第80話 精霊魔法

「それはないよ」


 僕は、睨むように城門によって切り取られた景色、その中でも城へと続く石畳の道を窺うラインハルトを否定する。たしかに怪しいけどね。


 ここ『万魔の巨城』は、草木が一切生えていない不毛な巨城だ。草木の代わりに、遥か東にあるという国の枯山水という庭園のように、大小様々な石や岩で庭が飾られている。その中の一見ただの大きな石に見える物が、実はガーゴイルだったということは『万魔の巨城』ではよくあることだ。


 だから、事前に知らないと、目に映る石の全てがガーゴイルのように見えて、まったく落ち着かない状態になるのだと思う。たぶん、これもレベル7という高レベルダンジョンの悪魔たちが意図したものなのだろう。戦闘で肉体的に消耗させ、どこにモンスターが潜んでいるか分からない状態に精神的にも追い詰められていく……。悪魔たちの悪意が透けて見えるようだ。


 しかし、それもモンスターの出現場所やその数、そして、安地の場所など、情報があれば対応できる。情報を制する者がダンジョンを制すると言ってもよいだろう。僕は、自分の知っている情報が、少しでもパーティの役に立てるのならば本望だ。


「残りのガーゴイルは、城に張り付いてるよ」

「張り付いてるって?」

「どゆこと?」


 僕は疑問の声を上げたルイーゼとマルギットの視線を追う。2人の視線の先には、城門に切り取られた景色には入りきらないほど大きな黒い城が見えた。あれが、これから向かう『万魔の巨城』の本城だ。刺々しく、とても冷ややかな印象を受ける漆黒の城。しかし、派手さはないものの、城を飾るように細かな彫刻が施されていることが分かる。


「城の飾りの彫刻に擬態しているガーゴイルが居るんだ。残りの60体は、そんな感じだね。戦闘が始まると、城から飛び降りてくるよ」


 このあたりのことも事前に説明したはずだけど、実際に現地まで足を運ばなければ分からないこともあるだろう。僕はただでさえ口下手だからね。ちゃんと伝わっているか心配だ。鬱陶しいと思われてもいい。これからも口に出していこう。


「それじゃあ作戦だけど……」


 僕はそんな決意を固めながら口を開いた。



 ◇



「アインス、ドライア、放ちなさい。フォイアボルト」


 イザベルの落ち着いた、しかし、強い意志を感じる凛とした声を聴き、僕は指に力を込めてゆっくりと引き絞るようにトリガーを引く。


 ブォン!


 空気を引き裂くような重苦しい音が響き渡り、ヘヴィークロスボウに装填されたボルトが飛翔する。ボルトが向かうのは、頭上の雷によって瞬間的に白く浮かび上がった小型のドラゴンのような石像だ。


 僕の撃ち出したボルトは、吸い込まれるように石像の首を穿つ。


 ガギンッッッ!!!


 硬い物同士がぶつかり合う硬質な甲高い音が響き渡り、ドラゴンの石像の首が、ピシリッと小さな音を立ててヒビが走り、砕け、もげる。


「GA……」


 ゴツンと石畳にぶつかり転がった石のドラゴンの口から微かに音が漏れ、台座の上に残された石ドラゴンの体と共に白い煙となって消えた。


「よしッ!」


 ガーゴイルを仕留めた! 僕は討伐できた喜びを噛み締め、改めてこの手に握られたヘヴィークロスボウの威力の高さに感心する。連射性や扱いにくさは最悪だけど、この威力の前には、その全てがどうでもよくなるほどだ。


 近い将来、僕みたいなポーターもどきの必需品になる未来が来るかもしれない。


 そんなことを考えていると、視界の端が一気に赤く染まり、明るくなる。イザベルのフォイアボルトだ。


 イザベルのフォイアボルトを受けたのは、僕が討伐した巨城までの道の右に安置されたガーゴイルの反対側。左の一番手前のガーゴイル、その下の台座だった。大きく穿たれた台座は一瞬で白い煙と化し討伐され、台座の上に居た小型のドラゴンのようなガーゴイルも激しく燃え上がる。


 ごうごうと激しい炎に包まれたガーゴイルが、ついに動き出す。しかし、その体は溶けたチーズのように融解していた。一歩踏み出したところで、ぐにゃりと踏み出した足が融け落ち、そのぐずぐずに融けた体が石畳の道の上にぶちまけられる。もはや立派なドラゴンだった面影など皆無だ。


 あれにはもう戦闘力など無いだろう。ただ炎に侵され融けていくろうそくのようなものだ。


 固体部分を焼失し、黒い水たまりのようになったガーゴイルが、ついに白い煙を立てて消える。倒したのだ。一度の魔法で2体のガーゴイルを倒すなんてすごいな。これが中級精霊の中でも上位と判定された精霊の力か。


 イザベルのギフトは【エレメンタラー】だ。精霊と契約し、精霊を使役して魔法を使う。契約している精霊は3体。火の精霊アインス、水の精霊ツヴァイン、雷の精霊ドライア。彼女はこの3体の精霊を駆使して魔法を使う。


 イザベルは魔力を精霊に供給し、魔法自体は精霊に実行してもらう。これが精霊魔法の仕組みだ。


 だから当初、イザベルの勇者化はあまりメリットが無いと思っていたけど……大化けしたね。

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