第86話 最終安地

 城門での大量のガーゴイル相手の激戦を制し、僕たちはいよいよレベル7ダンジョン『万魔の巨城』の本城へと侵入を果たす。


 ガーゴイルたちが擬態していた巨城の飾りや彫刻などの装飾が一部無くなっても、その巨城は確かに威容を誇っていた。見上げれば首が痛くなるほどの巨大さ。見る者を威圧するような豪奢な造り。触れれば怪我をしてしまいそうなほど、刺々しい暴力的な雰囲気に満ちていた。


 城に入った途端に、空気がひどく張り詰め、冷たくなった気がした。寒いわけではないのに、体が震え上がりそうになる。これが悪寒というものかもしれない。


 ここからが、この『万魔の巨城』の本番。今までは、あくまでデモンストレーションに過ぎない。そう言われている気がした。


 入城する途中、本城の彫刻に擬態したガーゴイルの奇襲を3度受けた。先程の戦闘に加わるのは分が悪いと判断し、僕たちを奇襲攻撃することを選択した連中だ。


 僕たちは軽くそれらをあしらった。今更たった1体のガーゴイルの伏撃に動じる僕たちじゃない。


 ダンジョンのモンスターは、厳密には生物ではない。倒すと白い煙となって消えてしまうし、食事もしなければ、眠ることもなく、繁殖行動もしない。その行動は死をも恐れず、討伐されて白い煙となるまで全力で侵入者の排除が最優先の目標にしているように見える。なんだかまるで、そう創られた命の無い装置のようだ。


 しかし、そんなある種の機械のようなダンジョンのモンスターにも考える頭や感情があるらしい。その傾向は、高レベルダンジョンになればなるほど顕著に表れるようだ。仲間に同心せず、あくまでも伏撃を選んだ3体のガーゴイルのように、自我を確立していることが窺えるような様子も見られる。


 高レベルのダンジョンがなぜ厄介なのか。その理由はここにある。イザベルの広域魔法を迂回し、城門の後ろからバックアタックを仕掛けてきたガーゴイルたちが居たように、こちらの取る手に対して対応する者。どうすれば僕たちを排除できるか考え、奇襲を選択した者。


 元々強力なモンスターが個々に考える頭を持ち、対策を練ってくるのだ。これ以上厄介なことも無いだろう。


 今回は、勇者の力で圧倒できる相手だったからよかった。しかし、これが3人の勇者の力をもってしてもしのぎを削るような相手だとどうだろう。人並みか、あるいはそれ以上の頭を持つ者が、思考を巡らせ、こちらの裏をかくような行動を取るかと思うと恐怖しかない。


 高レベルダンジョンのモンスターの怖いところは、肉体的な強さよりも、その思考力にあると僕は思う。


 次から、そんなモンスターがうじゃうじゃと現れる本城の攻略になるかと思うと、嫌でも緊張してしまう。


 しかし、今はリラックスして体と精神を休め、回復に努めなければ……。


「ふぅー……」


 意識して息を吐き、不安に染まった思考を追い出す。弱気になってどうする。以前はアンナ1人でも攻略できたんだ。今回は、勇者という極大の戦力が3人も居る。情報も一度攻略を経験した分、以前よりも量も確度も増している。なにも問題は無いはずだ。そう、自分に言い聞かせる。


 現在は、本城に入ってすぐの広いエントランスに居る。床には真っ赤な鮮血のような色の絨毯が敷かれ、天井は吹き抜けになっているのか、とても高い。とても広々とした空間だ。例の真っ黒で継ぎ目の無い濡れたような質感の今にも動き出しそうな石の彫刻や、どす黒い壺や赤い液体を湛えた皿、が整然と飾られている。壁には、青い炎が揺らめく蝋燭が3本立てたれた燭台が等間隔で並び、見ているだけで頭がおかしくなりそうな奇怪な絵画が、大きく飾られていた。


 僕たちは、居るだけで精神が病みそうな空間で横になっていた。絨毯の上で、皆が厚手の布に包まり、顔を突き合わせるようにしている。上から見れば、まるで床に花が咲いたように見えるかもしれない。


「ねぇー? 寝たー?」


 薄暗い空間にルイーゼの声が響く。


「起きてるよ」


 僕の言葉を起点に、皆が口を開く。


「あーしも起きてるよー」

「私も起きています。体を休めるのも大事だとは分かっていますが、なかなかすぐに寝られるものではありませんね」

「そうね。こんな場所で寝るというのはちょっとね……。でも、これからも冒険者を続けるなら慣れなくてはいけないわ」

「がん、ばる…!」


 まぁ、まだ寝るには早い時間だし、外では雷がうるさいし、薄気味悪い空間だし、時折悲鳴のような断末魔のような絶叫が聞こえるし、なかなか熟睡できるような環境ではないだろう。僕も眠ることができず、思考がどんどんとネガティブな方へと進んでしまっていたしね。


「まぁ、横になってるだけでも体は休まるから。ここが最後の完全なる安地になるからね。難しいかもしれないけど、できるだけ寝た方がいいよ」

「この先の安地は、油断できないという話でしたね。モンスターたちが、パーティを組んでダンジョンを徘徊しているので、見張りを立てる必要があると聞きました」


 僕の言葉を、ラインハルトが補ってくれる。


 先程、僕の考えていた通り、高レベルダンジョンのモンスターには、考える頭がある。徒党を組んでダンジョン内の見回りをするのだ。その巡回経路には当然、安地も含まれる。


 安置とは、元々モンスターのポップしない場所を指す言葉だ。ここから先の安地は、モンスターがいきなりポップすることはないけど、モンスターのパーティがいつ巡回に現れるかも分からない危険を孕んでいる。この先には、完全に安全な場所など無いのだ。


「だから、ここで体力も精神力も完全に回復させなくちゃね。こんな環境じゃあ難しいかもしれないけど、横になって目を瞑っているだけでもけっこう休まるから」


 僕はその言葉を最後に、体の力を抜いて目を閉じた。

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