第143話 『リア』『ラフィリア』
フランとドルフがホテルへ帰った後、リアはボーマンに誘われて玄関ロビーの隣にある応接室に通された。
「リアさん、聞きたいことがたくさんあるだろう」
「もちろんです! ボーマン様はこの事を知っていたんですね!?」
ソファを勧められ、ボーマンが座るのを待ってからその向かいに腰を下ろした。
非難めいた口調で声高に息巻くが、仕掛け人である紳士は清々しく笑ってる。
「知っていたとも。二人がリアさんと今後の人生を共にしたいと言ってね。私たち夫婦は全力で協力させてもらった次第だ」
「ひどいですっ」
何も知らなかったのは自分だけだった。言い方は悪いが、皆でリアを罠に
子供っぽくむくれるリアを
「彼らはこの一年、リアさんのためにかなり頑張ったんだよ。未来の女王に相応しい男になるとね」
フランとドルフを大絶賛する声は喜悦に弾んでいる。
「リアさんと同じく一から教養を学び直し、なんと、アードルフ君は奇跡の力を上手に制御できるようになったんだよ! 新居に引っ越しても火災の心配は無いから安心してくれ」
それは大いに助かる。だが、そんなことで気を逸らそうとしても、その手には乗らない。
「もっと早く知りたかったです」
二人にはもう一生会えないと思い、そのつらさに耐え忍んでいたというのに。
「彼らはね、社交場にも積極的に顔を出して、これまでの印象を一新させたんだ。もう、ラフィリア様を冒涜する罰当たりで恐れるべき兄弟ではない。大いなる力を持ちながらも、決して驕ることのない立派な人格者だと、そう知らしめた。たった一人の大切な女性が成し遂げようとする心願の足を引っ張らないために」
虐げられてきた彼らの過去を知るボーマンの瞳は、遥か遠い昔を映している。悲しみや慈しみなど、リアでは到底知り得ない様々な感情が宿っていた。
ゆっくりと息を吐いてから、ボーマンは意識をリアへと戻す。
「封印されているラフィリア様の情報も精力的に集めてくれたんだ。すべて、リアさんのために。その努力を知っているからこそ、彼らに華を持たせたいと思ってな。今回、リアさんには直前まで極秘、という形にさせてもらったんだ」
「そう言われると、何も言えなくなっちゃうじゃないですかっ」
こちらが文句を垂れる前に先手を打たれた。
リアのために時間を割き、一途な想いを持って行動してくれていたなんて聞かされたら、意思に反して口元が緩んでしまうではないか。やはり、ボーマンはリアの何倍も上手だ。
彼ら兄弟は、自分たちの外見が良いから美しいものは見慣れてしまって、多少バランスを欠いた顔の方が逆に新鮮なのだろうと、もっともらしい理由を強く念じて熱に浮かされた心を落ち着けた。
頬を染めて視線を外すリアを見ると、ボーマンは愉快そうに続ける。
「でも、まさか二人ともリアさんと同じ家に入るなんて予想外だったよ。二人に爵位と新たな家を興す話をしに行った時、私はリアさんへの求婚を提案したんだが、二人は悩む素振りすら見せずにそれを否定したんだよ。これには驚いた。リアさんの事はどうでもよくなったのかとね」
ほんの数か月前の出来事を描き、懐かしそうに目を細めてからリアへ優しい眼差しを寄越す。
「そうしたら彼らは、自分が当主の家はいらないから、リアさんと同じ家に入れてくれと言ったんだ。驚きだよ」
ソファの背にもたれ掛かりながら、当時の感情をなぞっているようだ。目元が柔らかい。
「三人で家族になりたいなんて、とても斬新だろう。驚いたが、すごく切実で、つい頷いてしまったよ。リアさんに確認し、断られたら当初通り彼らの家を興す。それで陰からリアさんを支えるようにと約束したんだ」
「……でも実際、そんな前例のない事ってできるんでしょうか……」
今更ながら、無理ではないかと苦慮する。
「それは問題ない。なにせ崇高なるラフィリア殿下の願いだからな」
「それって職権濫用では? 私は暴君の一歩を踏み出したと」
「フランシス君とアードルフ君には、皆に虐げられていたラフィリア様を保護していたという栄誉があるから、一番近くでラフィリア様をお守りするのは至極真っ当な事だよ」
「かなりこじつけな気はしますけど」
「まあまあ。君たちの決断は必ず実現するから安心してくれ」
そんな理屈が通るほど大教会の面々が甘いとは考えられないが、ボーマンの地位は暴動を経てかなり上がっていて、味方してくれる者も多い。
きっと算段があるからフランとドルフの提案を了承したのだろう。ここはひとまずボーマンに甘えることにして、リアは改めてきちっと背筋を伸ばした。
「ぜひ、恨みは最小限にしていただけるとありがたいです。私もそのために然るべき話し合いには出席しますので」
一応自分は時期女王であり、この国の象徴であるラフィリアだ。それなりの牽制力はある。
「ラフィリア様の印象を悪くするつもりも、我が息子たちの評判を落とすつもりもないからね。ラフィリア様の協力を得られるのだとしたら、この話は想定していたよりもすんなりと行きそうだ」
「あまり突拍子もない事をすると、私をよく思わない人たちが女王の座から引きずり降ろそうとするのは目に見えているので、手放しには喜べませんが」
あまり浮かれるのは、万が一駄目だった時に悲しいだけだ。リアはわざと一歩引いて感情を制御し、そっけないふりをする。
だが、テーブルを挟んだ向こう側には傍目から見ても浮かれているボーマンがいて台無しだ。
「いやぁ、本当に良かった。ここ最近は、リアさんがジェフリー君と結婚する、なんて言い出すんじゃないかと気が気ではなかったんだよ。もちろん、ジェフリー君がとてもいい子なのは百も承知だが、私としてはリアさんにはフランシス君だと思っていたからね。良かった良かった!」
「それ、ドルフが聞いたらショックを受けますよ」
「そうだな。どうかこの事は内密にお願いしますよ、ラフィリア様」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑るボーマンに、リアは形式上のため息をついた。
「とにかく、おめでとうリアさん。これからは君たちが時代を作っていくんだ。これまで通り、ボーマン家は全力で尽くさせていただくからね」
心からの祝福を受ければ、リアも素直な感情が顔を柔らかくする。やはり、自分は嘘が下手なのだろう。
「ありがとうございます。前途多難な気がしますが、私もボーマン様のお力添えに恥じぬよう進んで参ります」
味方をしてくれるボーマン夫妻やドロシーがいて、一番近くにフランとドルフがいてくれる。これならば、どんなにつらいことがあっても乗り越えられる。
一年の間くすんでいた日常が、一気に鮮やかな色彩を取り戻してリアの元へ帰ってきたような開放感だ。
『ラフィリア』であり続けなければいけなかったとしても、自分の輝きさえも押し込める必要は無いのだと、今後の在り方を考え直すことができた。
そう思えたのは間違いなくフランとドルフのおかげ。
彼らと共に未来を切り拓いていく。それがリアの下した決断だ。
『リア』の物語は、ここからまた新しい始まりを迎えた。
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