第85話 金属音

 ブォン!!!


 永遠とも思えるほど時間の果てに、僕はようやくトリガーを引き終え、ヘヴィークロスボウが唸りを上げた。僕の視界は、もはや左半分が砕けた獅子のガーゴイルの顔でいっぱいだった。獅子の前脚が僕の顔を抉ろうと横殴りに振るわれているのが分かる。


 レベル7ダンジョンのモンスターの一撃だ。きっと僕の頭など、腐ったトマトよりも容易く潰せるに違いない。僕はヘヴィークロスボウの射撃に全身全霊を注いでいた。そのため動くに動けない。視界の端に映った太い獅子の爪が迫るのを見ていることしかできなかった。そして―――ッ!


 キィィィィイイイイイイイイイイイイイイン!!!


 緊迫した場面に、金属同士を打ち付けたような、場違いに涼やかな音が鳴り響く。


 その音の出所は獅子のガーゴイルの頭だ。正しくは、獅子のガーゴイルの顔の中央。そこにあるボルトが音の発信源だ。


 その音を合図に、獅子のガーゴイルの体が白い煙と化す。横殴りに振られたガーゴイルの鋭い爪を備えた右前脚が、僕のこめかみに微かに触れたところだった。間一髪だ。白い煙と化したガーゴイルの右前脚が、ボフンッを強烈な風圧と共に僕の顔を過ぎていく。危なかった。あと一瞬でも遅れていたら、僕の頭は潰されていただろう。


 その事実に背筋が凍るような心地がした。


 カラン、カラン―――!


 目の前の地面で何かが転がるのが見えた。僕の親指よりも太いひしゃげた金属。ボルトが2本鈍い光沢を放っている。僕がガーゴイルに打ち込んだボルトだろう。2本とももうボルトとしては使えないほど潰れてしまっているけど、特に1本のボルトの変形がすごい。もはや矢型の原型は無く、丸に近いほど形を崩してしまっている。


 これが、僕がガーゴイルを倒せた大きな理由だ。


 僕がボルトを発射した時に響いた甲高い金属音。石であるガーゴイルにボルトを撃ち込んでも、普通はそんな音は鳴らないだろう。では、なぜそんな音が響いたのか。


 僕がボルトをボルトに命中させたからだ。


 獅子のガーゴイルの顔面の中央には、僕が最初に撃ち込んだボルトが深々と刺さっていた。獅子のガーゴイルの顔の左半部を崩壊させた時に撃ったボルトだ。そのボルトが獅子の顔面を穿ったまま残っていたのだ。


 僕はその獅子の顔面に食い込んだままだったボルトを正確に射抜いた。だから金属音が響いたのだ。


 僕はあの時一撃で獅子のガーゴイルを屠る必要があった。手負いとはいえ、ただ当てるだけでは倒せるか不安だったのだ。一撃で倒せなければ僕が死ぬことになる。僕は少しでも倒せる確立を上げることに腐心した。


 その結果、見つけられたのが獅子のガーゴイルの顔面に残ったボルトだった。あのボルトを撃ち抜けば、楔を打ち込むようにガーゴイルの石の体を割ることができるのではないか。そんな希望的観測の元、僕はボルトを狙って撃ち込んだのだ。


 そのせいで少し射撃が遅れてしまったが、倒せたのだから結果オーライだろう。


 つーっと冷や汗が流れるのを感じる。左のこめかみを手で拭うと、汗とは違うぬるりとした感触が手に返ってきた。左の手のひらを見る。赤い。僕はようやく汗ではなく血なのだと覚る。痛みは感じない。ただ、どんなに気楽に考えようとしても、本当にあとほんの少しの差で僕は死んでいたのだと理解させられる。


 腰が抜けそうになるのをなんとか耐え、僕は周りを見渡した。


「どりゃああああああああああ!」


 前方では、マルギットがドラゴンのようなガーゴイルの首を蹴り砕く姿が見えた。マルギットは、これで二連続でのレベル7ダンジョンのモンスター撃破となる。彼女の実力は本物だ。


「セイッ!」


 後方では、イザベルのまるで太陽がそこに顕現したかのような激しい広域魔法の光に照らされて、ルイーゼが最後のガーゴイルをバックラーで殴り砕いた姿が見えた。僕たちは、108体ものガーゴイルという物量戦、そして挟み撃ちという最悪な状況を切り抜けたのだ。


「ほっ……」


 知らず知らずのうちに息が漏れ、そのまま腰が砕けかける。しかし……。


 ズシンッ! ズシンッ! ズシンッ!


 なにか重量物が落ちるような音と共に、まるで石臼を回したようなゴリゴリという独特の駆動音が耳に入る。ガーゴイルだ。ガーゴイルがまた城門を迂回し、バックアタックを仕掛けてきた。


「敵のバックアタック! ルイーゼとハルトは後方に!」

「ええ!」

「了解しました!」

 

 ズシンッ! ズシンッ!


 その間も増えていく後方のガーゴイルの数。きっとイザベルの広域魔法を免れた連中だろう。城門の前方では、イザベルの精霊魔法が未だに猛威を振るっている。イザベルの荒れ狂う灼熱の魔法の中を突っ切るのは不可能と考え、迂回を選択したのだろう。


「イザベル! 魔法はあとどれくらい保つ?」

「貴方が望むなら、いくらでも」


 お茶目にウィンクしながら答えるイザベルに、僕は勇気づけられる。今、イザベルの魔法は蓋のような役割をしている。このまま城門の前方をイザベルの魔法で塞いでしまえば、僕たちは城門の後方に全ての戦力を投入できる。敵のバックアタックを警戒しなくてもよくなる。


 レベル7ダンジョンのモンスターともなると、人並みに、あるいはそれ以上に知恵が回るという説もある。ガーゴイルたちは、決してバカじゃない。油断できない相手だ。しかし―――!


「はぁああああああああああああ!」


 ガーゴイルたちの最大の脅威であった数が殺がれた以上、僕たちに敗北は無い。

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