択したのだろう?


「アインス、ツヴァイン、もういいわ。ドライア! 出番よ! 最大出力! 放ちなさい!」


 イザベルが命じたのは、契約している第三の精霊ドライア。雷を司る上級精霊に近い中級精霊だ。


 パチッ!


 なにかが弾けるような音と共に、イザベルの大広間へと突き出した右腕の先に刺々しい光の玉が顕現するのが見えた。あれは……まさか、精霊!?


 精霊が、特別な素養の無い僕にも確認できるほど濃い存在感を纏っている。精霊とは意志を持った魔力の塊だ。それが、僕にも視認できるほどとなると、いったいどれだけの魔力を精霊に注いだのだろう。


 バチッ! バチバチバチッ! バチバチバチバチバチバチッ!


 雷の精霊が不穏な破裂音を連続で響かせて、激しく光り輝く。そして―――ッ!


 カッ!


 一瞬激しい光に包まれ、視界が真っ白に染まる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォオオオオオオオオオッ!


 続いて聞こえてきたのは、まるで荒れ狂う濁流のような轟きだ。ホワイトアウトした視界の中でも確認できるほど、激しい光の束が走るのが見えた。その直後―――ッ!


 ボガァアアアアアアアアアアアアアアアンッ! バリバリバリバリバリッ!


 前方から全てを消し飛ばしてしまいそうなほどの爆発音と、なにかを引き裂くような攻撃的な爆音が木霊する。


 先程までひんやりとした霧の冷気を感じていたのに、前方から微かに全身に感じる熱風。いったいなにが起こったんだ!?

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