第79話 第二城門

 ラインハルトとイザベルによる解説付きの昼食を終えて、僕たちはついに第二の城門をくぐる。短いトンネルみたいなものだ。ラインハルトのビッグトーチの明かりを頼りに進んでいく。城壁の石は、継ぎ目が全く無く、まるで濡れているかのように艶めかしく光を返していた。


「ここで止まって」


 城門を出る直前に、僕はパーティの進行にストップをかける。皆が素直に止まってくれたことに安堵し、僕は口を開く。


「もう知ってるかもしれないけど、念のためおさらいね。この先だけど、モンスターが襲ってくる。その数は108体。さすがに数が多いから、この城門で迎え撃ちたい」

「108……」

「108ね……」


 ラインハルトとイザベルが、108体のモンスターと聞いて、なにか思案するような顔を浮かべている。先程は、たった2体のモンスター相手に手こずったから思うところがあるのだろう。


 僕は2人を安心させるために、敢えて明るい調子で言葉を重ねる。


「108体って言っても、さっきのリビングアーマーほど強くないよ。数が数だから油断できないけどね」


 108体という数は、たしかに脅威だ。だけど、この城門の中で迎え撃てば、城門が僕たちを守ってくれる。モンスターに囲まれてくる袋叩きになることは無い。


 大きな城門だから、それでも5体くらいは一度に相手をしなくてはいけないだろう。だけど、一度に相手をする数は限られる。一度に108体のモンスターの相手にするより、5体のモンスター相手を22回した方が楽だろう。まぁ、それでもたいへんなことには変わりないけど……。


「108ねー……ここは何のモンスターだったかしら?」


 僕は、思い出そうと手元に人差し指を当てて上を見上げるルイーゼに答える。


「ここの相手はガーゴイルだよ。さっきの庭園で見たヤツだね。動く石像だよ。ここからでも見えるね。ほら、あの台座の上に飾られてるドラゴンの石像とかそうだよ」


 僕の言葉に、『融けない六華』のメンバーの視線が前へと向く。


 城門の出口のその向こうには、大きな城へと向かう一本の石畳の広い道。その道の左右には石の台座が置かれ、まるで小型のドラゴンのような姿の石像が鎮座している。石像は、城門と同じ石材なのか、黒くまるで金属のような光沢があった。


「なるほど……あの石像がガーゴイルですか。知らなければ、不意打ちをもらっていたかもしれませんね……」

「そうね。その点、経験者であるクルトの情報は貴重だわ」


 ラインハルトが眉を寄せて難しい表情を浮かべ、イザベルが心なしかトロンとした目で僕を見ている。なんだかイザベルを見ていると、鼓動が早くなるのを感じた。頬が熱い。


 僕はイザベルから視線を外すと、頭を振って邪念を吹き飛ばし、ダンジョンのことに専念する。


 ラインハルトの懸念する通り、このダンジョンは、根城にしている悪魔らしく、不意打ちや騙し討ちに特化した悪辣なダンジョンだ。先程のリビングアーマーの罠も、今回のガーゴイルの不意打ちも、知らなければ大きな被害が出ていただろう。なんとも厭らしいダンジョンだ。


 しかし、先人たちの持ち帰った情報によって、このダンジョンの邪悪な仕掛けは、ほぼ全て丸裸になっている。タネさえ分かっていれば、性悪な罠も回避は容易だ。情報さえ揃えられれば、『万魔の巨城』はレベル7のダンジョンの中でも攻略が容易だと囁かれることもある。


 僕は、『極致の魔剣』が事前に集めていた情報と、実際に攻略した時の情報のいずれも持っている。そして、僕が知りえる限りの『万魔の巨城』の情報を、地図を、『融けない六華』の皆には事前に開示してある。僕自身も地図を読み込んで、その情報の全てを把握した。また、万が一にも僕が死ぬ可能性も考えて、全ての情報が書かれた地図をイザベルに預けている。


 ふと、抜けは無いだろうかと心配が顔を出す。


 大丈夫! 大丈夫なはずだ! ……たぶん。


 自信が無いのも相変わらずだね。僕は、自分に呆れて苦笑を浮かべてしまった。


「あー! クルクルってば笑ってる! なにか面白いことでもあるのー?」


 苦笑を浮かべたところを、マルギットに見られていたみたいだ。僕は緩く首を横に振って否定を現し、口を開く。


「いやいや、違うよ。さて、これから108体とのガーゴイル戦だけど……」

「そのガーゴイルって道の左右にある台座の上のトカゲの石像よね? どう数えても108もないんだけど?」


 不思議そうに顔を浮かべて僕を見上げるルイーゼに、答えるために口を開く。


「台座の上のトカゲももちろんガーゴイルだけど、それが乗ってる石の台座もガーゴイルのだよ。城までの道のりに右12、左12の全部で24体のトカゲ型ガーゴイル。そして、その台座も含めると……」

「それでも48体しか居ませんが、他のガーゴイルはどこでしょう? まさか、城までの石畳に擬態しているのでしょうか?」


 ラインハルトの険しい目が、ガーゴイルの擬態を暴こうと城までの石畳の道に注がれている。

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