1話目・夜

第13話

クマと見間違えるほどの巨漢がその逞しい腕を思い切り振り下ろした。

実際のところは予備動作もほとんどない素早い打撃だったが、あまりの迫力に振り下ろしてるように見える。


「おっほ~。えげつねぇ。」

双眼鏡を片手に男は声を上げる。

漆黒のロングコートに身を包み、真っ赤な髪が風に揺れる。

相棒に指示され高層ビルの屋上から双眼鏡で様子をうかがっていた。


視線の先には3人の男がいた。


1人はノリスと呼ばれる蛇のような男。

1人はドリスと呼ばれる熊のような男。

最後の1人は地べたに転がる哀れな男。


振り下ろされた拳の先はアスファルトが抉れて綺麗な円を描くクレーターとなっていた。

もうそこに原田辰巳の姿を確認することはできなかった。


「すっげぇ迫力。ぺちゃんこじゃん。でもあんだけ威力のある一撃なのに周りに音が響く様子も土埃が高く舞い上がる様子もない。なんだか不気味だな。」


「あいつの能力なのかな。」

男は振り向きながら相棒に尋ねる。


「別の人間の能力だ。あいつら2人組ではなく3人組だからな。もう1人いるのさ。」

相棒はこちらに見向きもせず淡々と答える。

左手に持った端末を右手で操作しながら、今回の作戦の準備を進めているようだった。


「へぇー。」

3人目の存在を特に気にすることなく再び双眼鏡を覗き込む。

相棒はいま3人目について話さないという事は必要のない情報ということだ。


「あぁ、もう見なくていいぞ。それ以上は見てても何も起こらないからな。」

相棒から声がかかり覗くのをやめる。


「りょーかい。」

「で?今日はなにするの?まさか原田の最期を見届けに来たわけじゃないだろ?」

双眼鏡を放り投げつつ相棒へ尋ねる。


「当然だ。だがノリスとドリスのことは記憶に留めておけ。黄道会の件が片付いたら、次はあいつらだからな。」

相棒からの返答に頷き、話の先を促す。


「今日のターゲットは勇鳳会とその会長、富樫纏とがしまといだ。」

「勇鳳会は表向き建設業と不動産業を中心とした健全な運営を行っているが、裏では違法な方法での不動産売買、平たく言えば悪質な地上げを行っていて、その指揮を執っているのが会長の富樫だと言われている。そして今日、監視システムが富樫の不穏な動きを検出したんだ。すぐに富樫を【視て】みたら、今日の取引に富樫自身が出ることが分かってな。」


「勇鳳会を潰し、富樫を殺すチャンスが巡ってきた。勇鳳会、池田組、沖田組、白鴎会、仁友会。構成員数万を誇る巨大組織、黄道会の屋台骨を支える5つの直系組織、その1つを潰すチャンス。これはデカイぞ。」

話にだんだん熱が帯び始める相棒。


「へー、勇鳳会の富樫って捜査員30人をかすり傷一つ負わずに倒したって逸話がある女だろ?」

クールダウンがてら少し話題を逸らしてみる。


「・・・実際には16人だったが、いつの間にか話に尾ヒレがついたようだな。」

相棒のしゃべるテンポはいつも通りに戻っていた。

クールダウンはうまくいったようだ。


「どのみち手ごわい相手ってことか。おもしれぇ。」

思わず口角が上がる。最近は歯ごたえのない戦いが多かった。

さっきのノリスやドリスみたいなのが相手なら楽しめただろうが、生憎あいにくそのレベルの使い手とはもう長いことやり合っていない。


「まあ富樫も能力者だからな。」


「やっぱそうなのか。ますます楽しめそうだな。」

相棒の一言でさらにやる気が上がる。


「あぁ。ちなみに署内の資料では富樫の能力を『瞬間移動』としているがこれは誤りだ。やつの本当の能力は【回帰セーブポイント】と呼ばれるものだ。」


「ん・・?」

こちらの困惑をよそに相棒は淡々と話を続ける。


「【回帰】は現在の時点においてセーブポイントを設定して、そこまで巻き戻ることが出来る能力だ。設定できるセーブポイントは1か所のみで、セーブポイントは設置するたびに上書きされる。ちなみに時間が巻き戻るわけではないので受けた傷などは戻らない。」

「当時、現場にいた捜査員は皆、口をそろえて富樫を『瞬間移動の使い手』と報告していた。設置した瞬間からセーブポイントまで巻き戻し可能だから戦闘中に使うと瞬間移動したように見えるからな。無理もない。」

ふっ・・・と軽く息をついて相棒は話をさらに続ける。


「ちなみに今回の取引は俺たちをめるための罠だ。もう【視た】から【っている】。」

「まあ俺たち、というか主に実行犯のお前を捕まえようといろいろと画策していたようだな。勇鳳会の下部組織をかなり潰してきたからなあ。」

「安心しろ。すでにトラップは解除済みだ。あとはお前が現場に突撃しておしまいだ。」

「それと取引現場周辺の監視カメラの映像も3時間分の録画映像に差し替えた。どんな大立ち回りをしても大抵はごまかせるぞ。」

端末操作を続けながら相棒が淡々と告げる。

「さぁて、取引開始(罠)まであと22分38秒だ。そろそろ作戦開始だな。・・・どうした?」


「いや、なんでもー。」

相棒のおかげで毎度事前情報過多になってしまう。

まあ大事なことだとは理解できるが、戦闘係こちらとしてはやる気がそがれるというか。

相棒もこちらの態度から察するものがあったのか慌ててフォローが入る。


「あ、富樫は能力抜きでもかなりの手練れだぞ。それなりに楽しめるはずだ。」


その様子に少し笑いがこみ上げてきた。


「・・・・? どうしたんだ?」

こちらの様子に気づいた相棒が不思議そうに尋ねてくる。


「いや、なんか攻略本みてぇだなーって。」


「・・・・バカな事言ってないでさっさと行け!」











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ナイトパレード @jikiba

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