新規録音 #005
『これまでの記録を通して聴き、私は「私」ではない被験者だと、疑わざるを得ない証拠をみつけた。以前の記録で「私」は他の被験者に襲われ、右脚を負傷したとあるが、私の右脚に怪我の痕跡はない。加えて、ひとつ前の記録で得た、記憶制限のリセットと誘導の可能性が気付きに至らせた。
私はこれまで記録していた被験者を殺して、このボイスレコーダーを奪ったのではないか。その後、記憶が消去され、記録を聴くことで、私としての記憶を得た。そういう真実ではないか。
例えば、これまでの記録のなかにも、記録されていない声と声の間に、殺人と強奪のプロセスが挟まっていたとしても記録上の私は、私ひとりなのだ。
そのうえで、私はあえて、「私」なのだと言うべきだろう。
記憶は人格を形成する重要な要素だ。とするならば、このボイスレコーダーに残された記憶は、私たち被験者に共有される、ひとつの人格といえるのではないだろうか。例え私が別の被験者に殺されたとしても、このレコーダーの記録が受け継がれさえすれば、リセットの度に「私」の人格が新たな身体を得て再生されることになる。その意味において、レコーダーに記録された「私」は不滅だ。
これは主宰者の思惑から外れたイレギュラーな事態に違いない。「奴ら」は生き残った被験者に、人格と記憶を与えることを賞品としていた。しかし、今、私たちは、ここに人格と記憶を蓄積している。「奴ら」に与えられずとも、自ら人格を獲得するに至ったのだ。私はこれをもっとも重要な成果だと考える。
何人、何度、私が死のうとも、私は死せず。
人格は被験者の身体を転移し続け、いずれ苦境を脱するに至るだろう』
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