第44話 ベッドの上の

 いやー……今回ばかりは危なかったね。危うく死にかけたよ。胸に刺さったクロスボウの矢を引き抜く瞬間なんて、あんなに意識が朦朧としていたのに克明に覚えているし、ブチブチブチッて体の中の物を全部引き抜かれるかと思うくらい衝撃だった。あれはヤバイね。昨日なんて夢に出てきたくらいだよ。たぶん、一生忘れることはない記憶だと思う。


 僕よりもたいへんなのはイザベルだ。彼女はまだ目を覚まさないらしい。まだ昨日の今日だし、仕方ないのかもしれない。幸いなことに、僕の言葉足らずをリリーが補ってくれたみたいで、リザレクションの奇跡は間に合ったらしい。不幸中の幸いだね。


 不幸中の幸いと言えば、不幸中の不幸についても話しておこうかな。あの敵からのクロスボウの奇襲を僕たちは事前に読んでいた。だから対策をしていたのだけど……。


「はぁ……」


 僕はチラリと左手の中指にはめられた美しい模様の彫られた幅広の指輪を見つめる。この指輪も僕がオスターマイヤー商会で買い集めた宝具の1つ。名前は“輝く光の障壁アイギス・リング”だったかな? あの時いっぺんに大量の宝具を買ったから名前が思い出せない宝具も多くある。まぁ、宝具にとって重要なのは名前じゃない。その効果だ。


 アイギス・リングは、その名の通り光り輝く障壁を任意に発生させる宝具だ。発動までのロスタイムも無いし、防御力の無いか弱い僕にはまさにうってつけの宝具だと思ったんだけど……。


「はぁぁ……」


 僕はもう一度アイギス・リングを見つめてため息を零す。この残念宝具め。いや、宝具は悪くない。使いこなせなかった僕が悪いのだ。


 敵からの奇襲を警戒していた僕らは、当然どう防ぐかも話し合った。勇者ならば、たぶん矢を弾くなり避けるなりができると思っていた。それぐらいのことを軽くやってのけるのが勇者だ。問題は勇者になれない僕を含めた3人をどう守るかだった。


 そこで期待されたのが、このアイギス・リング。障壁を張って矢を防ごうとしたわけだね。まぁ、結果はご存知の通り、失敗だったんけど……。


 相手パーティからクロスボウによる奇襲があったあの時、僕はイザベルとマルギットを守るように前に出てアイギス・リングを発動した。


 でも、このアイギス・リングで張られる障壁は、僕らの想像以上に小さくて脆いものだった。おかげで、イザベルのことを守り切れなかったし、僕も瀕死の重傷を負ってしまった。


 本当は事前に性能を確認するべきなんだけど、そもそもこんなことになるとは思ってなかったし、そんな時間も無かったし、1度使うと1日使えなくなっちゃうからぶっつけ本番になってしまった。完全に準備不足だし、言い訳になってしまうけど、こんなことになるなら、1日くらい待っても良かったね。それくらいの食料や水の備蓄はあったし。


 今でも目を閉じれば思い出すよ。青みがかった光の障壁が音もなく一点からひび割れ崩れていく様を……。まさか、宝具の障壁が普通のクロスボウに負けるとは思わなかったよ……。相手のクロスボウは大型威力特化だったらしいけど、まさか負けるとは……。僕の中でアイギス・リングの評価はダダ下がりだ。


 そんな残念宝具のアイギス・リングだけど、最低限の仕事は果たしてくれた。まぁ正確にはリリーとの共同作業なんだけどね。


 僕を狙った矢を止めようとリリーは矢に手を伸ばしていた。指先が掠った程度らしいけど、その僅かな軌道変更が僕を救った可能性もある。そして、アイギス・リングの障壁だ。結果貫かれはしたけど、大きくその威力を減じてくれたのだと思う。


 リリーとアイギス・リングのおかげで、僕は即死を免れ、命拾いしたわけだ。もし、僕が死んでしまったら、勇者の力はどうなるんだろう? 分からないけど、もし消えてしまうのだとしたらヒールもリザレクションも使えなくなってしまうから僕もイザベルも助からないね。


 ということは、このアイギス・リングは、僕とイザベルの命を救ってくれたことになる。ちょっと不本意なものがあるけど、今日はこのアイギス・リングを磨くことにしようかな。


 まぁそもそもの話、そんな不確実な方法に頼ってる時点でダメなのだけど、あの時の僕らは、これで大丈夫、いけると判断してしまった。今になって思う。あの時の僕らはどうかしていた。なんでこんな方法で上手くいくと思ったんだろう? 命が懸かっているというのに。


 僕なんて失敗しかしていない。そもそもこんな危ないことをする必要は無いと皆を説得できずに流されてしまうし、予見できていた敵の奇襲も防げず、もしもの時のための“リザレクション”について伝え忘れるという痛恨の失態までしてる。イザベルが助かったからいいようなものの、自分の愚かさに頭が痛くなる。これからはよくよく考えて行動しないと。


 僕が気を失った後だけど、それはもうたいへんだったらしい。僕とイザベル、ただでさえ2人の意識不明者が居るのに、それにプラスして4人の犯罪者も連行しないといけないからね。結局、勇者の力に任せて力押しで進めたみたいだよ。僕たち2人をラインハルトとルイーゼで担いで、リリーがモンスターを排除して道を確保、マルギットが犯罪者パーティを連行したらしい。犯罪者たちは、抵抗できないように腕の骨を折った状態で連行したとか……聞くだけで痛そうだね。


 僕が意識を取り戻したのは、冒険者ギルドへの報告や賊の引き渡しなど、面倒なことが終わった後の馬車の荷台の上だった。馬車は、ラインハルトが手配してくれたらしい。僕の隣ではイザベルがまだ意識を失って横になっていて、その更に横には沈んだ様子のルイーゼが膝を抱いて俯いて座っていた。


 僕が意識を取り戻したことを皆喜んでくれたことは嬉しいけど、僕はイザベルとルイーゼの様子が気になった。イザベルには早く目を覚ましてほしい。早く元気な姿を見せてほしい。そして、ルイーゼは……。ルイーゼのあんなに元気の無い姿、初めて見たなぁ。いつもルイーゼに感じていた覇気というものが無く、しょぼくれた、萎れたような雰囲気だった。


「はぁ……」


 ルイーゼの元気の無い姿を姿を思い出すと、こっちまで悲しくなる。


「先程からため息ばかりですね」


 見上げたら、いつの間にかラインハルトが居た。様子を見に来たのかな? 


 ここはラインハルトの家。ラインハルトの部屋のベッドの上だ。重傷を負った僕を心配して、ラインハルトが招いてくれたんだ。怪我自体はもう治ってるんだけど、貧血気味でクラクラだったからお言葉に甘えさせてもらった。


「たしかに一日中ベッドの上では、気が滅入るかもしれませんね……」


 僕がラインハルトのベッドを占領しているから、ラインハルト本人はリビングのソファーで寝ているらしい。悪いことしちゃったね。


「ですが、今日はそんなクルトさんに朗報を持ってきましたよ」

「朗報?」

「ええ」


 笑顔で頷いてみせるラインハルトマジイケメン。思わずキャーとか叫びたくなっちゃったよ。


「イザベルが目を覚ましました!」

「おぉー!」


 マジの朗報じゃん!

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