中華ファンタジーにもとても!参考になる古代服飾についての本3冊をご紹介!

 服飾というのは小説を書く上でとても大切な要素です。


 小説中の登場人物がすっぽんぽんの丸裸なんてことはなく、何かしら着衣はある訳で。そしてその描写が「中華ファンタジーっぽさ」を醸し出してくれるものです。


 そして、字書きが知りたいのは、「その服飾、実際に身につけたらどんな感じ?」という情報です。


 小説中のキャラは、絵画資料のようにじっとしているわけではありません。物語のシーンに合わせて立ったり座ったり。危機に直面すれば裾をはだけんばかりにして走って逃げたり。時には戦ったりするかもしれません。


 そーゆー想像を膨らませるのに役立つ資料本はないものか。

 多くの書き手さんのその願いをかなえてくれそうなのが、今回ご紹介する3冊です。


 ・『古代中国服飾図鑑-唐代ー』2024 左丘萌 末春 黒田幸宏訳 翔泳社https://www.shoeisha.co.jp/book/detail/9784798182513

 ・『古代服飾の諸相』2009 舘野和己・岩崎雅美[編] 東方出版 https://www.tohoshuppan.co.jp/2009ho/09-05/s09-141-1.html

 ・『日本服飾史』2013 増田美子編 東京堂出版https://www.tokyodoshuppan.com/book/b89098.html


 1冊目の『古代中国服飾図鑑-唐代ー』は今年(2024年)に発売された本で、お値段3600円+税。サブタイトルの通り、唐代に特化した内容です。


 作者はフリーライターで、やはりフリーランスのイラストレーターが多くの分かりやすい絵を描いて下さっています。


 アカデミシャンではないですが、こういう服飾関係って「実物はどんなんだったのだろう?」と、史資料を探っていくのは、純粋にそういうことに関心のある方だったりします。


 日本でも、X(旧Twitter)で、平安時代の衣裳や調度類を自作してらっしゃる方、多いです。

 中でもアカウント名「承香院」とおっしゃる方は有名で、倉本一宏日文研名誉教授(大河ドラマ「光る君へ」時代考証をご担当)と対談されたりもしてらっしゃいます。


 古代の服飾の現物は、現代まで残っていても原形をとどめていないことがほとんどで、色もだいたい褪せてしまっています。

 そこを復元したらどんな風になるのだろう? その再現目的でなされた研究は、大学での文献史学の成果とは別に、小説を書く上でとても役に立つと思います。


 カラフルで楽しい一冊ですし、お値段も「3600円+税」とべらぼうに高いわけではないので、唐代を中心に中華ファンタジーをイメージされている方は購入なさってもいいのではないかと思います。


 2冊目の『古代服飾の諸相』は掘り出し物です! いやあー読んでよかった!


 この本を見つけたのは偶然でした。調べ物をしていて何かの検索ワードでネットを見ていたらたまたまこの本の情報がヒットしたんです。


 奈良女子大学古代服飾研究会のメンバーが書かれたとのことで、日本の奈良時代だけかなと思っていたら、中国や朝鮮半島についての論文もあります。

・「中国古代染織品の文様表現について─長沙王堆一号漢墓を中心に」(水野夏子)

・「統一新羅時代の女性服から見る官服の特徴について─裳(裙)と袴を中心に」(黄貞允)


 鷲生にとって興味深かったのは「筒袖と大袖考」(大崎雅美)


 筒袖盤領が西域由来でその風土に合ったものであり、それが唐に来て「翻領窄袖衣」の形で着られたことや、大袖の衣類との関係などを追った論文です。


 ちょっと長いですが、「はじめに」から該当箇所を引用します(257頁~258頁)。


「中国・唐朝では西域との交流から盤領(詰襟風)・筒袖の衣服が宮廷人にも流行し、壁画などにその様子がよく描かれている。筒袖の衣服は盤領になることが多く、筒袖と盤領は結びついて いるようである。これらの服は中国の西域においては誰もが着用する通常の服である。中国の北方にはゴビ砂漠があり、西域には広大なタクラマカン砂漠が広がり、その南には崑崙山脈、北にはアルタイ山脈が横たわっている。 風土的に砂塵や砂嵐の多い乾燥地帯であり、かつ内陸であるために寒暖の差が大きく、自然環境が概して厳しい土地である。風や砂から身体を保護するデザインとして筒袖と盤領の形は必須条件である。また服は着装目的に よって着方が変化することがある。代表例として、盤領を外へ折り返してV字形に着る着方は、「翻領窄袖衣」(衿を折り返した筒袖の服)と称して中国唐代の服飾の書などにはよく登場する。一方、正倉院の大袖衣には、「袈裟付 木蘭染羅衣」に加えて「衣」が二領あり、合計三領である。大袖は垂領と結びついている。この三領の垂領・大袖の衣はどのような性質の衣服であろうか。例えば、服装として着装したとき、どの部分の衣服になるのか、完全な服装はいかなるものか、着装者はどのような人か、盤領・筒袖の袍と比べると衣服の地位はいかなるも のか、その後の服装史にみられる 桂や祖など同形の衣服との関係はいかなるものか、などである」


 鷲生は翻領の着こなし方が好きで、鷲生の書いた中華ファンタジーでも、武官にそんな格好をさせました(※1)。

「翻領とは袍を折り返したものだ」という根拠が、ネット上でPDFとして発表された論文しかなかったのですが、今回このようなきちんとした学術書にこのような記述を見つけたので、これから堂々と鷲生のキャラにもV字型の襟を着させられますw


 また、この論文の面白いところは、筒袖と大袖の境を具体的に何センチと分けていらっしゃるのですが、さまざまな大きさの「画像や彫像を資料とする場合、それらの袖丈は、大人の男性の身丈(肩から裾まで)を百三十五センチとして換算した数値を参考とする」としているんです。実証的なデータとして扱われているので、イメージがしやすくて助かります!


 それから、この論文には「四 中国大陸における歴史的な大袖衣」という章もありますよ~。


 別の論文「古代女性の袴と裳」(岩崎雅美)には、裳が前巻か後巻かについて言及された箇所があります(111頁)


 裳は、立膝や胡坐が正式な座り方の朝鮮半島では前から後ろに巻くのに対し、椅子式の中国では後ろから前に巻かれるようで、後者の巻き方が日本に伝わり、「この着装があったからこそ、その後、裳と称して後ろだけに曳かれる形になって遺ったのではないだどうか」と考察されています。

 平安時代の五衣唐絹裳の後ろのヒダヒダの裳のルーツですね!


 この『古代装飾の諸相』のお値段、元の定価が8000円なうえ、今は中古で16000円以上くらいしてしまいますが……。「カーリル」によれば、例えば東京都でも区立図書館にあるようです。鷲生は例のごとく、京都市図書館で借りております。


 三冊目は『日本服飾史』。


 これも「日本」と銘打っていても、古代は中国や朝鮮、東アジアについての言及が多いです。


 もっとも日本服飾史の通史で古代についてはその一部分、そこで言及されるだけというのでは、中華ファンタジーの資料としてのみこの本を買うことはないかと思いますが(この本は中古でも3200円という定価とあまりかわらない値段ではあるようです)、カーリルで見ると東京でも数多くの図書館にあるようなので、一度借りて見られてもいいのではないかと思います。


 興味深かったのは……。60頁の「東アジア世界の服飾」というコラムです。


 唐の時代、日本も唐風でしたが(※2)、朝鮮半島の新羅も唐の冊封体制下に入り、「その服飾も唐王朝に同化したものに変えており、官人男性はゆるやかな袖の唐風の袍、女官達は短衣(襦)に裳をはき、やはり半臂をつけています」。


 ところが、日本の場合は唐風から国風に、さらにその中でも小袖がメインとなり、それが今のキモノに繋がり、唐風からは大きな変化を遂げます。


 また、中国の方も清(満州族の)の服飾をベースに現在のチャイナドレスという”民族衣装”が生まれました。


 その一方で朝鮮半島のチマチョゴリは伝統を守っており「大唐帝国時代の中国・日本・朝鮮の服飾の伝統を伝えている貴重な装い」だと言えるのだそうです。へえ~。


 あと、唐風の服飾に出てくる、つま先が高く反りあがった靴がありますよね。これは、クツの鼻先が裾からのぞいて装飾効果を発揮するだけでなく、「中国での本来の意図は、もっと機能的なものにあったようです。先に記したように、中国の裳は足先まで達するロングスカートですので、クツの鼻先が裳の裾から高く出ていますと、裾を踏まないで歩行できるからです」(46頁)。


 なるほど!


『古代服飾の諸相』は奈良女子大のメンバーの手になるものです。そしてこの『日本服飾史』の増田美子さんはお茶の水女子大のご出身です。


 この2冊の本は、日本の東西の国立女子大の知的伝統が活かされたものだと言えます。


 これらの女子大には家政学がベースにあるというイメージがあります。


 鷲生の神戸での高校時代の友人が、祖父母の代から洋裁だったか和裁だったか専門学校を経営しているので、跡取りとしてどうしても奈良女子大に入らなくてはと多浪して入学していました(五浪くらいしてましたよ……)。


 鷲生は結構なオバハンなので、小中高では家庭科は女子だけでした。中学校ではスカートを自作しましたし、高校では袖と襟のついたパジャマを製作しました(鷲生の母校は良妻賢母教育に熱心で家庭科が熱かったw)。


 さすがに鷲生の親世代になりますが、昭和の中ほどまで、衣類は出来上がったものを買うのではなく、家庭の主婦が作るものだったようです(高度成長期くらい?)。


 鷲生の家にも電動ミシンがありましたし、友人の家には足踏みミシン(!)がありました。


 一方、 昭和の頃は「女に学問は要らない」という風潮が色濃く(平成になっても鷲生は父親の看病のために東京での大学院進学を断念させられましたよ)、その中で女子大なら「主婦の仕事」である「家政学」が身に着くからという理由で、なんとか周囲から大学進学を許されたということも多かったようです。


 そういった伝統があるから、奈良女子大やお茶の水女子大などでは、歴史上の衣類について、作って着る実用面からの考察を深めることができたのではないかと思います。


 今では承香院さまのような男性も衣服を自作されます。


 今までの女子大ならではの研究の蓄積が、これからさらに活用されていくのではないでしょうか。楽しみです!


 *****


 ※1 鷲生の中華ファンタジーはコチラです!ぜひお越しくださいませ~。

「後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330658675837815


 ※2 中国と衣類が似通っていた奈良時代の人物の人形展に行ってきました。

 文章はカクヨム内の日記エッセイに、写真はnoteに掲載しております。

 日記エッセイ「京都に住んで和風ファンタジー(時には中華風)の取材などする日記 奈良平城宮跡に「万葉挽歌」という奈良時代の人形展を見てきました。」

https://kakuyomu.jp/works/16817330661485429107/episodes/16818093082175075077

 写真はコチラ(永瀬卓さんの製作されたお人形、とても気品があってイイんですよ~)

 https://note.com/monmonsiteru/n/n21b0ffa24e86

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