第78話 ボコボコの謎

「もーまーまー」

「ん?」


 ラインハルトの性癖暴露やイザベルの胸の話題を越えて、ようやく食事を始めた僕たち『融けない六華』の面々。口いっぱいにヴルストを詰め込んだマルギットがよく分からない声を上げる。


「ちゃんと飲み込んでから喋りなさいな。聞き取れなくてよ」

「むぐ!」


 結局サラダ以外も食べることにしたアイスバインを上品に食べるイザベルに頷いて、高速でもぐもぐし始めるマルギット。なんだかリスみたいでかわいらしい。


「むぐっ! そーいやさー、あの最後にリビングアーマー? だっけ? を倒したベルベルの魔法って何だったの?」


 イザベルが最後に放った魔法。水の精霊に魔法を行使させていたけど、あの魔法が何だったんだろう? 初めて見る魔法だった。ただの勢いのある水のように見えたけど、あのリビングアーマーがボコボコになった姿を思い出すと、とてもただの水とは思えない。


「それは私も気になりますね。いったいどんな魔法を使ったんです? 強酸かなにかですか? ですが、溶けている感じではありませんでしたね」


 ラインハルトの言うとおり、溶けてる感じじゃなかった。まるで見えないハンマーに殴られているかのように、突然ボコボコとリビングアーマーの胴体部分が凹んだのだ。そしてリビングアーマーのコアである胸の赤い宝石も衝撃を受けたようにひび割れ、砕け散った。溶かすというよりも打撃を加えたような感じだった。ただ水をかけただけなのに。それとも、あの水は囮で本命は見えない衝撃……そういう魔法なのだろうか?


「あたしもビックリしたわ。急にリビングアーマーがボコボコになるんだもの」

「そーそー。あんな魔法使えるなら早く使えば良かったのに」


 マルギットの言い分も分かる。どうしてイザベルはあんな強力な魔法を出し渋っていたのだろう? 相手は初めての高レベルダンジョンのモンスターだし、あの戦いは勇者化していないイザベルの実力が通じるかどうかのテストでもあった。そんな大事な戦闘に魔法を出し渋るなんてイザベルらしくない。もしかして、あの魔法は魔力消費が大きいから控えていたのだろうか?


 でも、イザベルの魔力回復手段はある。イザベルを【勇者】にすればいい。【勇者】になると、こんこんを魔力が湧き上がるように回復するらしい。一時的にイザベルを【勇者】にして、魔力を回復。その後、元に戻せばいい。大した手間じゃないし、魔力消費で躊躇するような理由は無いはずだけど……。


「あれはただの放水の魔法よ」

「うそー?」

「えー?」

「そんなこと言われても、本当にただの放水の魔法よ」


 ジト目でイザベルを見るルイーゼとマルギット。声には出さなかったけど、僕も2人と同じ気持ちだ。あれがただの放水? とても信じられない。


「なるほど。そういうことでしたか」


 しかし、ラインハルトはなぜか納得の声を上げた。どうして?


「どういうこと?」

「何が分かったのよ?」

「そーだそーだ! どういうことだー?」

「教、えて……?」


 僕、ルイーゼ、マルギット、リリーの言葉にラインハルトは頼もしく頷いた。


「ポイントは気圧の差ですね」

「きあつって何だったかなー?」


 マルギットはよく分かっていないらしい。その様子にラインハルトはやれやれと苦笑を浮かべている。


 それにしても、気圧の差? どういうことだろう?


「思い出してください。最初にイザベルは水の精霊魔法を使ったでしょう?」


 僕は、先程の戦闘を思い返す。たしか、イザベルが最初に撃った魔法は、放水の魔法だった気がする。そのあまりの水量にリビングアーマーが一瞬だけ動きを止めたことを覚えている。


「その次に放った精霊魔法がフォイアボルトでしたね。1度目はレジストされてしまいましたが、2度目は通りました。それによって、リビングアーマーは松明のように燃え上りました」


 ごうごうと燃え盛るリビングアーマーの姿はよく覚えている。炎を纏ったリビングアーマーは、まるで地獄の使者のようですらあった。


「この時、リビングアーマーの中で何が起きていたかというと、放水の精霊魔法で濡れた水が熱されて、水蒸気となっていっぱいになったんです。リビングアーマーが白い煙を上げていたのを覚えていますか?」


 たしかに、白い煙を上げていたような……。でも……。


「それがリビングアーマーがボコボコに凹んだのと関係があるの?」

「関係大ありですよ」


 ラインハルトが、僕の質問に大きく頷いて答える。リリーとマルギットは話についていけないのか、難しい顔を浮かべ、ルイーゼは理解を諦めたのかパクパクとヴルストを食べていた。


「熱した鍋の蓋を思い出していただけると分かるのですが、水蒸気というのは、水の何倍も体積があるんです。水を鍋で沸かすと、蓋がカパカパと鳴って水蒸気が漏れ出すでしょう? あれです。そして、水蒸気でいっぱいになったリビングアーマーに冷たい水をかけると……」

「水蒸気が冷やされて水に戻るわけね。体積が水の1000倍以上に大きくなった水蒸気から、水に変わるのよ」

「「「1000倍!?」」」


 ラインハルトの言葉に継いで説明を始めたイザベル。思っていたよりも大きな数字が出てきて、僕とマルギット、リリーが驚きの声を上げた。


「逆に言うと、リビングアーマーの中に溢れるほど溜まっていた水蒸気が、一気に1000倍以上小さくなるんです。そして、体積が減った分、真空状態が生まれます。リビングアーマーがボコボコに凹んだのは、外の大気圧によって潰されたからですね」

「はへー……」


 気が付いたら、そんな間抜けな声が僕の口から出ていた。物知りだと思っていたけど、ラインハルトとイザベルの知識は、僕の想像以上のものだったらしい。2人の説明を聞いても、僕はまだ理解しきれずにいた。


「2人はすごいね。どうしてそんなに物知りなの?」


 僕の質問にイザベルとラインハルトは少し困った表情を浮かべる。どうしたんだろう?


「このくらい、錬金術の初歩の初歩よ。あまり褒められると恥ずかしいわ」

「イザベルは、元々錬金術師を目指していたんですよ。私もイザベルに本を借りて知っているだけなので、あまり偉そうなことは言えませんね」


 2人とも謙虚だね。

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