呪いと一緒に暮らす方法2
シャノンはセルマの案内で、あらためて屋敷の中を見て回り、掃除用具や必要な物の置き場を教えてもらった。
掃除用具は並べる順番まで決まっているほど完璧に管理されていて、ウィルフレッドの性格がよく表れている。
屋敷は南を正面にして建てられていた。シャノンに与えられた部屋は二階の東側の端でウィルフレッドの部屋は西側の端に位置していた。間にある部屋の中で一番大きな場所は研究室になっていて許可なく立ち入り禁止なのだという。
空き部屋だというのに、シャノンに与えられた部屋は隅々まで掃除が行き届いていた。ベッドにシーツをかければすぐに使うことができるだろう。大理石の床には舶来品と思われる複雑な植物柄の
真っ白な紗と、落ち着いたグリーンの二重のカーテンが取りつけられた掃き出しの窓、そして小さなバルコニーのついた日当たりのよい明るい部屋だった。
ベッドの上には、先ほど購入した服が入った箱やシャノンの荷物がいつの間にか運び込まれていた。
「セルマさん。ここって客間じゃないですか? 庶民には豪華すぎます!」
「そうねぇ……でも、誰も使っていないから大丈夫よ。一階に使用人用の部屋はあるけれど、一度も使ったことがないから荷物置場になっているの」
「そういうものですか……?」
「今まで住み込みの使用人なんていなかったのよ。ウィルフレッド様はちょっと他人の気配に敏感だから」
セルマはシャノンが客間を利用することを気にしていないようだ。昨日から戸惑うことの連続だが、シャノンがそれに慣れることはない。
故郷から持ってきた物はとても少ない。旅費が入った巾着と鍵のかかった小物入れ。大切な物はそれだけだ。ボロボロの
ウィルフレッドに買ってもらった服は皺にならないようにクローゼットにかけて、下着類はチェストの中にしまう。
バルコニーへ続く窓を開けると秋の心地よい風が優しくカーテンを揺らす。カーテンをしっかりとタッセルでとめてからバルコニーに出て、少し殺風景な庭を眺めていると、シャノンのお腹の虫が空腹を訴えた。
(せめて、お水だけでも飲みたかった!)
本当に隙間がないのか、シャノンはもう一度自分の顔の周囲をペタペタと触ってみるが無駄な作業だった。
彼女は自分自身のためにも、ウィルフレッドが帰ってきたらすぐに食事ができるように準備しなくてはだめだと思った。
シャノンはさっそくセルマにエプロンを借りて、屋敷の厨房について彼女から教えてもらうことにする。
大きなかまどのある厨房は大きさ以外ハーティアで一般的なもので、シャノンが使い方に困ることはなさそうだ。
かまどの脇に置かれた薪が異様なほど綺麗に切り揃えられている。斧で薪を割ってこんな形になるはずがないので、これも魔術を使ったのだとシャノンは思った。
次に、セルマは厨房の隣にある食品保管庫にシャノンを連れていく。扉を開けると窓のない薄暗い部屋の中にお酒や野菜がそれぞれ
「わっ! 何ですか!?」
「ふふっ。これはねぇ……魔術で食品を冷やす保管庫なのよ? ウィルフレッド様の手作りで、これがあるお陰で毎日お買い物に行かなくても済むのよ」
「すごい!」
「そうでしょう? きっとこの屋敷にしかないと思うわ」
セルマが自慢気に語る。保管庫の中には生の肉や傷みやすい野菜が入れられている。これだけ食材があれば数日間買い物に行かなくても不自由はないはずだ。
「あの、レイ先生の好きな食べ物って何ですか?」
「あの方は作ったものに文句を言う人ではないけれど、そうねぇ……お肉は鶏肉かしら? 野菜をたくさん使った料理を好まれるわ。ほら、この本に載っているような……」
セルマは厨房のカウンターに置いてあった本のページをめくり、シャノンに差し出す。彼女が開いたページには焼いた鶏肉に野菜を使ったソースをかける料理が載っていた。
実はシャノンは文字を読むことが得意ではない。シャノンが特に読み書きが苦手ということではなく、農村地帯の庶民は皆似たようなものなのだ。
シャノンの場合、亡くなった母がそれなりに読み書きのできる人間だったので、村の住人の中ではまだマシなほうだった。日常生活でよく使う食材などの綴りはさすがに覚えているので、レシピ本ならゆっくり読めば理解できそうだ。シャノンはありがたく本を受け取り、今夜のメニューはセルマのおすすめにしようと決めた。
途中まで一緒に料理を手伝ったセルマが自宅へ帰り、シャノンは一人になった。料理はほとんど完成していたが、ソースの味見ができないことが面倒だ。シャノンはとりあえず塩を控えめにして魔術を解いてもらってから仕上げをしようと考える。
夕食の準備が一段落する頃、厨房の窓から差し込む光がタイル張りの床を茜色に染めていることに彼女は気がついた。いつの間にか日が沈む時間になっていたのだ。
屋敷中にロウソクの明かりを灯す必要はないが、これからウィルフレッドが帰宅する玄関や、リビングとダイニングにはつけておかなくてはならない。シャノンはそう考えて、かまどの火で灯したロウソクを、持ち手のついた燭台に取りつけて屋敷の明かりを灯してまわる。
屋敷の壁には等間隔で屋根つきの燭台が埋め込まれている。その一つ一つに火を灯すと白いはずの壁があたたかみのある優しいオレンジ色に変わる。これから食事をするはずのダイニングテーブルには大きな枝つきの燭台があり、最後にそこにも火を灯す。リビングには豪華なシャンデリアもあったが、どうやってロウソクの火を灯せばいいのかシャノンにはわからなかったので、そのままにしておく。それでも壁に埋め込まれている燭台だけで、十分な明るさだ。
周囲が暗くなると、急に自分が一人であることを感じて、シャノンは切なくなる。
村にいたときも一人だった。住んでいた家には一本の燭台しかなく本当に薄暗い部屋で過ごしていた。この屋敷にはそれよりもたくさんの明かりが灯り、暗闇への恐怖などないはずなのに、なぜか不安だった。それは、久しぶりに他人から優しくされたからなのだと、彼女にはわかっていた。
日が暮れて、急に肌寒くなるのと同時に虫の音がし始める。この際、人間でなくてもいいから寂しさを紛らわせてくれないだろうかとシャノンは窓辺に立つ。
よく磨かれた窓ガラスに反射するのはただ一人、シャノン自身の姿だけ。ここには誰もいないのだと彼女にわからせるだけだった。
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