第20話
所変わって、ある空き家の一室で「男」が唸ったり呟いたりしている。
彼にはある重要な仕事の務めがある。
――そのため部屋を非合法に他人から借りていた。ずっとそうしてきていたのだ。
しかし、だ。
――部屋をそうして奪ったところで所有者だったものの記録自体を潰すことはできない。
いつバレるか、いつバレるかと、早い回転の頭と、小心者なハートを抱えて毎晩悩んでいる。
『不法滞在』だって、いつかは見つかるのだ。部屋をうろつきながら彼は今、ぶつぶつと独り言を呟いて回っている。
「例えば、書類から名前を変えてみても、戸籍をいじろうにも、人々の記憶からは消えない」
家以外の近所に付き合いを増やそうとしても、当然、最後は、本来の所有者がどうしているかに辿り着いてしまう。
「所有者然としてみたって、近所付き合いがゼロのやつはそうなかなか見当たらない」
全体に対していわゆる顔が効く、権力を得る方法はないのだろうか?
所有者を書き変えた後でも、なにかの記録が残ってさえいれば時間が経ってもずっと、消えない。乗っとりがバレるのは時間の問題。
「彼の力」は、関係がなくなってしまう。
それが欠点。致命的な欠陥。
もし一度でも、そうなれば証明を失う。
場所をどう変えても意味がない。
この田舎を選んだのも、ちょくちょく顔見せに行かなきゃ怪しまれるような交流をせずともさほど不審がられそうでないし、都会のように一歩歩けば街と人の目にぶつかることはなさそうだから。
だけど、そう。
田舎なら。
都会と違い、警官もやる気がない(偏見)。
せいぜいネズミ取りの点数稼ぎに精を出す程度だ。
《彼》はたかをくくっていた。
「まあ、少なくとも《露見さえしなければ》永遠にバレることはないからな」
ネットワークが普及を始めた現代で、彼の手口が生きるのは、実はほぼ奇跡だったが、それならそれでやり方はある。
手短に言えば不動産や、企業に根回し、だ。
これまでもそれでどうにかなってきた。
何人か入院させたが、ただの事故や善意が起こす怪我を装って上手くやれたし、なかにはときどき医者も紹介してやった。文句は出ていない。
出ても消す。
『あの物件に関わると人が消えるらしい』とか裏でホラー映画みたいな都市伝説にされているのだが、どうせ地元じゃないやつはよく知らない。
ホラー映画ではないから、強めの日本酒を手に出掛けても彼には敵わない。
……はずだった。
くずざくら たくひあい @aijiyoshi
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