第84話 引き延ばされた意識の中で
「すごい……」
無意識に僕の口からそんな言葉が零れていた。マルギット、僕は彼女のポテンシャルを見誤っていたことを悟る。彼女は天才だ!
相手は仮にもレベル7ダンジョンのモンスター。運やマグレでどうにかなるような相手じゃない。紛れもなく、マルギットはレベル7という魔境のモンスターを倒せるだけの実力を目の前で示してみせた。
たしかに、ガーゴイルの討伐には、マルギットの宝具であるブーステッド・シェルブリットの力によるところが大きい。
しかし、そのあまりの性能の高さに誰も満足に扱うことができず、捨て値で売られていたブーステッド・シェルブリット。それをここまで高いレベルで使いこなせているのは、マルギットの努力の結晶だ。
マルギットも最初からブーステッド・シェルブリットを扱えたわけではない。一番最初に起動した時なんて、起動しただけで体が半回転してガニ股で両足を天に向け、地面に後頭部を強打していたくらいだ。マルギットは顔真っ赤にして恥ずかしそうに後頭部を押さえていたっけ。
それからというもの、マルギットは人前でブーステッド・シェルブリットを装備はしても使うことはなくなった。
てっきり、ただの脚甲と割り切って使うつもりなのかと思っていたけど……。
どうやら、僕たちの目が無いところで隠れて練習していたらしい。ダンジョン攻略中は、当然ながら練習なんてできない。使いこなせない大きな力なんて、害悪以外の何物でもないからね。ダンジョン攻略をしない日は、朝から晩まで王都の外でパーティメンバー揃って集団戦の訓練だ。空き時間なんて夜中くらいしかにはずだけど……。
その限られた練習時間で、彼女はモノにしたのだろう。今まで誰一人として使いこなせなかった厄介な宝具ブーステッド・シェルブリットを!
マルギットの、彼女の実力は間違いなくレベル7のダンジョンでも通用する。
「あっ……ッ!」
僕は、マルギットの真の実力に驚き、彼女の背中を見つめて呆けている自分に気が付く。今は戦闘中だ。一瞬の隙が命取りになりかねない危険な戦場。そんな所でボケッと呆けているなんて、僕はバカかっ!
僕は急いでヘヴィークロスボウを構え直す。幸い、残る2体のガーゴイルたちとはまだ距離があった。僕と同じように驚き固まっていたのか、それともマルギットの再度の突撃を警戒しているのか、ガーゴイルに動きは無い。なら……!
ボゥン!!!
手に持つヘヴィークロスボウが、まるで猛獣の唸り声のような重低音を響かせて、弦が空を切り裂く。発射されるのは、僕の親指よりも太い、極太のボルトだ。
ボルトは瞬く間もなく高速で飛翔し、翼の生えた獅子のようなガーゴイルの顔を穿つ。ピシリッと獅子の顔にヒビが入り、顔の左半分がゴトリッと重い音を出して地面に転がった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
普通の生物なら致命傷だろう。しかし、獅子のガーゴイルは、なにも痛痒を感じていないかのように唸り声を上げて地を駆け突進してくる。獅子の隣に居るドラゴンのようなガーゴイルは、翼を羽ばたかせて、低空を飛ぶように迫ってきた。
「ドラゴンを!」
「りょっ!」
短い言葉で自分のターゲットを確認し合い、僕は手に持ったヘヴィークロスボウを投げ捨ててマジックバッグから新しいヘヴィークロスボウを取り出した。
「セカンドブリット!」
その言葉と共にマルギットの姿が消える。一瞬で静止状態から僕の近くを超えた速度へと至ったのだろう。マルギットなら大丈夫だ。きっとドラゴンのようなガーゴイルを仕留めてくれる。僕は、僕のすべきことをしなくては!
獅子のガーゴイルとはまだ少し距離がある。落ち着けクルト。いつも通りにやれば大丈夫だ。そう自分に言い聞かせ、僕はヘヴィークロスボウを構える。その時―――ッ!
獅子のようなガーゴイルの翼が大きく広げられ、一度だけ力強く羽ばたいた。その結果生まれるのは、強烈な推進力。獅子のガーゴイルの速度が一気に上がる!
「ッ!!!」
先程まで確かにあった距離が一気に潰され、獅子のガーゴイルはもはや目の前に迫っていた。命の危険に引き延ばされた意識の中で、僕は必死に考える。どうすれば生き残れるのか。どうすれば獅子のガーゴイルを倒すことができるのか。もう次のヘヴィークロスボウを取り出す時間なんて無い。この一撃で仕留める必要がある。
しかし、相手は顔を半分砕けたとはいえ、平気で動き回る石のモンスターだ。本当に一撃で倒すことができるのか? どうすれば一撃で屠ることができる? どうすれば……あれはッ!
無限ともいえるほど引き延ばされた意識の中で、僕はある物がキラリと光るのを見つけることができた。
これならいけるか? いや! やるしかない!!!
僕は決意を決めてトリガーを引く。既に獅子のガーゴイルの太く鋭い爪が僕の目と鼻の先に迫っていた。早く! 早く! 早く撃てよ! 僕の意志とは裏腹に、全てがスローモーションになった世界の中では、トリガーを引くだけでも永遠とも思えるほど時間を要した。そして……。
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