第83話 脚甲

「アハハッ! くふっ! アハーハハハハハッ!」


 イザベルはとても上機嫌なようだ。狂ってしまったのか、あるいは勇者の力に酔ってしまったのか。一見狂人のように見えて心配になるかもしれないけど、イザベルは勇者化するといつもこんな感じだ。これで平常運転である。狂ってしまったわけでもないし、力に溺れているわけでもない。


 その証拠に、フレアというらしいこの大規模魔法も完全に制御している。ガーゴイルが蒸発するような熱量なんて、こんなに近くに居たら普通じゃ火傷では済まないだろうし、眩しくて目も開けていられないと思う。だというのに、僕たちには高熱の影響も、過度な光の影響もない。イザベルが、この大規模魔法を熱や光に至るまで完全に掌握している証左だ。


 じゃあ、なんでこんなに普段とまるで違う態度なのか。


 本人に訊いたことがあるけど、いつものクールで知的なイザベルは、そう装っているだけらしい。なぜそんなことをしているかといえば、他の女子メンバーがお子ちゃまなので、お姉さん役にならざるをえなかったとか……。なんだかイザベルの苦労が偲ばれる。


 それに、魔法が思い通りに発動することが、とても楽しいらしい。ついつい素のイザベルが顔を出してしまうほどに。


 モンスターを蒸発させながら笑っているせいで、パッと見ると怖く映るかもしれないけど、イザベルの笑顔はとても素敵だ。僕は、普段のクールで知的なイザベルも好きだけど、こうして感情をむき出しにした年齢相応のイザベルも好きだ。普段は大人っぽく見えるけど、イザベルもまだ15歳の可憐な少女なのだと再認識させられる。


 いつもの態度とのギャップがすごいけど、僕はそんなイザベルのことを好ましく思っていた。


「敵来たってー!」


 イザベルの姿をほっこりとした気持ちで見ていたら、後方からマルギットの鋭い声が飛んできた。僕は弾かれたように後方を確認する。紅の脚甲を帯びたマルギットのその向こう、トンネルのような城門の入り口。そこに石の翼を羽ばたかせながら、ドラゴンのようなガーゴイルが着地したのが見えた。


 僕は素早くガーゴイルへとヘヴィークロスボウを構える。しかし……。


 ドスンッ! ドスンッ!


 後ろに回り込んできたガーゴイルは1体だけではなかった。フクロウの尻尾からヘビが生えているガーゴイル、もう1体は翼の生えた獅子のようなガーゴイル。3体だ。3体のガーゴイルがバックアタックを仕掛けてきた。


「バックアタック! 数3!」


 僕は声を張り上げてパーティメンバーに情報を共有する。


 どうする? 残る弦を巻き上げ済みのヘヴィークロスボウは3つ。このヘヴィークロスボウでもガーゴイルを討伐できることは先程証明されたばかりだ。でも……。


 一発でも外せば後は無い。緊張で喉がカラカラになる。応援を呼ぶか?


 イザベルは大規模魔法を展開中だ。この上さらに魔法を使うことは難しいだろう。


 では、ルイーゼとラインハルトか?


「援護の必要性は?!」


 ラインハルトの声が後ろから聞こえる。ゴロゴロと岩が砕けて転がる音も聞こえてきた。おそらく、また1体のガーゴイルを屠ったのだろう。これで前線の残るガーゴイルの数は6。


 応援に呼ぶとしたら、ラインハルトになるだろう。ルイーゼは勇者の防御力に加えて、持ち前のギフトで防御力を上げることができる。ヒールの奇跡もあるし、耐久戦は得意分野だ。しかし、前方に残っていたガーゴイルは全部で7体。いくらルイーゼでも1対6は厳しいか?


 いや、マルギットに3体のガーゴイルの足止めを命じる方が無理がある。ラインハルトを応援に呼ぶべきだ。


「ハ……」

「突撃のぉおおおおおおお!」


 ラインハルトを応援に呼ぼうした僕の声は、マルギットの大声に搔き消された。マルギットを見れば、彼女は前傾姿勢で1人、3体のガーゴイルに突っ込んでいく。その速さは尋常じゃない。一足ごとに足裏が爆発しているかのような異常な加速度だ。


 宝具ブーステッド・シェルブリット。マルギットの紅に輝く脚甲の力だろう。


 確かにその速さは驚異的だ。しかし、勇者でもない生身でレベル7のモンスター3体を同時に相手にするのは、いくらなんでも無謀というもの。


「ま……」


 必死に静止の言葉を叫ぼうとする。しかし、間に合わない……!


「ファーストブリット!!!」


 マルギットの脚甲のくるぶしに生えた3本の紅の羽。その1つが砕け散り、マルギットの姿が視界から消える。


 ガキャァアアアン!!!


「なっ!?」


 否。消えたように見えるほどマルギットが加速したのだ。僕が観測できたのは、ものすごい音を立ててぶっ飛んでいき、白い煙となって消えたフクロウのガーゴイルの姿と、まるで空中に足場があるかのように宙を蹴って地面を滑るように着地したマルギットの姿だった。


「らくしょー、らくしょー! あーしにお任せってね!」


 緊迫した状況に似つかわしくない明るい声が響き渡る。マルギットだ。彼女は僕の予想を裏切り、一瞬でガーゴイルを討伐してみせた。

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