第16話 ピロートークと兆し
行為が終わった後、俺と雛乃は全裸のまま布団の上でまどろんでいた。
ピロートークというやつなのだろうか。ふと湧き出た言葉を何気なく伝え合う。気持ち良かったとか今度はあの体位でしたいとか、くだらないことばかり漏らすのが心地良い。
ポジティブな疲労感に浸りながら、俺は雛乃に問いかけた。
「まだお前のことを話してくれないんだな」
「私のことって?」
「雛乃がどんな人物なのか、どんな境遇で生きてきたのか。俺はお前のことをほとんど知らない」
「うん、そうだね。私が言ってないし」
「俺にすら言えないような生き方をしてきたのか?」
「うーん、どうだろ。私にとっては普通に生きてきたつもりなんだけど、どうやら他人にとっては違うみたいなので、あまり伝えたいとは思えなかったんだよね」
雛乃はもぞもぞと動いて、俺の腕にしがみつく。
乳房の間に挟まれた腕の感触が気持ちいい。彼女の股の縦筋に沿って指を少し動かせば、しがみついている柔らかな身体がくすぐったそうに震える。
「まあ、今はこうしてるだけでいいか」
「……私を許してくれるの?」
「許すも何も、最初から認めてる。どんな隠し事をしていたって、雛乃は俺にとって最高の女だよ」
「ありがとう。今は明也くんに甘える。でも、いつかは……」
いつかは話してくれるのだろうか。
安城雛乃がどんな人間なのかを。
その時が来たら、俺はどんな反応をするのか。未来の俺が上手くやれることを期待しながら、雛乃と一緒に夜を明かした。
起きた時には朝の十時を越えていた。
隣では全裸の雛乃がすやすやと寝息を立てていた。完全に遅刻だったが、あまり焦りは感じずに雛乃の身体を揺らして起床させ、二人でゆっくりと朝食を取った後に登校する。
授業中にのこのこと教室に入った俺たちは、当然ながら先生に叱られる。
とはいえ高嶺先生は優しいので、呆れたように溜め息を吐きつつも表情は柔らかい。
休み時間を使っての説教中、どこか見守るような顔で高嶺先生は俺たちに言う。
「ちゃんとカップルとしてやっていけてるようで良かった。でも、夜中に張り切りすぎて寝過ごすのは教師として叱らざるを得ないわね」
「すみません。俺が雛乃を求めすぎちゃって。高校生男子の一夜の過ちってことで何卒ご容赦を」
「まったくもう……可愛い彼女を求めちゃうのは分かるけど、自制するのも大事よ。週に何度までにするとか、休み期間を設けるとか……って、ここで生徒に言うようなことじゃないわね」
さすがは高嶺先生、経験豊富な大人の女性っぽい雰囲気を醸し出している。
高嶺先生は、黙り込んでいる雛乃に目を向けた。
「雛乃も、今は幸せそうね」
「……幸せです」
「あなたも少しずつ変わっていってる。一度しかない高校生活、あまり気負わず好きに過ごすといい。私は教師として見守っているわ」
「ありがとうございます」
雛乃は高嶺先生を見つめ、少しだけ肩の荷が下りたような安らかな微笑みを浮かべた。
昼休み、俺はとある人物と向き合っていた。
「風紀委員の仕事の件についてですが」
廊下に立つ氷華が胸の下で腕を組みながら言う。
俺たちのすぐ隣には風紀委員の専用室があった。複数の風紀委員が何やら話し合っている声がわずかに聴こえる。
「お硬い風紀委員様は一体どんな面倒事を押し付けてくれるんでしょうかねぇ」
「相変わらず舐めた態度でムカつきます。風紀委員の権限で残りの高校生活が終わるまで雑用係にしてあげても良いんですよ?」
「ラノベの風紀委員じゃあるまいし、そんな権限ないだろ」
「そうなんですけど、あまりにも私を舐め腐ってる態度が気に入らないので」
「お前なんか全く怖くもなんともないからな。生徒会長のほうが百倍怖い」
「あー……アメちゃんですか。最近は話してないみたいですね」
氷華と同じく生徒会長とも腐れ縁であり、半ばトラウマ的な存在だった。
あのクソアマに目をつけられるぐらいなら氷華の使いっ走りにさせられるほうが百倍マシだ。
「それで、俺にやらせたい仕事は何だ?」
「屋上の清掃です。今日は清掃員のお方が病欠しているので、代わりに明也が清掃してほしいのです」
「それって風紀委員の仕事なのかよ」
「学校の施設を綺麗に保つのも風紀でしょう?」
「そんなもんか。分かった、行ってくる」
「ちなみに一人だと結構な時間がかかると思うので、安城さんでも連れていけばいいでしょう」
氷華に頷き、屋上の扉の鍵を受け取った。
教室に戻って雛乃に事情を話すと、快く付いてきてくれる。
先生から渡された掃除用具を持って廊下を歩いていると、棒付きの飴を咥えた前園が俺たちを見つけて駆け寄ってきた。
「おーっす風見くん。なんか大荷物だけど、どしたの?」
「氷華に屋上の掃除を任されたんだ」
「風紀委員にパシられたってわけ? ウケる。安城さんも一緒に?」
「うん……明也くん一人じゃ大変そうだから……」
「ふーん、そーなんだ」
小悪魔的なニヤニヤ笑いを浮かべた前園は今日も楽しそうだ。
人をおちょくる以外に何も考えてなさそうな前園は、雛乃の肩を気安く叩いて俺たちの横を通り過ぎる。
「まー、頑張ってね。陰ながら応援してるよーん」
そう言って廊下を歩いていく前園だった。
一生働きたくない俺は養ってくれそうなヤンデレ美少女を攻略することにした 夜見真音 @yomi_mane
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