第81話 石の波

 イザベルの勇者化。そこには1つ致命的な問題があった。イザベルを勇者化しても、無尽蔵ともいえる魔力が手に入るだけで、魔法自体の威力は変わらなかったのだ。


 イザベルを勇者にしても、魔法を実行するのが精霊たちだったことが原因だ。


 いわば勇者イザベルという大きな魔力タンクを持っていても、その蛇口が下級精霊という小さいものでは、せっかくの大魔力が活かしきれない状態だったのだ。


 でも、精霊魔法の広域殲滅力は魅力的だった。威力不足は手数で補えばいい。そう思って、僕は積極的にイザベルを勇者化していたのだけど……まさかそれが精霊の進化を促すことになるとは思ってみなかった。


 勇者という無尽蔵な魔力タンクから魔力を巨給され、何度も何度も無限ともいえるほど魔法を行使し続けた下級精霊たちは、普通では考えられないスピードで成長し、今や中級精霊でも上位の存在に進化した。


 中級精霊に進化したことによって、精霊魔法の威力も劇的に向上。今や、勇者化したイザベルは、自他ともに認めるパーティ一番の殲滅能力を持っていると言える。


 普段は、モンスターと直接刃を交える前衛の不足からルイーゼ、ラインハルト、リリーを勇者化して前衛の層を厚くしているけど、大量のモンスターが相手の時は、イザベルの出番だ。リリーの勇者化を解除して、イザベルを勇者化する。リリーはちょっと残念そうだったけどね。


 勇者の枠が5つあればいいのに。そしたら、パーティメンバーの全員を勇者にできる。


 でも、勇者なんて極大の戦力を3人も指名できることだけでも、十分以上に破格のギフトなのだろう。それこそ、国家が欲するほどに。


 しかし、そんな厄介事もこのダンジョンを攻略できたら少しは状況が変わる。皆が僕を思い、僕の背中を押してくれたおかげだ。僕はそんな皆の、仲間の気持ちに報いたい!


 ギィイイゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 不快な、硬い石と石が擦れ合う音が連続して響き渡り、残された105体のガーゴイルたちが一斉に動き出す。


 台座の上に鎮座していたドラゴンのようなガーゴイルがこちらに向かってガツンガツンと歩き出し、四角い台座に擬態していたガーゴイルが人型に展開する。遠く城の飾りとして擬態していたガーゴイルもゴスンと音を立てて降ってきた。城への道は、あっという間にガーゴイルたちによって埋め尽くされる。まるで石の波みたいだ。


 いくら僕の持つヘヴィークロスボウでも倒すことができるとしても、この数は脅威だな。


「ルイーゼ! ハルト! 前方に展開! ガーゴイルを通さないで!」

「ええ!」

「分かりました!」


 ルイーゼとラインハルトの小気味好い返事が返ってくる。2人は、この数のモンスター相手に物怖じしていないみたいだ。いいね!


 でも、さすがにこの数のモンスターを一度に相手するのは、勇者化している2人でも難しいだろう。だから、城門を使う。城門の幅を利用して、一度に相手をするモンスターの数を減らす。大きく広い城門とはいえ、一度に城門をくぐれるガーゴイルは5体ぐらいだろう。つまり、城門の中で戦えば、一度に戦うガーゴイルの数は5体だけでいい。その後ろに控えているガーゴイルたちは、ただ居るだけの遊兵と化す。


「マルギットは後ろに回り込んでくるガーゴイルの警戒を!」

「りょっ!」


 マルギットには、城門を迂回してきたモンスターの警戒を頼む。ガーゴイルの中には、翼を持つ者が居る。ドラゴンみたいなガーゴイルがそうだ。石の体で普通なら物理的に飛べる訳が無いと思うのだけど、翼を持つガーゴイルは飛べる。後方からガーゴイルが攻め入ることは十分に考えられるため、対策しないといけない。そして……。


「イザベル! 任した!」

「ふふっ。そうこなくてはね」


 イザベルは、この大量のモンスターを前にしても、自信たっぷりな態度で頬を上気させ、どこか妖艶な表情を浮かべていた。そんなイザベルの態度に僕は安心する。


 『融けない六華』の対物量戦の要は、精霊魔法での広域殲滅を得意とするイザベルだ。彼女が緊張や恐怖で立ち竦んでいるわけではない知って、僕は安堵したのだ。


「ルイーゼとハルトは、念のため城門から出ないように! 無理せずに! 来るモンスターの迎撃! 後方からの挟み撃ちもありえる! すぐに後方を援護できるように心構えだけしておいて!」

「分かったわ!」

「了解しました!」


 城門のトンネルの丁度中央。ルイーゼとラインハルトの返事を聞きながら、僕は持っていたヘヴィークロスボウを横に投げ出し、腰のポシェット型のマジックバッグから新しいヘヴィークロスボウを取り出す。昼食後、急いで弦を巻き上げて、ボルトを装填したいつでも撃てる状態のヘヴィークロスボウだ。その数は残り3。緊急の時用に2射分残しておくとして、自由に撃てるのは残り1発。


 ルイーゼとラインハルトたちが、ガーゴイルの波とぶつかり合うその瞬間。僕はヘヴィークロスボウを両手で構え、そのトリガーに触れる人差し指を、ゆっくりと引き絞るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る