新規録音 #006

『ついに脱出に至る方法を確立した。

 これまで私は被験者の個体差に注目してこなかった。なぜなら接触した時点で殺し合いに発展してしまい、情報を得る機会以前に、接触そのものを回避していたからである。現に被験者同士の接触は、はじめの数時間に比べて減ったものと思われる。断末魔の悲鳴はおろか、物音などの気配さえ感じ取れない。積極的に殺人を狙う者は陰に潜んで獲物を待ち、生き延びようとする者は身を隠し気配を消すからだ。

 しかし、前回の記録で得た成果によって、私は他者を避ける必要がなくなった。このレコーダーに蓄積された人格と記憶を引き継がせさえすれば。


 最初の記録でも指摘されているように、私たち被験者は過去こそ失っているが知識までは失っていない。そして、体格差のある他被験者の襲撃により、個体差が存在していることにも確証がもてた。私が指摘したいのは、被験者がもつ知識にも個体差があるのではないか、という点だ。

 この施設の倉庫には、凶器のほか多種多様な薬品が収められている。被験者同士の殺し合いを円滑に運ぶためか、あるいは殺しのヴァリエーションを豊かにするためか。主宰者の意図は測りかねるが、私たちの脱出を考える上で非常に有用だ。爆薬とまではいかずとも、溶解液を作成することはできるかもしれない。


 私が求める知識は、脱出場所と脱出手段だ。

 このレコーダーが被験者たちの手を渡り歩くことにより、知識を収集するのだ。個々の肉体から知識を吸い上げ、集合知の母体とするのだ。脱出に必要な道具を作り出す専門知識を持つ者。この施設の構造を把握、あるいは出口を発見した者。ゲームのからくりに気が付いた者。集められる知識はすべて、このレコーダーに保存されていく。


 被験者個々は敵対していて、記憶制限により寸断されていても、人格が渡り歩くことで生き残り方が大きく変わる。私ひとりの生存戦略から、私たち被験者の認知外での協力体制による集団の戦略へ。そして最後には、私という人格が必ず生存を成し遂げる。


 そのためには可能な限り、ひとりでも多くの生存者を渡り歩かねばならない。懸念事項があるとすれば、殺し合いにより集めるべき知識が失われていくことだ。

 私という人格は、生存はもとより、このゲーム自体への抵抗でもあるのだ。

 次にこの記録を聴いた被験者が、私になってくれることを望む』


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ある被験者の記録 志村麦穂 @baku-shimura

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