第43話 光柱

「……シ……ン……」


 クルトの傍に座る私の耳に微かに響いた弱弱しい男の人の声。ハルトではありません。私は慌てて振り向くと、今にも閉じてしまいそうになりながらも必死に抗って震えている黒い瞳を見つけました。クルトです。クルトが目を覚ましました。


「リ……ク……ン……」


 クルトが私を見ながら必死に唇を動かしています。私は少し恥ずかしかったですけど、クルトの唇にくっついてしまうほど耳を近づけました。そうしないと聞き逃してしまいそうだったので、これは仕方のないことです。そう自分に言い訳して、限界まで近づいてクルトの顔に自分の顔を重ねます。


「………ション……」


 こんな時ですが、耳にクルトの吐息がかかってくすぐったいような変な気持ちでした。思わず漏れそうになる声を噛み殺してクルトの紡ぐ言葉を拾い集めます。


「リザレクション…?」


 私の紡いだ言葉にクルトが小さく頷くと、ガクッと落ちたかのように力が抜けて、先程まで懸命に開いていた瞳も閉じられてしまいます。まるで伝えるべきは伝えたといった満足げな顔です。


「リザレクション……」


 初めて聞いた言葉だと思います。リザレクション……いったい何なのでしょう?


 ですが、クルトがこの場面でいい加減なことを言うとも思えません。まだ出会ってすぐですが、クルトは信頼できる方だと思います。だって彼は主の寵愛が格別に深い方。だからきっと何か意味があるはずです。


「リザレクション……」


 詳細は分かりませんが、おそらく勇者による力だと思います。耳慣れない言葉の響きからして、おそらく魔法の言葉。問題は、どんな魔法かということですが……。


 魔法の発動にはいくつも方法がありますけれど、揃って大事なのは想像力だといいます。同じ環境、同じ人が同じ魔法を使っても、この想像力によって効果の強弱がまるで違うといいます。誰か、それこそ神様が頭の中を覗いて採点でもしているのでしょうか。あるいは、人の想う力というのは、それだけ大きな力を秘めているということかもしれません。そう考えると、なんだか素敵ですね。


 ですが、今はその想像力が足を引っ張っています。リザレクションがどんな魔法なのか分からない私には、何を想像すれば良いのかすら分かりません。一説によれば、想像の伴わない魔法は、本来の半分以下の効力しかないとか……。困りました。


 いっそのこと、今からクルトを起こして聞き出そうなんて考えも浮かんできます。半死人のような状態の人に鞭を打つようなマネはしたくないのですが……。いざとなればやらなくてはなりません。


「ふぅ……」


 それにしても、安らかな寝顔ですね。クルトはなにも心配事なんて無いかのように微笑を浮かべているようにさえ見えました。イザベルが死んでいるのに微笑? 私の中でなにかが引っ掛かります。なぜクルトはこの状況で笑うことができたのでしょうか? イザベルの死を知らなかっただけでしょうか? だとしたら、この魔法の呪文は何に為に…?


「まさ、か……」


 私の頭の中でなにかが弾けるような感覚がしました。弾けた欠片が頭の中で激しく渦巻いて竜巻を起こします。竜巻の中央に欠片が再度集まり、ある1つの仮説を形作っていきます。


 もし、クルトがイザベルの死を知っていたとしたら?


 クルトはイザベルの死んだ直後に笑えるような人ではありません。クルトはなぜ笑えたのでしょうか?


 クルトがイザベルの死という悪夢の中で笑うことができたのは、それは悪夢を根底からひっくり返す方法を知っていたからではないでしょうか?


 イザベルの死という悪夢をひっくり返す。イザベルの蘇生。


 蘇生なんて主の御業のようなマネが本当にできるかどうかなんて分かりません。でも、試す価値はあります。


 私は立ち上がるとイザベルの方を振り向きます。


「イザベル……」


 血の海に沈むイザベルは、とても痛々しく見えました。当然ですね、胸に穴が空いていますし、死んでいるのですから。血の気の無いイザベルの顔は、まるで作り物のようにすら感じて人間味がありませんでした。そんな風に見えるのは、私の弱い心がまだイザベルの死を受け入れられていないからでしょうか。


「覆す…!」


 私は目を瞑って想起します。元気なイザベルを、笑顔のイザベルを、怒った顔のイザベルを、照れた顔のイザベルを、冷たく突き離したような態度を取って、本当は人一倍仲間思いなイザベルを……。


「リザレクション…!」


 唱えた途端に、私の中のお腹の奥から全身に溢れる熱い力がスッと消え去るのを感じました。勇者を解除された時のような大きな喪失感を感じて不安になります。


「ッ!?」


 しかし、その心配は杞憂でした。クルトに教えてもらった魔法の呪文リザレクションを唱えた直後、イザベルを中心に淡い緑色を帯びた白い光の柱が起立しました。イザベルの姿も白い光の洪水に飲み込まれ、眩しくて目も開けていられないほどです。


「なに!?」

「まぶしっ!?」

「いったいなにが!?」


 突然のことに驚くルイーゼたちの言葉を後ろに、私は指を組んで懸命に光に祈ります。どうか、イザベルを――。

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