第82話 熟練

「やぁああああああああああああああ!」


 いつにも増して凛々しいウォークライを響かせるのはルイーゼだ。彼女は、ラインハルトよりも前に出て、自分にモンスターたちの注目を集めようと声を張り上げる。ルイーゼはパーティの盾だ。いつも、誰よりも前に出てモンスターの攻撃を一身に引き受ける。


 僕には、ルイーゼのその小さな背中が何倍にも大きく見え、頼もしく感じた。今までルイーゼは、折れず、曲がらず、屈せず、その小さな体で僕たちの先頭に立って、皆を守ってきた。ルイーゼのこれまでが、僕たちに信頼を抱かせる。小さなその背中からは覇気さえ纏っているように感じたほどだ。


 しかし、モンスターはルイーゼのウォークライにも怯みもせずに、迫りくる。そして―――!


「セイッ! ハァア!」


 ルイーゼの持つバックラーと白い剣が閃く。


 ゴガガッ!!! キンッ!!!


 岩を砕くような重低音と、鋭くも清涼感のある音が重なるように二連続で響いた。ルイーゼの突き出したバックラーが、ヘビのようなガーゴイルの頭を撃ち砕き、ヴァージン・スノーが四角四面な人型のガーゴイルの体を斜めに斬り飛ばした音だ。


 ルイーゼの攻撃を受けた2体のガーゴイルは、たちまち白い煙となって姿が掻き消える。その空いた空間をすぐさま埋めるようにガーゴイルの軍団が押し寄せてきた。


 ルイーゼは、両の武器を振り切った状態だ。いくら一撃でモンスターを倒せるとしても、武器を振れば必ず隙が生まれる。その僅かな隙を突くように、カマキリのようなガーゴイルが腕を振り上げルイーゼに襲いかかる。剣を振り抜いた直後のルイーゼに、それを回避する術は……無い!


「はぁああづぇああああああああ!」


 その時、紅のV字が宙に描かれる。ラインハルトだ。ラインハルトが、真っ赤に染まった灼熱の大剣ビッグ・トーチをV字を描くように振ったのだ。本来は、比較的扱いの簡単な片手剣の技である高速の二連撃。ファストブレードを重量武器である大剣でやってみせるなんて、ラインハルトの技術力の高さ、柔軟な発想が窺える。


 ラインハルトの赤く熱せられた大剣は、カマキリのようなガーゴイルの細い胴を断ち斬り、その隣に居た、まるで巨大な人間の手のひらのような奇怪な姿のガーゴイルをも斬り飛ばす。岩のような硬いガーゴイルを斬ったというのに、その音はとても静かだった。まるで、熱したナイフでバターを切るかのように、いとも簡単に両断してみせる。


「あんたの相手はッ! あたしよッ!」


 ゴギンッ!!! シャランッ!!!


 今度は、大技を出して隙をさらしたラインハルトを庇うように、ルイーゼが迫りくるガーゴイルを迎え撃つ。互いの隙を庇うように、交互に攻撃を繰り返し、石の波に抗うルイーゼとラインハルト。そこには高度に練られた連携の妙があった。


 『融けない六華』は、前を張れる前衛の少ないパーティだ。勇者化したリリーも前衛を張れるけど、本来の彼女は後衛のヒーラーだ。専門的な前衛は、ルイーゼとラインハルトしかいない。なので、僕はこの2人を勇者化することが多い。


 ルイーゼとラインハルトをはじめ、パーティの皆は、特大な勇者の力にあぐらをかかず、真面目に一日も欠かさず毎日訓練に励んできた。それも、ヒールで治るからと、時には手足が飛ぶような、もはや殺し合いにも見えた激しい訓練だ。


 中でも、3体3に分かれての訓練では、お互いの隙をカバーし合ったり、タイミングを合わせて火力の一点集中で相手を倒しきったり、連携の練度が上がり、戦機を見る目も養えたと思う。


 その血と泥の中で培われた努力が、今まさに報われている!


 倒しても倒しても押し寄せる巨石の波に対して、2人は一歩引かずに捌いていく。交互に前に出ては引き、クルクルとスムーズに立ち位置を変え、まるで踊っているかのようにも見えた。


「アインス! ぶちまけなさい! フレア!」


 岩を砕く音がトンネルのような城門の中で反響するそのさなか、イザベルの力に満ちた声が響き渡った。その瞬間―――!


 ドウゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウフ!!!


 城門の向こうに太陽が生まれた。


 城門より先が紅蓮を通り越し、もはや白一色に染まる。白に塗りつぶされた世界に、黒い影が無数に見えた。ガーゴイルたちだ。白の世界は異物を許さない。ガーゴイルたちは急速にその体積を減らしていく。融けることも許されず、蒸発しているのだ。


 いったいどれほどの規模の魔法なのだろう。城門より先の景色は、白で埋め尽くされ、無限にも思えたガーゴイルたちの巨石の波は、瞬く間に飲み込まれてしまった。辛うじて被爆を免れたのは、城門の中に入り込んでいた7体のガーゴイルだけだ。


「うふふっ。あはっ。アハーハハハハハハハハハハッ!」


 その声に釣られて横を見ると、イザベルが狂気じみた大声で笑っていた。普段の落ち着いた声が嘘みたいだ。腕を大きく横に広げ、目もいっぱいまで見開き、その黒い瞳は真っすぐに前を見据えていた。

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